第11話 違う世界


 ――そしてもう一度、俺は自分の馬鹿さを思い知ることになる。


 格闘訓練をしたグラウンドからランニングで十分ちょっとのところに、次の術戦じゅつせん訓練用の施設、二号特殊体育館はあった。


 そこは、とても簡単な造りの建物だった。

 天井が高くて広くて、柱しかなくて、見えるところは全部コンクリートで出来ていて、雰囲気は昔遠足で行ったどっかのダムの中だとか、立体駐車場みたいな感じだった。


 なんでこんなところで訓練する必要があるのか。

 それも、すぐに思い知った。

 分かったのは、騒音と周りへの被害を最小限にするために。後から聞いたのは、壊れても直しやすいようにするための簡単な造りってことだった。


 術戦訓練は、実際に利術を使って戦闘の訓練をするもので、最初に手本として金剛から指名されたのは、クラスで今一番強い八重石と千崎の二人だった。

 訓練場の中心の二人を、他の生徒は端の半地下に作られた、球場のベンチみたいな場所で見ることになった。


 八重石は、開始と同時に氷の剣を作り出した。

 ――何もないところから突然、白くて重そうで、煙みたいな冷気の出る剣を、本当に、普通のことみたいに。


 千崎も、ポケットから出した赤色の手袋を着けたと思えば、それが突然燃え出した。

 両手に焚き火みたいな火の塊を付けて、当たり前みたいに構える。


 そのまま二人はぶつかる。

 しばらくは、何が起こっているのか俺にはわからなかった。ただ白い剣と赤い拳が激しく動き続けて、もう一方を潰そうとしていることしか。


 が、八重石が一歩下がって、両手に持った剣を大きく振った瞬間。すっと地面のコンクリートに白い線が走って、直後にはその線に沿って、白い氷柱みたいなものが無数に突き出した。

 それを千崎は避けていた。氷柱の列に沿って走った千崎は、八重石からまだ遠いところで拳を突き出す。

 拳の炎が、火炎放射のように長く吹き出す。八重石はそれを横に飛んでかわして、氷柱の影に隠れてしのぐ。かと思えば氷柱を横に切り倒し、いつの間にか幅が広くなった剣を盾にして飛び出して、判断が遅れた千崎の体にそれを叩きつける。

 食らった千崎は横にふっ飛ばされるが、当たり前みたいにバク転で受け身を取って、勢いがなくなったところでまた拳を構える。


 ――そんな、俺の理解が何も追いつかない攻防が、もうしばらく続いた。

 全部意味がわからなかった。なんで氷が、炎がそんなにぽんぽん出る。なんでそんな動きができる。……なんで、誰も驚くんじゃなくて、そんな感心してるみたいな、なのに悔しそうな顔をしてる。


 ついた決着は、八重石の勝ちだった。

 手のひらから飛ばした大量の氷の塊をかわさせてるうちに、八重石の剣は千崎の喉元に迫っていた。

 ぴたっと二人の動きが止まって、金剛が終わりの合図を出した。

 終わってみれば八重石は涼しい顔をしていて、千崎は体力を使い切ったように息を荒くしていた。

 そしてやっぱり、思い切り目付きを悪くして、悔しそうな顔をしていた。


 世界が違うと思った。

 なんて当たり前なことを、俺はここで、もう一度思い知らされた。


 こんなやつらを相手に、俺はこれから恋愛どうこうだとか考えないといけないのか。全く住んでる世界も、常識も違うのに。俺が今まで使ってきたものが、一切通用しないかもしれないのに。


 そんなふうに、俺はまた一時間ぶりくらいの気分の悪さを感じていて、足元の靴の赤い汚ればっかり見ていたから。


 ――いつの間にか目の前に来ていた八重石の脚に、突然気付くことになった。


「早く、戻ってきてください」


 高い場所からの、思ったより低い声。でも、本当に氷みたいに透明で、固く冷たい声。

『俺』に言っていて、俺に言ってるんじゃないのはすぐにわかった。


 千崎が、自分は俺たちよりも一段下だと言っていたを思い出す。

 ……だったらたぶん、『空森』は八重石と同じくらいか、それ以上に強い。


 そんなの俺に言われたって、どうしようもねえじゃんと思った。

 もう何もできることが思いつかなかったから、そこからは、とにかくそのときにやるべきことをやった。


 術戦訓練では『俺』が使っていた利術について金剛に教えてもらった。

 そもそも利術がわかってないんだから、できるわけがなかった。

 そのあとは体作りの時間だった。

 運動は得意だったはずなのに、女子も含めてクラスの誰よりもできなかった。

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