第10話 鼻血とクソザコ


 モトナリはなんでか、すごく機嫌が悪そうな顔をしていた。


「なんだよ」

「いや。いい身分だなと思って」


 やっぱり声も機嫌悪そうだった。


「お前にとって女子に蹴り倒されんのはいい身分なんですか」

「学年一の美少女に蹴り倒されて、学年二番の美少女に治療されてんのがいい身分だって言ってるんだよ」


 ……なるほど。たしかにケタ外れな八重石の後だったから弱く見えたけど、千崎だって十分に美人ではあったな。


「でも痛かったんだけど」

「蹴り倒されてるからね」

「そういやモトナリ、治術ってスゲーのな」

「そりゃ、千崎さんは、うちの学年で一番の治術使いだからね。普通、鼻血でもそんな簡単に止めれるものじゃないんだよ」


 微妙に話がズレてる気がする。千崎が凄い奴なのはわかったけど、俺は治術自体がすげぇって話をしたかったのに。


「てかなんなんだよ。パラレル転移してきていきなり学年二強の女子と絡みやがって、どんな主人公だよ」

「は?」

「俺は、ペア組むのに、苦労してたっていうのに……!」


 目の前のモトナリが急にぶつぶつ言い出したと思ったら、そのまま地べたに手をついて落ち込みだした。なんだコイツ情緒不安定か。

 ……やっぱこういうのがコイツ微妙にキモいんだよな。


「ペアなんか、テキトーに声かければいいじゃん」


 頭を上げたモトナリは、なんか知らないけど絶妙に苦しそうな顔をしていた。別にそんな顔するほどのことじゃないと思うけど、コイツにとってはそれくらいのことだったのか。


「あ、でも、こっちの俺も、そういやお前しか友達いなかったんだってな」

「……そうだけど、空森君は俺とは違うよ。作れるけど作ってないって感じだった」


 作れるけど作ってない。その辺もやっぱ、微妙に違う。作れるもんなら作っとけばいいのに。


「てか、それも千崎さんから聞いたんだ」

「別に俺から聞いたわけじゃないけどな。なんか教えてくれた」


 ま、お陰で今後いちいち「俺と友達だったりした?」とかバカっぽいこと尋ねる必要はなくなったけど。


「一応言っとくけど、千崎さんも結構気難しい人だから、普通はそんな喋れないんだよ」

「お前がコミュ力ないだけじゃなくて?」

「ぐ……、や、そ、俺だけじゃなくて、雰囲気が凄いから、誰も話しかけられなくて、あと本人も、人と関わるのを嫌ってるみたいだから。八重石さんも、だけど」


 ところどころ土が見えている、一応は芝生のグラウンド。

 気付くと授業は休憩時間に入っていて、他の生徒達は端の方の木の影に集まっている。その中から、八重石と千崎を見つけるのは簡単だった。髪の色もそうだけど、ほとんどの生徒が何人かのグループになって話してるところから、二人は微妙に離れた場所で座っていた。


「あの二人って仲良いの?」

「え、や、良いってほどじゃ、ないと思う。二人で話してるのは見るけど、話しかけてるのはだいたい千崎さんからだし」


 友達ってわけじゃないけど、他の奴らと比べたらお互いにかなりマシな相手ってことか。

 とそこまで考えて、そういや今の俺だってそんな変わんないんだったと思い出す。いつもだったら、俺もあの真ん中らへんのグループだったのに。


「で、『空森』もあっち側だったから、微妙に他の奴らと比べたら仲がいいってことな」

「そう、かな。空森君は、もうちょっと上手くやってたと思うけど、でも、どこのグループにも属してなかったし、俺と話すようになったのも、結構最近のことだったから」


 コミュ力はあって、別にハブられてるわけでもないのに一人を選んで、かと思ったら急に根暗なオタク一人を捕まえて。……やっぱり俺には『空森』が何考えてるのかよくわからない。

