第28話 本当の恐怖


 殺された。

 どういう? 八重石が、花巻を? 殺す?


 すぐに意味がわからなかった。でもわかっても、そのあとにどうやって理解していいのかがわからなかった。


 ……花巻を、『空森』にとって妹同然だった奴を殺したのが、八重石?

 なんでそんなことするんだ? なんでそんなこと知ってるんだ? なんでそれを俺に教える? そもそもコイツは何――


「っ⁈」


 俺の口を押さえてた手が突然離れた。

 焦ってこけそうになりながら、俺は固まってた体を無理矢理動かして回って、剣を構える。でも後ろには当たり前みたいに誰もいなくて、あの声も、もう聞こえることはなかった。


 周りはただの真っ暗なトンネルに戻った。


 ……なんだ。なんなんだ。

 なんだったんだアイツは。急に出てきて、急に消えやがった。

 何もわからなかったから、どんどん焦ってきて、おかしくなりそうになる。誰だったのか。どうしてここにいたのか。なんであんなことを言ってきたのか。そもそもアレは本当のことなのか。

 ……てかアイツは俺にアレを言うためだけに、いきなり出てきていきなり消えたってことなのか。

 なんのために、そんなことを。


「……ぁ」


 でもそれより、もっと確かめたいことがあったんだ。思い出したらすぐに外へ向けて走り出していた。

 十秒走ったくらいから、真っ暗が薄くなってくる。息が上がっていく。だんだん温度が上がってくる。それから蝉の鳴き声と明るさが、うっとうしいくらいに大きくなってきて、


「――なんだ! 何があった‼︎」


 全部に強烈さが戻ったそこでは、千崎が手にグローブをはめて待ち構えていた。

 見てみたら、ちょっと後ろでは八重石も剣を構えていて、モトナリはいつでも連絡できるようにスマホ的なものを構えていた。


 ……俺が想像してた、最悪の場面にはなってなかった。

 とりあえずそれで一安心で、俺は思いっきり息を吐いてしまう。なんだったらそのまま座り込んでやりたい気分だったけど、そこまで油断していい気はしなくて、俺は慌ててトンネルへ振り返る。


「……何かが、あったんですね?」


 でも照らしたって何もないのは変わらない。しばらくそのまま固まってたけど、とりあえずこれ以上は何も起きないらしいから、もう一回息を吐きながら――


「待って、冬空君、先に」


「とりあえず幽霊はいなかった」とか言おうとして、モトナリに遮られる。「先にって何を」と思うくらいには、俺もテンパってたりした。けど思い出して……やっぱ別のにすればよかったと思った。


「冷やし中華」


 目の前で、千崎の肩から力が抜けたのがわかった。

 わかる。俺だって今なんか気抜けた。一応真面目な場面で使う合言葉なんだから、その日の晩飯とかじゃなくてもっとそれっぽいの考えとくべきだった。


「……ひとまず、おかえり、冬空君」

「おー、ただいま」


 それも流れで答えてから、すげぇバカみたいなやり取りをした気がしてくる。

 直前にトンネルの中で、顔も声もわからない奴からとんでもないこと言われたはずなのに、気付いたらちょっと笑いそうになるくらいに気分は落ち着いていた。


「んで、なんだよ。なんで走って出てきた? お前、何を見たんだ」

「見たっていうか……、その前に一個聞いときたいんだけど」


 落ち着いてから、俺はもう一回、さっき自分の身に起こったことと、言われたこと――八重石が花巻を殺したって話を思い出した。

 思い出しながら、やっぱり俺は今回のこともモトナリ以外には話さないことに決めた。


「なんでしょう?」

「俺が入った後って誰も入ってなくて、俺が出てくるまでに誰か出てきたりしてないよな?」


 聞き返してきた八重石は動きを止めて、隣で千崎は目を細めながら「おう」と言った。それで結局何があったんだって、目線で聞かれてるのがわかったから、


「なんか声がした気がした。外の方から、女の悲鳴みたいな」


 と、それっぽく言ってみると、二人とも真剣な顔でしばらく固まってから、声を出したのは自分じゃないと首を横に振った。ちらっと見てみるとモトナリまでシリアスな顔をしてたから、今度はちょっと笑ってしまった。


「ウソでーす」


「…………あ?」

「あー違う。聞こえたってか、気がしただけかもってことで。なんかほら、他の音がトンネルで反射して聞こえたとか、そんな感じ」


 笑ったついでで思わずふざけてみたら、千崎の顔が思ったより恐かったんです。

 いやだってあの目付きはカタギじゃなかった。普通に殴られると思った。


「空森さん、無闇に驚かせないでください」

「あーごめん。え。てか、驚いてたの」

「……。はい」


 八重石も八重石で、絶対コイツにそんなつもりはないんだろうけど、最初から最後まで真顔でそんなことを言われると、どうしてもちょっと面白かった。


「ま、やっぱ俺の気のせいっぽいな」

「んだよビビっただけかよ」


 お前だってビビってたくせにとか言ったら今度こそ鳩尾に一発くらう気しかしなかったから、やめておいた。……なんか、こういう情けないのにも、だんだん慣れてきてる気がした。


「そ、それで冬空君、な、なんか見つかったりした?」

「いーや、特になんもなかった」


 つってもこれで俺は今、女子二人からしたらビビりすぎて戻ってきた奴で、クソ暑い中意味もなく連れ回した奴で、自分のビビりを盛ってホラーみたいに言ってくる奴だった。

 ……モトナリは、前もって決めてた「顎を触る」ってサインを今したから、何かあったってのは読み取ってくれたけど。


 さすがに女子、しかも美人二人にそんな最悪のイメージを持たれたままにしたくなかったから、


「ま、元々『もしかしたら』って話だったし。……てことでちゃんと終わったし、なんか食って帰ろーか」


 と、ちょっとふざけたトーンで言ってみると、最初は「それでいいのか?」みたいな呆れた感じだったけど、結局「お前が奢るんなら」と乗ってきてくれた。八重石も頷いていたし、とりあえずそのまま帰る流れになった。


