第18話 単独での外出を禁じる


「――お待たせ致しました」


 手続き自体は思ってたより簡単だった。目的と時間を紙に書いて、担任と寮長から了承がもらえれば終わりだった。

 問題は、外出の際は絶対厳守と言われている三つの条件の方だった。一つが「問題行動を起こさないこと」。これはいい。

 次が「制服着用のこと」。これもまあいい。いや、微妙によくないんだけど、もう一つの「単独での外出を禁じる」に比べれば、大したことない。

 てか二つ目が微妙によくないのも、この三つ目のせいだったりする。


 ……簡単に言うと、俺の外出に八重石が付き添うことになった。


 この四日間、俺は何回もタイミングをミスったのを後悔した。

 モトナリのこともだけど、金剛に尋ねたタイミングの方が盛大なミスだった。

 思いついて、なんか焦ってたんだ。

 あのときはすぐにでも動き出したかった。で、そんな条件は当然知らなくて、でも金剛は土日は基本出張で付き添えないらしくて、モトナリもいなくて、気付いたら八重石が手を挙げていた。


 そりゃ、そんなの悪いって最初は断ったけど、また真っ正面から「何も悪くありません」って言われて、それ以上断り方が思いつかなくなった。そのときは、他に頼める奴も思い当たらなかったし、モトナリにも頼みづらかったしで、別にいいかとか思っちゃってたんだよ。


 いや良くねぇんだよ。

 おかげで変な噂は立ちまくるし、モトナリとは話せるけどなんか距離感遠いし、クラスでの孤立が確定しちゃったしで。


「どうかしましたか?」


 だってのに、お嬢様は今日も変わらずキラキラしていた。朝から天気が良くて、ちょっと外に立ってるだけで汗が垂れるくらいの日差しだから、白い肌と白い髪が、自分から光ってるみたいに輝いていた。

 ……要するに、こんなんめちゃくちゃ目立つだろって話だ。


「八重石さんって日焼けとかしないの?」

「――。します。焼けると酷く赤くなるので、対策を万全にしています」

「もしかしてそれも利術?」

「いえ、クリームタイプの日焼け止めです」


 一応記憶喪失ジョークのつもりだったんだけど、当然八重石には通じなかった。

 ここが、いくら利術で発達した世界だっていっても、それで全く科学が進んでないわけじゃない。

 最初は完全に科学と魔法の立場が入れ替わってるのかと思ってたけど、さすがにそこまでじゃなかった。動いてる仕組みが違ってもパソコンとかテレビとか家電的なものはあるし、治術があるから向こうほどじゃないけど、薬も使われている。購買で売ってる食べ物の袋にも添加物が書かれまくってるから、そういう化学物質とかも普通に使われている。


 だから入れ替わったっていうより、利術を使う選択肢が増えたって言った方が、たぶん正しいんだと思う。


 こっちに来てもう三週間、退院してこの学校に来てからは一週間が経っていたから、日焼け止めクリームがあることくらい、俺だって普通に知っていた。


「知ってたけど、一応確認っていうか。八重石さんだったら、それくらいできそうな気したから」

「――。できません。そういった術は恐らく存在しませんが、……たしかに盲点でした。実現すれば画期的なものとなるやもしれません。次の機会に、研究者の母へ提案を試みます」

「え、いやまあ、別に日焼け止めくらいクリームでいいんじゃね?」


 俺の言い方がちょっと煽ってるみたいになったのが、良くなかったのもあると思う。


「……。いえ、もしもそういった被覆式の術が開発されたのなら、私のような常用者への恩恵はとても大きなものになります。費用や所要時間、付け直す手間の削減に繋がりますし、塗り忘れや塗りもらしの心配をすることもなくなります」


 冗談が、段々リアルな話になってきた。とにかく八重石が普段から日焼けに悩まされてるのはわかったけど、俺は別に日焼けなんかどうでもいい。


「暑いし、そろそろ行こうか」

「はい」


 どうでもいいのにどんどん八重石が真剣になっていくから、ちょっと強引に話を切った。それでも、八重石は文句の一つも言わずについてきた。

 先に歩き出した俺をたたっと追いかけてきて、八重石は当たり前みたいにすぐ隣を歩き始めた。


 ……本当に、ちょっと揺れたら当たるくらいのすぐ隣だった。

 え、なんでそんな近い。もしかしてコイツ俺――じゃなくて『俺』に気があったりすんのか。え、じゃあ今日ついて来たのだって、そういう気持ちがあったから?

