第26話 トンネル調査(参加者4名)
今回トンネルへ行くのは、自分が記憶を失くした場所を見たら何か思い出すかもしれないし、その理由もわかるかもしれないから、という設定だった。
そして本当の目的は、もう一度元の世界に戻る方法を調べるということ。
それと、もし方法が見つかったら、もうその時点で元の世界に戻るということだ。
これの優先度は低いはずだった。全く手がかりがないんだから、まずは多少でもやることが見つけられるところから始めていこうとしていた。
……でも突然思い出したんだ。思い出してしまったら逆になんで今まで出てこなかったのか不思議なくらいの話なんだけど。
向こうから持ってきてたものを色々見てて、あの篠田の青いビー玉みたいなイヤリングを見つけたとき、「あれ、もしかして俺がこっちにいるってことは『空森』はあっちにいるんじゃね?」ってなった。
考えたってどうしようもないことだけど、もし『空森』が――どんな理由にしても人を殺すって手段を考えられる奴が、篠田達の目の前にいるんだとしたら。
ほとんどの人が格闘術も、当然戦闘利術も知らないようなあっちの世界に、千崎よりも八重石よりも強い奴が、俺と入れ替わりで行ってしまったんだとしたら。
……つっても、さすがに『空森』がいきなり暴れ出すみたいなことはないと思っている。そこまで危ない奴でも馬鹿な奴でもないだろうってのが、俺とモトナリの出した結論ではあった。
とはいえ実際見たわけじゃないし、『空森』が考えてることなんか俺達にはわからない。アイツが俺達には想像できないくらい馬鹿か天才だったら、もう篠田達は生きてないかもしれない。
まだ何もしてなくても、明日は違うかもしれない。
結局考えたってしかたない。手が届かないとかそういうレベルじゃなくて、どうやったら手を伸ばせるのかわからないくらいの話なんだから。
でもだからって何もしないわけにはいかない。わからなくても、わからないなりに動かないわけにはいかないと思った。
今、バスで山道を登っているのは、まずはそんな理由からだった。
「……幸。なんでお前、そんなもん持ってきてんの」
「バスに乗ると聞いたからです。冷やしていましたから、チョコレートは溶けていません。千崎さんも一本どうぞ」
「ん、おう。……ん、つめて」
「どうぞ、空森さんと寺林さんも」
「どうも」「へぇぁ、は、はい! ありがとう、ございます!」
で、コイツらを連れてきたのは、もしも『空森』と入れ替われた場合、それを捕まえてもらうためだった。
……正直、八重石を連れてきてよかったのかは、俺にはわからない。でも万が一戻ってきた『空森』が暴れ出した場合、クラスで一番強い奴を押さえ付けるには、二番と三番の奴が協力するくらいしか方法を思い付けなかった。
つっても、当然『空森』と俺のことを二人に教えることはできなかったので、
「ところで、寺林さん」
「は、はい!」
「……その、空森さんが記憶を落とされた場所に、何かを感じたというのは、本当なのでしょうか?」
「ぅ。は、はい。本当です。その、俺、昔からそういう、霊感みたいなのが強くて、……その、あのトンネルから、今までにないくらいのものを感じました」
こういう設定で、二人には話してある。
あのトンネルには「何か」がいるかもしれなくて、それのせいで俺は記憶がなくなったのかもしれない。で、その「何か」について調べたいけど、もしかしたら「何か」が襲ってきたり、取り憑かれたりするかもしれない。
そうなったときのための戦力として、二人はついてきてくれていた。
説得力を出すためのインチキ霊感男子役は、色々考えた結果モトナリになってもらった。
でもおかげで八重石は「一度、対峙できるものならしてみたいと思っていました」とオーケーしてくれたし、千崎はモトナリの名前を出した瞬間に話を真面目に聞いてくれた。
……モトナリに二人を騙させるのは、申し訳ないことだとは思ってる。
でも万が一全部上手く行ったとき、そういうことになったんだって理解できるのはモトナリだけなんだ。
モトナリにはもし俺と『空森』が入れ替われたら、それを判断して、八重石と千崎を動かしてもらわないといけなかった。設定は、そのときにモトナリの言葉を二人に信じてもらうためのものでもあった。
