第32話 合宿最終日の自由


 最終日の訓練は全員の気が緩んでるのを計算に入れてか、基礎的な体力トレーニングがほとんどだった。走って、持ち上げて、ぶら下がって、飛び跳ねて。

 ぼーっとしてても怪我しないような動きばっかりだったけど、単純なぶん身体はしっかり追い込まれた。


 ついに長かった合宿の訓練が全部終わって、学年担当の金剛の短い話も終わって、最後にこの基地の偉い人の話が始まって五分くらい経ったところで、周りがみんなソワソワと落ち着かなくなってきているのが空気でわかった。


 偉い人はその空気を感じることもなく話し続けて、二十分を少し過ぎたところで、ようやく俺達は解放された。

 偉い人と金剛がどこかへ行ってから、どっかのバカが「自由だあぁぁぁ!」と叫んだ。

 自由って言ってもたかだか四時間だけど、ちょっと気持ちはわからないこともなかった。


 その解放感にまかせて、何人かの男子は女子を誘い始めた。

 でもそいつらは元から男女のグループみたいな奴らで、結構軽い感じだった。というかなんとなく、軽くない意味で異性を誘うっていうのが、あんまり良くないみたいな空気があった。

 別に付き合うのが禁止されてるわけじゃなさそうだけど、お互いにそういうことしてる余裕はないっていう前提がある、みたいな雰囲気だった。


 そんな中でも、八重石と千崎を誘ってる奴はいた。俺が見ただけでも、八重石は四回、千崎も二回。

 別のクラスの奴だったけど、声をかけられていた。

 ちなみに俺も一回、声はかけられた。

 つってもそれは俺じゃなくて『空森』目当てのはずだから、丁重にお断りさせて頂いた。


 八重石と千崎もそうしていた。そして八重石の四回の中に、モトナリは入っていない。

 つまり、


「幸とさ、ここ四人で回るかって、言ってたんだけど、どう?」


 こういうことだった。

 なんか形としては誘われることになったし、周り……特に男子からの目がめちゃくちゃ痛かったけど、これを断るわけがなかった。

 なかったけど、それを受けて、祭りの時間までにシャワー浴びたり着替えたりしてる間に、ふっと大変なことに気付いてしまった。


 ……俺はいったい、八重石と千崎、どっちと上手くいくようにモトナリをサポートしてやればいいんだ?


 そりゃ、モトナリの気持ちを考えれば八重石なんだろうけど、千崎の方はもう成功が確実なわけで。

 あと俺的にも、千崎って絶対いい奴だから、なんか普通に幸せになって欲しい。正直モトナリにはもったいないと思うし、アイツが本当に千崎を幸せにできるのかはわからないけど、こんな奴のことを好きになるってことは、何か向こうにもそれなりの理由があるはずで。


 とか、ぐるぐる考えはしたけど、結局はその場の流れに任せるしかないかってなった。色々想像したり共感したりするには、俺はまだアイツらのことを知らなすぎると思ったんだ。


 ……まあ、モトナリか千崎のどっちかが勇気出したら、それをサポートしてやろう。

 そう決めて、モトナリと待ち合わせ場所に向かうと、先に来ていた八重石と千崎は、前にトンネルへ行ったときとほとんど同じ状態だった。

 夏祭りだけど浴衣が着れるわけもなく、二人とも白のブラウスと紺のスラックス。そして八重石は、千崎の首根っこを掴んでいた。


「申し訳ございません、お待たせしました」

「いえ。私達が着いたのも約二分前です」


 俺の微妙なモノマネはやっぱり流されたけど、もう流されたことさえ流してやる。


「てか千崎、もうそれ慣れてんじゃん」

「……お前はダメだからな」


 言われなくてもそれは大丈夫です。モトナリもそんな顔しなくても、俺は邪魔したりしないから。


「では、参りましょう」


 さすがに首掴んだままではなかったけど、八重石と千崎が並んで歩き始めた。それなりにハイペースなのは、やっぱり八重石もあれでテンション上がってるんだと思う。


 俺とモトナリは、その後ろをついていく。八重石の後ろが俺で、千崎の後ろがモトナリ。逆の方がいいだろって言ったんだけど、モトナリには死にそうな顔で断られた。

 ちょっと歩いてから、なんか甘い匂いがすると思ったら、目の前の長い白髪はちょっと湿っていた。匂い自体は、ここ最近自分も使ってたシャンプーと同じはずなんだけど。……まあ確かに、モトナリには刺激が強いのかもしれない。

 とはいえ、すぐにそんなのは気にならなくなった。


 祭りは本当に基地のすぐ外で開かれていた。

 正面の門を出た直後には、色んなものが焦げたみたいな甘い匂いと人混みにぶつかっていた。

 思っていた以上に大きな祭りで、基地の前を横切っている道を通行止めにしたところに、たくさんの屋台が開かれていた。でも元がそこまで広い道じゃないから、屋台があるのは道の片側だけだった。

 だからたくさんの屋台は、横に長く、ここからでは両端が見えないくらいに長く続いていた。


「金魚すくいというものを、一度やってみたかったんです」

「金魚すくっても育てらんねーだろうが」

「あ、で、でも、スーパーボールすくいというものがあります! 泳いではないですけど、流れてるので……ど、どうでしょうか?」

「……スーパーボール。すくいます」


 ということで、まずはこの中からスーパーボールすくいを探すことになった。

 が、探すといっても、スタート地点の基地出入口は、ほとんど祭りの真ん中だった。どっちに行ったとしても、一回通った場所を引き返さないと全部は見て回れない。

 じゃあ、二手に分かれればいいんじゃないのか。

 ……自然な流れで二人きりにしてやれる機会が、いきなり出てきやがった。


 どうする。

 まだどっちも動いてないし、動きそうにない。

 でも誰も歩き出さないから、たぶん「そういう状況」ってことには気付いてるはずなんだ。俺だってもうちょっと様子見してたかったし、自分から動くのを待ってやりたいところではあるんだけど、これ以上固まってるのは、なんか変な感じに――


「すみません。先にあそこの焼きそばを買っても、よろしいでしょうか?」

「あ、アタシも焼きそば食べたい」

「お、俺も」


 おい。

 ……人が、真面目に考えてやってるのに、お前らは。


「俺も食う」

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