 そう考えると、冷たさを感じた。割と悪い可能性を考えたせいで寒気を感じたとか、そういうやつだと、俺も最初は思った。


 ……違った。寒気とかそんなんじゃなくて、なんか本当に涼しい。特に左側、というところまで考えて、すぐに涼しさと八重石が繋がった。

 氷を出して戦うコイツがすぐ隣にいると涼しい。

 そういえばコイツ、さっきから全然汗かいてなかった。なんか美人だからお嬢様だから、汗とか出ないもんなんだとか勝手に思ってたけど。


「どうでしょう? 多少暑さは軽減されますか?」

「……これは、利術なんですか?」

「はい。被覆式の冷却術です」


 日焼け止めとかより絶対こっちのが便利じゃねぇか。

 なんだそれ。冷たい空気で体を覆えるってこと? なんですかそのめちゃくちゃ便利な術は。


「すげぇ。それ発明した人マジの天才だと思う」

「はい。身内褒めになりますが、私も母を誇りに思っています」


 母でしたか。いや、すげぇ人とは聞いてたけど、正直ここまでとは思ってなかった。

 だって夏なのに外で涼しいんですよ? しかも分厚い服とか機械とか無しで、マジでいきなりクーラー効いてる部屋入ったみたいになるんだよ。周りは太陽ガンガンで、蝉も鳴きまくってるのに。

 いやまあ、右側は普通にジリジリ暑いんだけど。


「その利術って、俺も使えたりする?」

「――。難しいと思います。適性が有れば不可能ではありませんが、基本的には、暑さに弱い私のために作ってくださったものなので」


 ま、さすがにそこまで上手くいくわけはないよな。

 それがこっちでの普通だったら良かったんだけど、やっぱり八重石が特別ってだけの話だったらしい。


「じゃ、それが普通になるように、お母さんには期待させてもらいます」

「はい。きっと母なら、成し遂げます」


 その恩恵を俺が受けれるかはわからないけど、とりあえず今は半分でも涼しいのを喜んどこう。


「もしよろしければ、空森さんの肌に触れることで、空森さんも私の体表として扱うことができますが」


 ちょうど校門を出るところで、八重石はなんでもないみたいにそんなことを言ってきた。俺が固まったのは、一瞬何を言われたのか理解できなかったのと、理解できた後に一瞬だけ良い提案なんじゃないかと思ってしまったからだった。


「……それは、さすがに大丈夫。手ぇ繋ぎ続けるわけにもいかないし」


 するとやっぱり八重石は「そうですか」と言いながら、表情を全く変えないで右手を下ろした。

 ……その後に一秒くらい動けなかったのは、さっき考えかけてた可能性がもう一度出てきたからだった。


 普通に考えたら、女子は好きでもない男子にここまで近付かないし、外出にも付き合わないだろうし、こんなふうに手を繋ごうともしないはずだ。

 でも八重石は普通じゃない。それはもう色んな意味で。

 だから、なんの考えもなしに今みたいなことをしてる可能性だって十分あるし、なんだったらそっちの方があり得るレベルだと思う。


 が、万が一の場合。

 ……考えてみるほど色々最悪だから、あんまり考えたくない。


「やはり、肌で触れ合うということは、何か特別なものが含まれるものなのでしょうか」


 え、えぇ……。


「そ、そうだと思う。異性の場合は、特に」

「――。そうですか。では、申し訳ありません。私を中心にした場合先程までのものが最大範囲でしたから、より効果を求めた上での提案でした。他意はありません」

「あ、そ、そっか」


 えーっと。これって普通に、恋愛感情無かったって話で良いんだよな。

 いきなり正面から聞かれて、すげぇあっさり解決したから、いまいち意味がわからなくなってたけど。

 ……うん。やっぱコイツだいぶ変わってるわ。

 もう、ちょっと笑いそうになるくらいに。


「一応言っとくと、さっきの距離感も普通だったら近すぎるからな。『他意がない』のはわかってるけど」

「――。申し訳ありません。以後気を付けますが、それでは、お役に立てそうにありません」


 表情は変わらない。でも、そう言った八重石がなんとなく落ち込んだみたいに見えたのは、たぶん気のせいじゃないと思う。いやマジで顔も声も変わってないから、本当に勘でしかないんだけど。


「じゃあ、できたらで良いんだけど、氷出してもらえたりってする? これくらいの」


 だからってわけじゃないけど、それもあって、思わず言ってしまった。すると八重石はすぐに右手を広げて、左手でその手首を掴んだ。じじっと電気が流れるみたいな音が鳴って、気付いたら右手の上に飴玉くらいの氷の粒ができてて、それが二、三秒の間に、握り拳くらいの大きさまで膨らんだ。


「やっぱり利術ってすげぇな」

「これは、ごくごく初歩的なものですが。……それを、どうするんですか?」


 受け取った氷の塊は、首の裏とか額とかに押し付ける。


「服が濡れてしまいます」

「どうせすぐ乾くって」


 今突然現れたのが信じられないくらい、氷はしっかり冷たかった。肌で溶けてどんどん水は流れてくるけど、今日はそれでちょっといいくらい暑かった。八重石はしばらく不思議そうに見ていたけど、俺が「ありがとう」と言うと、「はい」と小さく頷いた。


 結局駅に着くまでに水は乾かなかった。汗一つかいてない白髪の美人とずぶ濡れの男子が目立たないわけがなかったけど、まあ、仕方ないと思えた。


 ……実は俺も、昔から暑いのは得意じゃなかったんだ。

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