第27話 トンネル単独調査


「……たしかに、どこか趣のあるトンネルですね」

「お、八重石さんもしかしてビビってる?」

「……。恐れはあります。ですが、正しく恐れているつもりです。正体不明の危険性に対して、これは当然の反応であるように思いますが」

「ま、たしかに恐いのは当たり前だけどさ。でも予定通り、入るのは俺だけでいいから。八重石さんはここで待っててくれれば」

「……。はい。ですが空森さんも、十分にお気をつけください」

「了解しました」


 びっと右手を構えて敬礼。

 その後、もう一度この後の流れを全員で確認しておく。


 まず俺がトンネルに入る。一人で何かないかを探して、記憶が戻らないかを確かめる。

 もし何かヤバいことになったら俺が叫ぶ。それが聞こえたら八重石と千崎が突入。モトナリは事前に話を通してある金剛に連絡。出来るだけすぐに駆けつけてもらう。戦ってどうにかなりそうなら頑張ってもらって、無理そうなら脱出後八重石に入り口を氷で塞いでもらう。


 もし俺が叫ばず普通に出てきても、最初に合言葉の「冷やし中華」以外のことを言ったらそれは俺じゃないかもしれないから、すぐに取り押さえてほしい。「んで冷やし中華なんだよ」「特に意味はありません」

 で、もし冷やし中華って言っても、記憶ごと乗っ取られてる可能性もあるから、最終判断はモトナリに任せてほしい。


 そこまで言ってから目を合わせると、全員一度頷いてくれた。

 これでとりあえず、言うべきことは全部言ったはずだった。じゃああとは俺が行くだけだから、さっさと進めてしまおう。


「てことで」

「すみません、少しお待ちください」


 動き出そうとしたところを、手を伸ばした八重石に止められる。なんでと聞き返す前に、その伸ばした手の先でパキパキと音がなって、例の白い氷の剣が何もないところからすぅっと現れた。


「念のため、これを」


 絶対冷たいだろコレと思いながらもとりあえず受け取ってみると、意外にちょっとひんやりするくらいだった。冷たいのは冷たいけど、冷えたペットボトルとほとんど同じだった。

 でも重さは予想通りで、金属バットよりもっと重い。片手で振れないことはないけど、こんなのをコイツはぶんぶん振り回してたのか。


「幽霊相手に効くもんかな」

「わかりません。なので、これもどうぞ」


 と、八重石が腰のポーチから出してきたのは袋詰めの塩だった。天然粗塩三百グラム。上でパチっと閉めれるタイプの袋で、わざわざここで封を切ってくれた。


「袋を開けてポケットに入れておけば、素早く使用できると思います」


 たしかにこれから幽霊と戦うんだったら、塩くらい用意しといたほうが自然だったかもしれない。でも、八重石も千崎も疑ってくることはなくて、八重石なんかバカ真面目に色々考えてくれていた。

 なんか俺まで罪悪感が出てきた。もういい。早く終わらせてしまおう。


「なんかごめん。色々ありがとう。……んじゃ、ちょっと行ってきます」

「はい。どうぞお気をつけて」


 が、勢いよく一歩トンネルに踏み込んだときに、また思い出した。

 振り返ると、八重石と千崎、ちょっと離れたところでモトナリが、不思議そうな顔をしていた。

 ……そうだ。もしこれから向こうに戻れたら、今後コイツらと会うことは、もう二度とないかもしれないんだ。


「終わったら、焼肉でも食って帰るか。奢るからさ」

「それ、めっちゃフラグ……」

「はい。無事に終わらない展開の伏線のようです」


 モトナリは予想してたけど、八重石にまでツッコまれるとは。

「ごめんごめん」と笑うとモトナリはちょっと笑って、千崎は睨んできて、八重石はいつも通りだった。


「とりあえず、終わってから考えろよ」


 そりゃそうだ。……でもなんか、このまま言い負けるのも面白くなかったから。


「んじゃモトナリ、女子二人のこと頼んだ」

「え⁈」


 このあとどうなったかは、戻ってきてから聞けばいいと思った。

 爆弾でも投げてやった気分で、俺はトンネルの中へ走り出す。


 すぐに入り口からの光は届かなくなって、見えるのは俺の持っている懐中電灯的なもので照らせている場所だけになる。

 走るのをやめると響きまくってた足音がなくなって、一気に静かになった。あれだけうるさかった蝉の鳴き声も、遠くの方でわんわんいってるだけに聞こえる。いや、もしかしたら、モトナリか千崎が騒いでるのが聞こえてるだけかもしれないけど。