 ボッチの何が良いんだ。何をやるにも一人とか、つまんなかったり、虚しくなったりしないもんなのか。


「あでも、鼻治してもらえたのはボッチのおかげか」

「……。千崎さんは、割と関係なく怪我人みんな治そうとするけど」

「なんだよ結局ボッチ意味ねぇじゃん」

「冬空君、その発言は全世界のボッチを的に回すよ」


 ボッチが集まったところで――とも思ったけど、少なくとも八重石と千崎、あとモトナリも敵になりそうだから、この辺にしとこう。


「てかさっきの話だと、千崎ってスゲェいい奴に聞こえんだけど」

「うん。実際、いい人だと思う。……ただ、めちゃめちゃ威圧感が凄いってだけで」


 威圧感は、たしかに凄かったな。目付きがアレなのも含めて、なんかこう、下手に声かけたら殴ってきそうなヤンキー感が。でも、そんな見た目のくせに、


「今、冬空君も思ってる通りだと思うけど、見た目とのギャップがあって、八重石さんほどじゃないけど、密かな男子人気が凄いんだよ」


 あのルックスで実は優しかったりしたらそうなるわな、と思いながらモトナリの方を見ると、コイツ、なんかぼーっと千崎の方を見てやがった。


「えー。お前、それは……」

「え? ……や。お、俺はちがっ……てか、違う、俺は違う!」


 まあ気持ちはわからんでもないけども。


「どっちにしろ難しいのは変わらんとしても、そういうのはお前、絞った方が」

「そんなのわかってる!」


 いきなり叫ばれて、一瞬状況がわからなくなる。

 が、


「あ、ちが」

「あーあ、ついに認めたな」


「難しい」「絞った方がいい」のどっちに対してだったとしても、「わかってる」っていうのは、前提にどっちか……てか八重石が好きってのがあるから出てくる言葉なわけで。

 と、モトナリはしばらくの間は深刻な顔をしていたが、俺が「誰にも言わねーって」と言い加えると、その深刻な顔のままで頷きながら俯いた。


「……ていうか、自分でもわからないんだよ。そういう気持ちは絶対あるんだけど、自分が、どこまで本気なのか」


 そして俯いたまま、そんな面倒くさいことを言い出す。だから恥ずかしがるより前に暗い顔になったんだろうけど、正直俺には言い訳みたいに聞こえた。


「気持ちがあるんだったらそれでよくない?」

「いやでも、俺の気持ちなんか可能性あるどころかそもそも迷惑っていうか気持ち悪いって思われそうで」

「メンドクセー」

「そ、そんなはっきり言う……?。てか実際、それこそ千崎さんとか、絶対俺のこと気持ち悪いって思ってるんだよ。まだ俺だけ治療してもらったことないし、なんか、避けられてるし」


 あー、それで。

 ……まあ実際コイツ気持ち悪いとこあるし、わからんでもないよな。


「そうだよ。別に、本気でどうこうなるとか思ってないし、自分でもわからないし、絶対迷惑だから、いいんだよ、別に俺は」


 あーあ、暗くなった。

 俯いたモトナリは、あぐらを組んだ足元にある芝を、一本ずつプチプチちぎり始める。

 なんとなく、「そんなことない」を待ってるみたいな気がするし、そもそも俺だって――今だってちょっとウザいとは思ってるから、否定はしてやれない。それでたぶん、コイツも自分で自分をそう思っているから、俺がなんか言ったところで、結局はなんも変わらない気がする。

 聞き出したのは俺で、一応コイツには色々助けられてるんだったけど。


「……あー、あんまごちゃごちゃ考えず、好きなら好きでいいんじゃね? そりゃ、やたらそういうアピールしてくるのはキモいかもだけど、こっそり思っとくくらい、人の勝手だろ。んで、タイミングがあったら、そんときだけちょっと頑張ったらいい。俺も、手伝ってやるから」


