第25話 ヨロ・シクぅっ‼︎千崎さん


「どうしよう。ちょっと吐きそうになってきた……」

「はぁ?」


 千崎に持ちかけてから、二日後の日曜。

 モトナリがちっさい声でそう言ったのは、昨日夜に雨が降ったのに今朝は快晴で、こっから最悪に蒸し暑くなるんだろうなとちょうどテンションが下がり始めていたところだった。


「お前、さっき普通に朝飯食ってたじゃん」

「いやそういう意味じゃなくて、その、今から八重石さんと、千崎さんに会うと思うと……」


 つっても別に今日がめちゃくちゃ快適な日だったとしても、あんまり反応は変わってなかったと思うけど。


「お前そんなんでどうすんだよ」

「え、ど、どうするって、……そんなの、こっちが聞きたいよ」


 うーわ逆ギレしてきたよコイツ。

 やっぱそういうとこなんだよな、コイツホントに。


「まずお前はその、自信とか余裕とか無い感じをどうにかしないとな」

「ぐっ。わかってる、けどさ。……くそ、わかったよ。自信と、余裕。自信、余裕……」


 まあ、そりゃそんないきなりどうにかなるもんじゃないだろうけど。

 でも経験上、俺はそれを絶対必要なものと思ってる。これは普通の人間関係でもだけど、女子相手の場合は特に。安心感だとか頼りがいだとかを、女子は男子に期待するもんだろ。


 そりゃあ人によるのはわかってるし、八重石もそういうのを欲しがってるのかはちょっとわからない。

 けどモトナリの話によると、八重石は弱い奴に興味がないらしい。

 自信も余裕もない奴は基本的には弱いからそうなってるわけだし、だからそういう奴はだいたい弱く見える。


「あの、自信が見つからない場合はどうしたら……?」


 ……まさに「そういう奴」のモトナリには、そもそも難しい話なのかもしれない。


「じゃあ、筋肉つけるとかー」

「筋肉」

「あと、足速くなるとか」

「小学生かな?」


 て、お前恋愛レベルでいったらそんなもんなんじゃないのか?

 いやふざけてたのは認める。あと恋愛レベルって何なのかは俺も知らないんだけどさ。

 でも実際そういうのって、割と自信にはなると思うんだよ。あ、俺って結構できる方なんだって思ったら、だんだんその「できる」って感覚が染みついてきて、普通になってくる、みたいな。俺は最初っから意識してたわけじゃないから、わからないけど。


「なんかまあ、とりあえずもうちょい堂々としてたらいいんじゃね? ビクビクしてる方が見ててイラつくし、それで余計周りが恐く見えたりとかしそうだし」

「なるほど。イラつく、か……」


 あ、ヤベ。ちょっと本音が出たし、いつの間にか恋愛どうこうから話が逸れてた。


「そう。だから、八重石千崎相手でもビビらずに、……そうだな。とりあえず今日は一個、喋るときは焦らずに、すぐ返そうとか考えず『ゆっくり喋る』ってことを意識しろ。お前普通んときは結構喋れるんだから、とりあえず普通に受け答えできれば、だいぶイメージは良くなるはず」


 まあ、言ってしまえば他にも色々、見た目とか姿勢とか変えた方がいいところは大量にあるんだけど、今からどうにかできる部分だと、そんなところだと思う。

 ……うん。咄嗟に出したわりには、結構的確だったんじゃないか。モトナリも「おぉ……」とか感心してくれてるし。


 でもそうだ。考えてみれば、モトナリってそこまで真面目に変わんなくてもいいんだった。

 いや今のままでいいとかそういう意味じゃなくて、今のままだったら八重石にはたぶん全く届かないとは思うんだけど。


 そっちじゃなくて。


「ぁ……」


 建物の角を曲がったところで、待ち合わせ場所が見える。

 二人はもう来ていて、日陰で並んで座っている。これで私服だったりしたらもうちょっとテンション上がったんだろうけど、校則だから二人ともいつもの白ブラウスと紺のスラックスだった。