「その、俺、戦力としてはダメですけど、そのぶんレーダーとしては役に立てるよう、頑張りますので!」
「――。はい。頼りにさせて頂きます」
まあ、なんだかんだモトナリもちょっと楽しそうだし、別にいいのかもしれないけど。
「では、お菓子をどうぞ」
「あ、ど、どうも」
「空森さんも」
「あ、うん」
「千崎さんも」
「オメエは田舎のばあちゃんか」
ツッコミながらも、千崎は向けられた袋から一本取って口に咥える。
言われた八重石はいまいち意味がわかっていないらしく、首を傾けながら自分もポリポリかじっていた。……もしかしてコイツも、これでそれなりにテンションが高いのかもしれない。
好きな奴が近くにいてソワソワしてるモトナリと千崎と、たぶん初めての路線バスでワクワクしている八重石お嬢様。
「見てください、千崎さん。向こうに、綺麗な向日葵畑があります」
「ん。お、おう」
お嬢様が指さした方には、たしかに向日葵が畑の一面に並んでいた。
思わずぼーっと眺めてしまうくらい立派で、黄色と茶色と緑色がガラス越しでもわかるくらい強烈に夏っぽかったけど、なんとなく変な空気を感じて振り向くと、千崎が微妙な顔をしていた。
「なに。千崎、もしかしてヒマワリ怖いとか?」
「は? ちげえし」
「冬空君――っ!」
千崎の目が超怖くなって、モトナリが声を抑えながらも何か焦ったみたいに叩いてくる。
なんだよと耳を近づけてみると。
「名前だよ、千崎さん、下の名前、向日葵さん……」
おっと、なるほど。
千崎向日葵。あんなカタギじゃねえ目付きしてるくせに。そりゃ微妙な顔にもなりますか。
……でも向日葵さん、モトナリが俺にこそこそ耳打ちしてくれてから、急に頬杖ついて窓の外見始めましたが。ちょっと耳赤いし、なんか目元緩んでますが。
「いい名前じゃないっスか。「あ?」な、モトナリ」
「えあ、うん。そ、そうですね。ひたむきな、イメージとかすごくお似合いだと、俺は勝手に思いますすみません」
「は、はぁ⁈」
ちょっと変な声を上げてすぐに顔を背けた千崎は、窓に向かって小さく「どうも」と言った。そこに八重石は「私も、とてもいい名前だと思います」と、また一本ポッキーを差し出す。
……微妙に頼りにしていいのかわからなくなってきたけど、まあいいか。楽しそうならそれで。
「どうぞ千崎さん」
「まだ口に入ってる!」
四人で一箱食べ終わった少し後に、山の中のバス停に着いた。
サクサクの生地とチョコで全員喉が渇いていたから、すぐ近くの自販機で飲み物を買った。とりあえず着いてきてもらってるから、俺が奢った。金は『空森』のだけど特に罪悪感はなかった。むしろ思いっきり使ってやりたいくらいだった。
「なんだったら二本でも三本でもいいから」
「んないらねぇよ」
そりゃそうだ。
千崎がストレートティーを、モトナリがブラックコーヒーを選んだ後、八重石は変な色のエナジードリンクのボタンを押した。
思わず「なんでそれ?」と聞くと、「初めて見た色だったので」と返ってきた。たしかにこんなに濃い青色、そうそう見る色じゃなかった。俺はちょっと悩んでからコーラを選んだ。
「幸、それ美味いか?」
「はい。ですがとても甘くて、言葉にしがたい味がします」
篠田達と来たときより、トンネルまでの道は短かった。でもそこらじゅうが揺れてるみたいに蝉の鳴き声がうるさいのは同じだったし、クソ暑いのも同じだった。
……さっき、ガコンと取り出し口にコーラが落ちてきたとき、そういえば井上に奢ってもらう約束してたなと思い出した。
アイツらは高校からの友達だ。一年のときクラスが同じで、全員ほとんど帰宅部みたいなもんだったから、気付いたら話すようになっていた。今思い出してみたら、全員、別にものすごく仲が良かったわけでもないんだけど。
もし戻れたら、アイツらはどんな反応をするんだろう。
今も無事でいるんなら、アイツらは『空森』をどう扱ってるんだろう。
『空森』はアイツらのことを、どう思ったんだろう。
「ん、あれじゃねーの?」
暑い中ボーッと考えながら歩いていると、知らない間にトンネルは見えてきていた。
周りの景色は少しずつ違うのに、トンネルだけは相変わらず半円型の不気味で真っ暗で、ジメッとした匂いがする場所だった。
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