第33話 夏祭りと花火
結局スーパーボールすくいは、四人で焼きそばを食べながら探すことになった。
この「食べながら」っていうのに、八重石は最初めちゃくちゃ抵抗があるみたいだった。
「食事は座って摂るものです」とか「八重石家の者として守るべき品位が」とか色々言われたけど、祭りっていうのはそういうもので、食べ歩きっていうのも一つの文化だとかそれっぽいことを言ってみたら、結構簡単に折れてくれた。
最初は申し訳なさそうにちょっとずつ啜ってたけど、スーパーボールすくいを見つけたときには、追加でたこ焼きとアメリカンドッグ、唐揚げと焼き鳥三本を平らげて、りんご飴を食べてるところだった。
「誰が一番取れるか、競争してみる?」
さっそく八重石が列に並んだところで、横で見てるだけってのもヒマな気がして、なんとなく言った。意外に全員乗ってきたから、俺達も八重石の後ろに並ぶことにした。
結果は俺が八個で千崎が七個、モトナリが四個、八重石が三個だった。
「……クソ」「さすが、冬空君」「不甲斐ない結果です……」
いやそんな悔しがることでもなくね、と言いかけて、そういえばコイツらがそういう奴らだったと思い出した。
……思い出しながら、気付いていた。さっき言ったなんとなくは、もしかして失敗だったんじゃないかと。
「もう一回です」「もう一回」
そして予想はその通りになった。
この後俺達は、もう二回スーパーボールをすくうことになる。三回もやったら、だんだんコツが掴めてくる。バカみたいだとは思っても手は抜かなかった。俺が十二、二十三。そして千崎が十九、三十、モトナリが七、十九、八重石は十八、五十三。
過去最高記録を叩き出したということで、八重石は店のおじさんからビッグサイズのラメ入りキラキラスーパーボールを贈呈されていた。
……正直言うと、貰ってるのを見てるときはちょっと羨ましかったんだ。でも屋台から離れて、全員の腕にスーパーボールでパンパンになった袋がぶら下がってるのを見ると、一気に頭が冷めてきた。
「これ、どうすんだよ……」
そう言った千崎も、横で頷いてたモトナリも同じみたいだった。
「次は、射的をしましょう」
だが、八重石は止まらない。その後も八重石に振り回されながら、俺達は射的と型抜きをした。
射的は八重石が一番で、ドベは一個も落とせなかったモトナリ。
けど型抜きは八重石でもクリアできなかったのをモトナリが達成して、千崎は一番簡単なのでギリギリ失敗していた。
……そして異常なほどのエイム力で景品を乱獲して、型抜きで狙っていた景品の剣(プラスチック製だけどやたら豪華なやつ)をモトナリに取ってもらった八重石は、気付くと全身オモチャだらけになっていた。
ただでさえ目立つルックスしてるのに、頭にお面、首に三重のネックレス、両腕に大きな袋、背中に金色の剣なんか差していたら、もうみんな振り向かないわけがなかった。
てか、その後ろをついて行ってる俺達も、普通にいたら「うわーはしゃいでんなー」って二度見するレベルではあった。
間違いなく、この祭りで一番目立ってるのも、一番バカな格好をしてるのも俺達だった。
「輪投げにも興味があったのですが、出ていないようですね」
「じゃあ幸、そろそろ一回休憩しよう。ほら、あれ。かき氷でも食いながら、ちょっと座ろうぜ」
「……かき氷。食べます」
たぶん千崎は、二度見されて笑われるのにも微笑ましそうに見られるのにも、そろそろ疲れていたんだと思う。
屋台の列の端にたどり着いたこの瞬間は、まさに逃すわけにはいかない絶好のタイミングだった。てか千崎が言わなかったら、俺が言っていたところだった。
列の一番端の屋台でそれぞれかき氷を買ってから、俺達は屋台から少し離れたところの、街路樹を囲っているレンガの上に腰を落とす。
千崎、八重石、間に荷物を置いて、俺、モトナリの順。