 ……なんとなく、塩が入ってるのと反対のポケットに手を入れる。

 指で、篠田のイヤリングを転がす。

 これも拾ったまま、渡し損ねてたやつだ。

 もし戻れたら、できるだけすぐに返してやろう。俺の予想だと、篠田の奴は絶対に泣くと思う。映画観に行ったらだいたい泣いてた奴だったから、周りがびっくりするくらいの声で泣かれて、たぶん井上もそんな感じで、宮野と松島は平気な顔で笑ってる。

 あとあれだ、親とバカ姉貴も泣くと思う。特に母親には思いっきり泣かれて、謝って、無駄に豪華な晩飯を食べてから、久しぶりに自分の部屋で思いっきり寝て、次の日から普通に普通の高校に行く。


 で、『空森』はこっちでアレをバラされる。

 俺が『空森』と入れ替わったら、モトナリには「そういう事」があったって、全部バラしてくれって言ってある。

 それを信じてもらうために、俺はあっちから持ってきてた懐中電灯とスマホを、モトナリに預けてあった。両方こっちにあるのとは仕組みが違うから、結構説得力はあると思う。

 だから最初は俺が直接言っても良いと思ったんだけど、それだと俺がどんな目に合うかわからないからやめた方がいいとモトナリに言われた。たしかにその通りだと思ったから、捕まるのは『空森』に任せることにした。


 ――とか、結構色々考えて来たんだけど。


 気付いたら地蔵があって、行き止まりだった。

 そこでしばらくの間、周りの壁とか地蔵に何かないかと探してはみたけど何もなかったし、あのときみたいな立ちくらみもこなかった。外に出ないと本当のことはわからない。でもなんとなく、何も起きてないってのはわかった。


 トンネルの中は奥に行くほど温度が低くなっていて、そろそろ涼しすぎるくらいになっていた。

 氷の剣の冷たさもあってか、ちょっと外の暑さが懐かしくなっていた。


「……帰るか」


 でもそう言ったときに、自分の気持ちが変なことに気付いた。

 変っていっても体調とか周りの空気とかじゃなくて、本当に俺の感覚の話。何かを落としてきたみたいな、そういう焦った感じがあった。

 何か忘れてるとか、やらかしたとか、そんな覚えは全くないのに。なんだろう。なんで俺は焦ってるんだ。



「空森」



 ――聞こえた。遠いところで響いてるみたいな、低くて高い声。


 背中のすぐ後ろから。


 考える前に振り返った。

 戻ろうと思ってちょっと歩き出してたから、聞こえたのはトンネルの奥の方。

 でも、左手のライトであちこち照らすけど、やっぱり地蔵以外は何もない。誰もいない。


 ……テンパってるのが自分でもわかった。

 なんだ今の。なんだ今の。声、聞こえた。なんで。なんだ。これ、ヤバいのか。ヤバいんじゃないのか。


 右手で一応剣は構えているけど、心臓がバクバクなってるのは耳まで響いてくる。息も、だんだん苦しくなってきている。

 地蔵が動き出すとか、そんなことはない。でも聞こえたのに何もないっていうのが、余計嫌な感じがする。どうしよう。叫ぶか。でも何もないのに。走って逃げるか。でも、はっきり名前が聞こえたのに。


 ――口元に何かが。


 咄嗟に声を上げそうになって、押さえつけられて、それが手袋越しの人間の手だとわかった瞬間、体が動かなくなった。


 今、起きていることを、理解したくなかった。


「思い出せ」


 でも、耳元であの声が聞こえた。

 俺の口を押さえてる誰かが、後ろであの声を出しているんだ。


「何を遂げなければならない。お前の使命はなんだ」


 言われてる意味は全くわからなかった。

 でも後ろの誰かが俺じゃなくて『空森』に向けて喋ってるのは、なんとなくわかった。

 だからこの「誰か」は幽霊とかじゃなくて、人間なんだ。でもそれに気付いたら、今度はなんでこんなところに俺以外の人間がいるのかがわからなかった。


 ずっとどこかに隠れてたっていうのか。俺がまっすぐ歩いて入ってきたのに? 俺の後に入ってきたのか。アイツらが入り口で待ってるはずなのに? アイツらに見つからないように入った? アイツらが見逃した?


 ……それか、アイツらはコイツを見たけど、今は飛び込んでこれない状態になっている?


「思い出せ。お前の宿願を。お前の根源を、お前の喪失を」


 やっぱり何を言われてるのかは全くわからない。

 でも、コイツが『空森』のことを知っていて、こんなふうに近づいてきてる。てことは。


 ……深呼吸はできないけど、もう思い切るしかない。もしコイツが俺に危害を加えるつもりがなくても、こんな奴と俺が友達になれるわけでもない。『俺』とはどうだったか知らないけど、俺はそんな奴らとは違う。

 右手の剣を握り直して、俺は腰から上を回すために、体に勢いを――



「花巻千代女は八重石に殺されたんだ」

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