第24話 強いなら強いだけいい
その日から、俺たちは時間を見つけては、これからどうすればいいかを話し合うようになった。
周りに聞かれるわけにはいかなかったので、昼休みは人が少ない階段で昼飯を食べながら、行き帰りは人が少ない道を選んで、夜は就寝時間になるまでどっちかの部屋で、ずっと話し続けていた。
おかげでもう一個変な噂が立ち出したけど、その噂が金剛の耳に入って真面目に事実を確かめられた頃くらいには、今後の方針はいくつか決めることができていた。
まず一番簡単なのが、俺達の戦力強化だった。
今後何が起こるかわからないから、強いなら強いだけいいということになった。ただ、モトナリはあんまりアテになりそうになかったから、これは主に俺の目標だった。今までの感じだと、俺の体はほとんど『空森』と変わらないはずだった。
なら、ポテンシャル的には、俺にだって利術を使いこなす力はあるんじゃないのか。
……と思って術戦訓練を最近割と本気でやってるんだけど、なかなか上達できる気配がない。
『空森』が使っていたのは、「武装術」という種類の利術だった。
これは術としてはそれほど珍しいものではなく、この初歩的なものなら、ここなら誰でも使えるものだった。
やってることは、簡単に言えば利力に形を持たせて、それを自分の体にまとわせるというだけ。さっきの初歩的なものだったら、人差し指をぼんやり光ってるガラス板みたいなもので囲んで、小型のナイフみたいにできるっていうやつ。
それでも意外とやってることは高度らしく、普通は「走路」という血管に乗って流れている利力の順路的に、人差し指以外はコントロールができないものなんだとか。
だから世間的に「武装術」は、「名前はやたらカッコいいけど人差し指をナイフみたいに使えるだけの術」として知られていたりする。
――で、『空森』はそれを、全身にまとうことができたらしい。
指がナイフになる要領で、腕を剣にできたり、体に鎧が出せたり、指から出てる刃を長く伸ばして槍みたいにできたりした。
これだけでとんでもないってことはわかる。でもそれが本当はどれくらいのレベルで難しいことなのかは、実は誰にもわからない。
『空森』以外にそれをできる奴が、今生きてる奴の中にはいないからだ。
だからこれを教えてくれた金剛は、「君が使っていた術は、限りなく用術に近いものだ。仕組みは解明されていても、どうしてそんな使い方ができるのか、まだ誰にもわかっていない。もしかすると、武装術とは原理が近いだけで全く別の術なのかもしれない」とまで言っていた。
……最初の方は、そんなすげぇ力が俺にもあるのかもしれないとか思ってた。思ってたけど、結局二週間本気でやって、あの初歩的な人差し指ナイフが五回に一回くらい成功するレベルにしかなってなかった。
いや、それでも俺的には初めて成功したとき結構感動したんだよ。だって人差し指がナイフになるとか、普通ないじゃん。……普通ないけど、こっちでは散々他人が簡単にやるのを見てたし、自分でやっても見えてる内容は一緒だし、こんなカッターナイフのがまだ切れるレベルの刃で何ができるんだって思ったら、一気に萎えたりしたんだけど。
でも違う。俺の本領はここじゃない。
同時に進めていたのが、格闘訓練。一応俺が今習得しようとしている術は、使えればそれで相手が吹っ飛ぶみたいなものじゃない。
つまり前提として、戦うための体の動かし方を知っていなければ話にならなかった。
が、俺は昔からそれなりに運動神経は良かった。それと金剛の教え方が上手かったから、こっちは結構成長してる実感があった。
ただ、
「甘ぇ!」
「ぐっ⁈」
まだ金剛や八重石とは「戦う」のレベルにはなれてなくて、千崎とは体格差でなんとか誤魔化せてるけど、それでもまだ一回も勝ててない。
……とはいえ、千崎は八重石と比べて、あんまり頭を使わず本能で動いてるみたいな雰囲気がある。
だからもうちょっとで、なんか隙とかが見つけられそうな気がする。
「くっ、そ。もう一回!」
「いいけど、もっと本気で来い!」