 言いすぎたと思って、最後に「お前にも手伝ってもらってるし」と付け足す。それを聞きながら、モトナリはしばらく俯いていたけど。


「これが、そういう感情なんだって認めるのが、恐かったりも、したんだ」


 また言いそうになった「面倒くせえ」をなんとか抑え込む。なんだそれ。どんだけデリケートなんだ乙女かよ気持ちワリいな。


「……ま、お前がメンタルクソザコなんはわかったけど」

「クソザコ……」

「間違ってねぇだろ。クソザコでも、お前もうさっき認めてんだから。とりあえず一回、失恋する覚悟決めろ」

「……え。失恋、確定?」

「一回っつったろ。……てか、やっぱお前、実はちょっといけるかもって考えてんのな」

「え。ち、ちが、考えてな――」

「まあそれでいいから。でも一回覚悟決めて、それからワンチャンあるかもって考えろ。ダメ元のが、絶対動きやすい」


「動きやすいって……」と言ってから、モトナリはまたしばらく固まる。

 静かになったグラウンドにざあっと風が吹いて、そういえば俺、なんでこんな恋愛相談みたいなことしてんだろうと考える。


 最初は八重石と千崎の話をしてたはすだ。そっからモトナリが口を滑らせて、どうせだったら協力してやりたいと思った。……そうだ。俺もコイツに協力してもらってるからだ。借りっぱなしになるのが、なんとなく気持ち悪くて、嫌だった。

 つっても、本人が嫌がってるのに無理矢理手伝ったって、借りを返すことにはならないんだろうけど、


「……動くのは、別にして、そうだね。……その、とりあえず認めようとは思った」


 そこでちらっと、一瞬だけ俺の目を見てから、


「だから、その、もし、俺が勇気を出せたら、そのときは、手伝ってほしい、かな」

「おう」


 そう言える程度には、コイツも度胸はあった。まあでも声はギリギリ聞き取れるくらいの小ささだったから、やっぱりザコはザコなんだろうけど。

 とはいえ、その「おう」を言った瞬間に多少気が軽くなったのも、事実ではあった。


 何もわからない俺がこっちで生きるのをモトナリは手伝ってくれて、代わりに俺はモトナリの片想いにちょっかいを出す。釣り合ってるようには全く見えないから、恋愛以外の人間関係も多少はサポートしてやるべきだと思う。

 でもとりあえず、これで俺だけ頼ってるって状況じゃなくなった。心置きなくってほどじゃないとしても、もうちょっと気楽にコイツの力を借りれるようになったし、これからを過ごしていけるようになった。


 ちょうど同時に、金剛がグラウンドの真ん中で大きく笛を鳴らした。日陰に座っていた生徒達は一斉に立ち上がって、金剛の方へ駆け足で向かう。


「あ、俺も行かないと。冬空君は、どうする?」

「俺も行く」


 立ってみると微妙に調子悪い部分はあったけど、一番酷かったところは治してもらった。

 あと、このまま倒れ続けてるのは、さすがにダサすぎると思った。


 モトナリと二人で走って隊列の後ろに付くと、金剛に「大丈夫か」とだけ確認を取られた。俺も「大丈夫です」とだけ返したけど、その間八重石も千崎も、全く俺の方を見もしなかった。

 それから俺たちは、次の訓練のために場所を移動した。校内での移動は基本ランニングだったけど、それで鼻血がぶり返してくるとかもなかった。


 走りながら、俺はずっと先頭にいる八重石のポニーテールになった長い白髪を見ていた。


 モトナリを手伝うとは言ったけど、俺だって八重石との関係はかなり悪い。もしかするとモトナリより悪いかもしれない。少なくとも、ぶっ倒されてあんな目を向けられるくらいには悪い。

 そんな奴に何が出来るんだってレベルで印象最悪な気もするけど、俺は別にコミュニケーションが苦手なわけじゃない。

 そういう意味では、『空森』が八重石と会話はできる関係だったってことは、ギリギリ幸運と言えるのかもしれない。

 クソザコのモトナリの代わりに、まずは俺が八重石との距離を縮める。そんで色々聞き出して、突破方法を考える。


 ……あとは、ついでに俺の最悪の第一印象も、どうにかしたいところではあるけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る