第17話 俺は『空森』じゃない。



 あんなものを。

 お前を殺そうって考えを隠しているようなあんな奴が、お前と同じなのか?


 俺はそんな奴より下で、早くソイツと入れ替わってくれってか?


「――どうかしましたか?」


 気付いたらシーツを握りしめていた。

「いや、大丈夫」と手を広げて、シーツのシワをなんとなく伸ばしながら、自分が今なんでイラついていたのかを考える。


『空森』と俺が違うことなんか、とっくの前に知ってた。てかアレを見つけてから、絶対違うと思った。あんな気持ち悪いのと同じわけがないって、思っていた。


 なのになんだ今のは。

 八重石が、自分と『空森』が同じだって言ってんのに、すげぇ違和感があった。違和感だけじゃなくて、なんかムカついた。


 ……俺じゃなくて『俺』がいいのかとか、そういうわけじゃなさそうだった。

 知らない間に八重石に惹かれてて嫉妬、とかなら、もうちょっとドキドキしたりするもんだと思う。そりゃ、綺麗だとは思うんだけど。


 そうだ。八重石はいいんだ。八重石が俺より上なのはいい。

 向こうでもそういう奴はいた。八重石ほどじゃないとしても、部活で全国目指したり、高二の今から日本で一番の大学狙って勉強してる奴とかは、こんな感じの「あ、俺とは違うな」って雰囲気だった。


 ダメなのは『空森』だ。

 単純にあんなもの隠してる奴が俺より上だと思いたくない。『空森』は絶対、八重石に良くない感情を向けている。八重石は『空森』を良く思ってくれてるのに、コイツは殺すだとか何だとか、意味のわからないことを考えている。

 あとはそんな奴と俺が同じだと思われてるのも、段々嫌になってきていた。


「あのさ、俺って、マジでそんなすごい奴だった? 実は口だけで大したことないとか、変なこと言ってたりとか、しなかった?」

「しません。空森さんは、とても強い方でした。――。少なくとも、私に意見できる余地が見当たらない程度には、志も、戦闘も、とても優れた方でした。勉学に関してはあまり優等な方ではありませんでしたし、意図がわからないことを尋ねられることは多々ありましたが、私を含め大半の教員や生徒は、空森さんのことを認めていたように思います」


 聞いたのは、確認というかもう一回『空森』のことを疑ってもらうためだった。

 でもいつも通りの静かな声で言われたのは、やっぱり八重石の正直な意見に聞こえた。


「……その自身への信頼が薄い姿勢も、記憶を失う前と変わらない部分だと思います」


 ――もういっそのこと、俺が『空森』じゃないって言ってやろうか。そんで『空森』が何を隠してたのか、何を考えてたのか、全部ぶちまけてやろうか。

 そうしたらこのイラつくのは、どうにかなるんだろうか。


「ありがとう。参考にする」

「はい」


 て、言えるわけはないんだけど。

 言うってどう言うんだよ。俺は実はパラレルワールドから来た別人で、部屋ん中漁ってたらたまたまお前を殺そうとしてる計画見つけたから『空森』って悪いやつだよ、とか?

 だから完璧にイカれてんだろ、そんな奴。


 ……でも、まだ誰にも言わないけど、このまんまにしとくわけにはいかないって思うのは、かなり強くなった。


 八重石は良い奴で、すげぇ奴だ。変な奴でもあるけど、絶対俺より正しいし強い。色んな意味で特別な奴なんだと思う。

 持ってる奴に羨ましいとか、嫉妬とかを感じるのもわかる。俺も八重石と自分を比べてテンションは下がったし、たぶんコイツが目の前にいたら、誰でも一回はそうなるんじゃないのか。

 普通の奴は八重石を見たら、まず綺麗なことに驚いて、すぐに空気から特別なのを感じて、ちょっとしてから自分が普通なことを思い出す。

 あ、自分って普通だったなって思い出したら、誰だって一瞬はテンションが下がる。自分は似たような奴がいっぱいいる雰囲気で、自分にしかないものなんか一個もない。でも普通の奴は、そこですぐ仕方ないなって切り替えれる。

 そういうもんだ。それが普通なんだ。


 ……そこで、なんでコイツだけ特別なんだって思うのは普通じゃなくて、それが本気で傷付けてやろうって考えになるのが、ダメな方の、異常な奴なんだ。

 俺は違う。俺は『空森』じゃない。


 そう言うわけにはいかないけど、それをはっきりさせるためにも、もっとちゃんと『空森』について知ろうと思った。

 知ったってどうにもならないのかもしれないけど、最低でも、八重石に正しいことを教えてやれる。もし元に戻る方法がわかったら、そのときに全部チクってしまって、戻ってきた『空森』を捕まえてもらってもいい。


 ……今まで俺は『空森』のせいで色々酷い目に遭ってきた。だいたい俺がこっちで色々苦労してんのも、全部コイツがこんな立場にいるからだ。コイツが普通に、俺と同じように生きていれば、こんな熱中症でゲロ吐いて倒れることだってなかったはずなんだ。

 だからやっと仕返しができるみたいな気がして、ちょっと気分は良かった。


「今、突然笑顔を浮かべたことには、少し違和感を抱きました」

「……気をつけます」


 あとはこのお嬢様のことも、もう少し知るべきだと思った。

 ……まあ、その前にモトナリもどうにかしないといけないけど、なんとなく今日帰ってすぐ謝るっていうのは、したくなかった。


「そういや八重石さん、モトナリ……うちのクラスの寺林のことって知ってる?――」


 ちょうど言いきるところで、部屋のドアが開いた。

 開けたのはモトナリで、その後ろには金剛と白衣の女がいた。

 俺が今名前を言ったのが聞こえていたらしく、モトナリはしばらく固まっていたけど、


「この方、ですよね。お名前程度しか知りませんが」


 そう八重石に指をさされると、一瞬で息ができないみたいな顔になって、そのまま金剛に何かを言ってからどこかへ行ってしまった。


 ……聞かれたのが最悪のタイミングで、八重石のも悪い方の反応だった。

 白衣が似合ってない短髪の医務員と、いつも通りに落ち着いてる金剛に今の体調を伝えながら、しばらくはモトナリに頼ったりはできなさそうだなと思った。


 そこからもう少し喋った流れで、俺は金剛に外出の手続きの方法を聞いた。

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