……たぶん、八重石以外は全員色々と疲れまくっていたから、しばらくかき氷のシャリシャリいう音と、ガラスが震えてるみたいな虫の鳴き声だけが、暗くなってきた辺りの中で響いていた。
なんとなく時計を見てみると、もう十八時前だった。気付いたら三時間近く遊んでいて、残りは一時間ちょっとになっていた。
そろそろなんか動いた方がいいんじゃないかとモトナリを睨んでみたけど、一瞬俺越しに八重石の方を見てから、すぐに目線をかき氷に落として動かなくなった。
千崎の方も見てみたけど、半分くらい残った抹茶のかき氷を見つめながら、こっちも固まっていた。
ダメだコイツら。揃ってクソザコじゃねぇか。
……とは思っても、実は俺も迷っていた。
モトナリとどっちを、ってのもそうなんだけど、そもそもこれはサポートすればいいものなのだろうか。
ようは二人とも、本当はこの微妙な関係から進めたくなかったりするんじゃないのかって話だ。
告って、それがもし成功したとしても、コイツらはそこから先をどうすることができるんだろう。
禁止されてないって言っても、それはたぶん他の生徒にも教師にも褒められることではない。学校での居心地が悪くなって、しかも自由に学校を出ることはできない。登下校も放課後も、デートも泊まりも、コイツらは楽しむことができない。
しかも卒業したって、進める先は防備隊の幹部を目指す大学か、直接防備隊に入るくらいしかない。
でも、ここでは全員がそれを覚悟して、それを目指して、こんな高校に入学している。
俺は違う。自分で選んでここにいるわけでもないし、この先がどうなるかなんて全くわからない。それが仕方ないのはわかってるつもりだけど、だからってそんな奴が、無責任に色々突っ込んでもいいのかって、いつの間にか思ってしまっていた。
「今日は皆さん、私の我儘に付き合って頂いて、ありがとうございました」
八重石が突然そんなことを言ったのは、全員の紙カップが空になったときだった。最後まで食べてたのは俺で、ちょうど残ってた紫の汁を飲み切ったところだった。
でも、八重石はそれ以上何かを言おうとはしなかった。またすぐに虫の声が大きくなって、遠くの方では太鼓が鳴っていた。
……だから俺は、その瞬間を驚くことしかできなかった。
「「あ、のっ!」」
ぱっと視界が明るくなったのは、あちこちにぶら下げられていた提灯に明かりが点いたから。
そして両端で立ち上がった二人がお互いを驚いた顔で見つめて、その後ろの空から聞こえたヒューという音は、気づいたときには大きな花火になって弾けていた。
遅れて、腹の底に響く低い音と、わぁだとかおぉだとかいう歓声が、辺りに響き渡る。
花火はすぐ近くの、たぶんあの基地から上がっていた。
そうしてどんどん上がる花火をみんなが、屋台の店員までが驚いた顔で見上げていたから、それはサプライズだったんだと思う。
でも、もしこのタイミングで花火が上がることがわかっていたら、モトナリと千崎が振り絞った勇気は、無駄にならなかったんじゃないのか。
「…………綺麗」
ふと隣を見ると、八重石が、その奥で千崎が、反対側ではモトナリが、盛大に打ち上げられている花火に見とれていた。
意外と失敗したみたいな顔をしてるのは、俺だけだった。なら俺も、今はゆっくり花火に集中してやろうと思った。
……けど、花火と提灯に照らされている八重石の横顔を見てしまうと、どうしても浴衣を着てないことが残念に思えてきた。味気ない制服じゃなくて、八重石の白い髪によく似合う、ちょうどその目の色と同じような濃い紺色の浴衣だったら、この景色は、もっと完璧に綺麗だったんだろうなとか、気付いたら考えてしまっていた。
そうやって無いものを考えている間に、花火はあっけなく終わってしまった。
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