第7話 冷たくて、綺麗だった。
音割れが凄いチャイムで飛び起きて、一昨日の夜にモトナリから教えられた通り、ベッドのシーツやら枕カバーやらを外して畳む。畳んだらすぐに廊下に出て、また音が割れてる音楽に従ってラジオ体操を始める。
……両隣、正面、そのまた隣にもひたすら男どもが並んでラジオ体操をしてる光景はちょっと意味がわからなかったけど、そいつらがチラチラ俺のことを見てるのはなんとなくわかった。
深呼吸が終わったら、今度は大急ぎで部屋に戻って、顔を洗ってから着替える。クローゼットを開けると、同じシャツとズボンが二セットぶら下がっていて、引き出しには同じ白のインナーと黒の靴下が綺麗に畳んで詰め込まれている。それを一つずつ身に着けて、今度は寮の外に出る。
「おはよう、冬空君」
「おー」
その途中でモトナリと会う。でもそれ以上話すことはなく、俺たちは玄関前の隊列に加わる。
この寮の生徒は、建物の区画ごとで二十五人ずつのグループに分けられていて、俺たちは「三三東」という班。班ごとに班長が点呼と健康確認をして、それを教員に伝える。教員が確認したら、そのまま班ごとに食堂へ。
朝食が終わり次第部屋に戻って、歯を磨いて荷物を持ったらまた外で集合。もう一度点呼があってから、学年ごとに校舎へ向かう。ちなみに教室まで結構遠いから、移動は食後でも関係なしにジョギングで。
「――もう帰りたいくらいしんどいんだけど」
「まだ朝の八時だよ……」
辿り着いた教室で、俺は机に倒れ込んだ。
だって、ラジオ体操も朝飯直後ランニングも昨日の筋肉痛も効いてるけど、まず色々規則正し過ぎるのがキツかった。朝から一分単位で揃って集団行動とか。なんだここは軍隊か。軍隊だったわ。
「ま、まあ、冬空君ならすぐ慣れるって。俺だって、なんとかできてるんだし」
運良く、ではたぶんなく、金剛の計らいで俺の隣の席にいるモトナリが、引きつったみたいな笑顔になりながら慰めてくれる。
「そりゃ、そのうち慣れるんだろうけどさー」
その慣れるまではこのキツさが続くんだと思うと、なかなか気分は沈む。どうしようもないものだって分かってはいても、キツイものはキツい。
だからちょっと机にもたれてダラけるくらい許してほしい。こんだけ規則正しい学校で、こういう態度が良くないのはわかってるけど。
でも、突然。
机しか見えてなくても、空気が変わったのが、わかった気がした。
たぶん一瞬静かになったんだ。しょうもないことを話してたり、俺のことをチラチラ見ていた教室の奴らが、話すこと以外に気を取られた一瞬があった。
だから俺は金剛が来たんだと思って、咄嗟に姿勢を正した。
「ぇ」
――それで見えたのは、真っ白な髪の女だった。
真っ白で、綺麗な女が、俺たちと同じ白のシャツと紺のズボンの制服姿で、教室に入ってきた。
その姿を見て、俺は一瞬なんでか動けなくなって、変な声まで出してしまった。
それくらい白くて、綺麗だった。
焦って視線を動かしてから、口を閉じる。同時にふっと教室内の騒めきが元に戻って、何事もなかったみたいな空気になる。
実際、何事もなかったんだ。俺が知らなかっただけでここは共学で、あの白女の後から他にも女子は教室に入ってくる。白い髪だって珍しいけど、色素がどうとかって話は聞いたことがあったし、白髪だと思えば結構普通に有り得ること。そもそも、俺以外の奴らにとって、教室にあいつが来ることは当たり前のことで。
ぎっ、と前の奴が椅子を引いて、席に着いた。
「ぇ」
……つい目を向けてしまうと、そこには長くて艶のある、真っ白の髪があった。
椅子の座面くらいからある髪を、そのまま上に辿っていって、気がつくとそいつは振り返っていて、目が合った。
冷たくて、綺麗だった。パーツも、顔も、青の瞳も、全部が。
だから見てることしかできなかった。
でも、実際にその顔を見ていたのはたぶん一瞬で、そいつは振り向いたくせに何も言わずに、ふっと前を向いてしまった。じゃあなんでこっち見たんだよと思った直後に、自分がまた声を洩らしてたんだと気付いた。
頬杖付くふりをしながら、口を手で塞ぐ。意味はないけど、そうしたかった。
……それから教室に金剛が来るまで、俺はずっとそうしていた。
金剛が来てからは朝のホームルームが始まって、その中で簡単に俺のことが説明された。空森は事故に遭い、記憶喪失になった。色々と苦労するだろうから、困っているようなら手を貸してやって欲しい、と。でも今初めて聞いたみたいな反応をするやつはいなくて、全員が別のタイミングでチラチラ見てくるから、何度か頭は下げておいた。
ホームルームが終わると、全員で講堂に移動した。始業式は俺が今まで出てきたどの始業式よりも長くて、あの映画館みたいな座席がなかったら、たぶん耐え切れなかったと思う。
でも教室に戻ってきてからは、初日から普通に授業が始まった。
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