とか言っときながら、結局またぶっ飛ばされる。
本気で来いって言うだけあって、最初から全然加減とかはしてくれない。一応、他の同級生に頼んで相手してもらったときは、互角とはいかなくても結構競り合えるようにはなったはずなんだけど。
「お、らっぁ!」
「ぎっ⁈」
頭を狙ってきた回し蹴りを腕で受けるけど、止めきれなくて横に倒れる。受け身も取れなくて、そのまま地べたに仰向けで転がる。
「ク、ソ……」
……今日も無駄に天気は良くて、綿みたいな雲が一個、強烈な青色の中で流れている。
そして蹴りを受けた左腕が、痺れたみたいにじんじん痛い。
いやマジで、なんでこんな十センチ以上背も低くて、別に体がゴツいわけでもない女子にぶっ飛ばされなきゃいけないんだ。なんだ、どっからそんな力が出てるんだよ。
「なんかあれか、体強化するみたいな利術があんのか」
「あ? あるけど、アタシは使えねーよ」
「じゃあその馬鹿力はどっか、らぁ⁈」
急に目の前に落ちてきた踵を、なんとか横に転がってかわす。
「誰がバカだナメてんのか?」
「あっぶねぇお前これ、俺が避けてなかったら」
「そんときはまた鼻血出すだけだろ」
鼻血じゃすまないだろと、地面に突き刺さった踵を見ながら言い返したくはなった。けどこれ以上余計なこと言っても、たぶん普通に怒らせるだけだと思うからやめておく。
別にビビってるわけじゃない。ま、次もう一回されたら避けれるかわからないってのもあるんだけど。
普通に、言うべきじゃないからだ。
千崎とある程度仲を深めることも、俺達の目標の一個だった。
……そもそも、一番根っこにある目標が三つ。「八重石を守ること」と「『空森』の本心を知ること」、それと「俺が向こうに帰る方法を見つけること」。
今のところわかりやすく難しいのは一番目で、直接危険度が高いのも一番目だ。だから最優先で考えていて、真っ先に取りかかったのが「戦力の強化」だった。
大人を頼るわけにもいかないから、正直できることはほとんど見つからない。でも、少なくとも学年三位の奴を味方に入れとくのは、必要なことのはずだった。
……それは「真化隊」から守るって意味でも、『空森』から守るって意味でも。
「なあ、千崎」
「んだよ」
「千崎と八重石で組んだらさ、前の俺に圧勝ってできたりする?」
千崎の表情が、ぐっと険しくなる。意味わからないことを聞かれて、なんでそんなこと聞くんだと考えてるのが目に見えてわかった。
でも、
「……圧勝は、わかんねぇ。でも勝てると思う」
コイツが律儀に答えてくれる奴だってことは、そろそろわかってきていた。
これで、怪我人見つけたらわざわざ治しに行くくらいの世話焼きなのに、なんでこいつこんなヤンキーみたいなキャラやってるんだろう。
「あれ、勝てると思う、なの?」
「……正直、幸にどんだけアタシが合わせられるか、だと思う。たぶん普通に二人で攻めかかっても、お前は対応できる気がするから。……てか、なんでんなこと聞くんだよ!」
「いや、なんとなく聞きたかっただけだって。……そっか、そんなにヤバかったのか」
当然、聞いた理由はちゃんとあった。でも言えないから誤魔化したけど、千崎はそれ以上突っ込んでくることはなくて、ただ悔しそうに舌打ちをした。
結局はコイツも八重石と同じで、根っこから人が良いんだ。もしかしたらそれを認めるのが恥ずかしかったりするから、ヤンキーキャラしてるのかもしれない。
でも、認めたくなくたってお前は良い奴だ。それは絶対変わらない。お前は人を助けるのが普通だと思ってるし、困ってる奴をほっとけない。
……だから今から持ちかける話も、お前は絶対断らない。
利用してるって言われるとその通りなんだけど、これをコイツが断らない理由は、たぶんもう一個あるはずなんだ。
「なあ千崎――」
まあ俺の予想が当たってればって話なんだけど。
その場合は、千崎にとって悪くない条件のはずだから。
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