 で、モトナリからちょっと遅れて、俺まで一瞬立ち止まってしまう。


 ……いや、だって、なんか八重石が、千崎の首根っこを掴んでいるんですよ。

 えーっと。これって、見ちゃって大丈夫な状況なんでしょうか。


「ちょ、来たから、もういいって!」

「はい」「うお暑っ⁈」

「……やはり続けていた方が」

「いやいいって! 大丈夫だから!」


「お前ら、仲良いのな……」


 びっくりしたシメてるのかと思った。あーよかった。そんなグロい女社会みたいな感じじゃないみたいで。


「ちが――」

「あー知ってる、あれだろ? 八重石クーラー」

「……八重石、クーラー?」

「あ、ごめん。さすがにテキトーすぎた。呼び方わかんなかったからさ。なんか、あったっけ? 技名みたいなの」

「……。いえ、強いていうなら被覆式冷却術ですが、呼称というほどではありません。ですから、以降は八重石クーラーと呼ぶことにします」

「え。……いいの?」

「はい。良いと思います。特に、家名の入っているところなど」


 ちょっと怒らせたかと思ったのに、意外と気に入られてしまった。どうしよう。将来それが普及して、出回ったりしたときも、それだったら。


「……は? もしかしてお前、幸にこれ、使ってもらったのか?」


 え。

 いやなんでそんな話に……なるか、なるな今の流れだったら。


「いえ、違います。提案はしましたが、丁重に断って頂きました。お陰で、男女間ではそういった接触が大きな意味を持つことがあると知ることができました」

「マジ、か。……え、アタシ、男子には不用意に近付くなって言ってたよな?」

「……。はい。ですが、不用意ではありません。意図はありましたし、知らない仲ではありません。それに、触れるのは手だけです」


 と、何もおかしいことは言ってないみたいな調子で八重石が言って、二秒くらいしてから、千崎は押さえつけるみたいな溜息を吐いた。


「……疑って悪かった」

「あうん、大丈夫。……千崎さんも、大変っスね」


 なんとなく謎だったここ二人の関係性が、今一気にわかった気がした。

 なんでもできるクラストップのクール美人と、それに追いつこうと必死になってる女ヤンキー。

 組み合わせで言えば正反対で、むしろ仲が悪くても納得できる二人だけど。

 実際の中身が世間知らずの素直すぎるお嬢様と、ひたすら面倒見がいい姉貴分だから。


「てか、結局仲良いんじゃん」

「別に普通だっつーの。……コイツが色々危なっかしいから、つい色々言っちまうってだけで」


 中では色々考えてるようにも、それか全く何も考えてないようにも見えてきた八重石の無表情と、ブラウスで顔の汗を拭くフリをして口元を隠した千崎。

 ……まあ、なんだかんだ上手くやってるみたいで、こっち的には一安心ですが。

 てか、こんな二人だから、今回俺があのトンネルを調べたいって言ったらついて来てくれたわけで。


 ……そんであとは、千崎がこういう奴だから、


「あ、そういや忘れてた。八重石と千崎は喋ったことないかもだけど、コイツ、寺林も今日一緒に来るから。はい、モトナリ自己紹介!」

「へぇ⁈ あ、いや、えと、うん。……は、はい。どうも、寺林元就です。八重石さん、千崎さん、本日はよろしくお願い致します!」


 全くいつも通りの八重石が「よろしくお願い致します、寺林さん」と言って、モトナリが盛大にテンパってるのをなんとか誤魔化そうとして、千崎はモトナリと同じような表情になっていた。


 ――正直俺も、なんでそうなってるのかは、本当に全くわかってないんだけど。


「よ、よよ、よ、よろ、――ヨロ・シクぅっ‼︎」

「ひぃやは、はひっ‼︎」


 ……やっぱりこれはどう考えても、千崎がモトナリに惚れている、ということらしかった。

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