 ……最後に一応、もう一回トンネルの中を見ておく。何回見ても、何もないのは変わらなかった。


「お前、どんだけビビってんだよ」

「別にビビってるわけじゃねぇけど、ほら、こういうのって全員が背中向けた瞬間バンって出てきたりするもんじゃん?」

「では、念のため凍らせておきますか?」

「え。や、そこまでは、しなくていいかな。な、モトナリ?」

「え。あ、う、うん、そうだね。そんなに、前ほど嫌な感じもしなくなってるし、大丈夫だと思う、よ!」

「そうですか」


 そんな「一応殺虫剤撒いとく?」みたいなノリでトンネルを凍らせないでほしい。

 でもコイツにとってはそんなもんなのかもしれない。そう、結局一番怖いのは幽霊じゃなくて人間ってオチ。


「てか、それより昼飯何にする? やっぱ焼肉? わざわざついて来てもらってるから、ちょっと良い店でもいいけど」


 ……でも、本当の恐怖を、俺はまだこのとき知らなかったんだ。


「あー、空森、アタシは別にどこでもいいけど、とりあえず高い店はやめとけ。できれば食い放題のとことかにした方がいい」


 とか千崎がわざわざ小声で言ってくるから、おかしいとは思ってた。

 でも金は『空森』のだったし、部屋の机に置いてあった財布には持ち運ぶのが不安なくらい入ってたから、普通にそこそこ良い焼肉屋に入ってしまった。


 良い焼肉屋だと、食い放題みたいなのは当然やってなかった。

 好きに頼んでいいよって言って、八重石が「本当にいいのですか?」って聞いてきたときも、そこまでは予想できてなかったんだ。


 ……いや、普通五万もあったら、足りるって思うじゃん。


 あんな細い八重石が二キロ近く食うとか、予想できるわけないだろうが。

 でもあんだけパクパク食われて、ときどき「まだ食べてもいいのですか?」とかあの顔で聞かれたら、いいって言うしかないだろうが。なんだったらデザートまで頼んでやったわ。三種類。ケーキと杏仁豆腐とかき氷。そんでモトナリに頭下げて一万借りた。

 ……一応言っとくと、モトナリも八重石ほどじゃなくても結構食ってたんです。一万も次の日に下ろして返しました。


 あと千崎は人並みで、いいって言ったけどたぶんあれは遠慮してくれていた。というか、食べることよりも、食べてるモトナリを見るので忙しかったみたいだった。

 モトナリは食べながら八重石のことをチラチラ見てた。一回気付かれて「食べますか? サガリという部位だそうです」とか勘違いされて、結局貰ってた。網からトングで渡されてたから何も緊張する場面じゃなかったはずだけど、モトナリは気持ち悪い笑顔になっていた。

 それを八重石は無表情で見つめ返していて、千崎は面白くなさそうな顔になって、「こっちのも焼けてるから、食えば?」とか言ってた。モトナリが女子二人からトングを向けられてたから、つい「モテモテじゃん」と言ってしまって、モトナリと千崎が大騒ぎになって店の人に怒られた。


 ちなみに俺は元から腹減ってなかったから、結局冷麺と肉は四、五枚しか食べなかった。だからほとんどの時間は肉焼くかコーラ飲むかしながら喋ってただけだった。

 それで財布が空になったわけだから、割りに合わないといえば合わないんだけど。

 ……まあ金は『空森』のなんだし。


 あと、そういえばこうやって何人かで盛り上がるのって、なんか久しぶりだった。そりゃ言っても四人だし、しかもクラスで浮いてる奴らの寄せ集めではあるんだけど、


「幸、もしかしてそれ、色で選んだ?」

「いえ。ブルーハワイという名前から味が想像できなかったからです。食べた後でも、名前の意味はわかりませんが」

「ぶ、ブルーハワイって、元は、カクテルの名前からきてるらしい、です。カクテルの由来は、諸説はあるんですけど、昔の映画とその主題歌のタイトルからきてる、とかで」

「「「おぉ……」」」

「あ、な、なんかすみません」

「いえ。とても有意義な情報、ありがとうございます。……。では、この味はそのカクテルに近いもの、ということでしょうか?」

「え、や、え、えっと、たぶん、そこは青色ってだけの繋がりだと思います。味は、すみません。俺も、知らないです、すみません」

「……アタシは、ソーダとかラムネみたいなもんだと思うけど」

「えーそうか? なんかもうちょっとフルーツ感ない? いや、どのフルーツかとかは、全然わかんないんだけどさ」

「……。では、この、言い表せない味に付けられたのが、ブルーハワイという名前なのでしょうか」


 とか、どうでもいいこと話してても、それなりに楽しいとは思えていた。

 だったら、まあ帰ろうとしても帰れないわけだし、もうちょっとこっちで『空森』でいてやってもいいかなと思った。『空森』があっちで大人しくやってるか気にならないわけじゃないけど、俺は結構、気にしても仕方ないことは無視できる方だった。


 何にしたって、俺は今こっちにいて、俺にできることしかできないんだ。

 帰ったら、トンネルでのことをモトナリと話し合おう。そんで明日からは、また戦う力をつけるために頑張ろう。

 だから今はこれでいいし、これしかない。


 ……四人分の皿に残った青、緑、黄、赤の溶けかけを眺めながらそう決めると、なんとなく、気分は軽くなったような気がした。

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