第8話 八重石さんは有名人らしい


「や、八重石やえいしゆきさん。学校、ていうか、日本でもかなりの有名人だよ」


 数学と現代文の授業が終わって、昼食の時間。校舎から一番近い食堂で炒飯を飲み込みながら、モトナリは教えてくれた。


「有名ってのは、やっぱあの見た目で?」

「それもだけど、一番はあの人の家が有名だから、かな。八重石家の人って、みんな凄い人なんだよ。防備官としてだったり、研究者としてだったり、……そういう人が、昔からずっと出続けてるんだ」


 さらにあの白髪の女――八重石の父親は、今の防備隊で一番上にいる何人かの中の一人らしい。八重石家の血が直接繋がってるのは母親らしいが、その母親も、今世界中で普通に使われている医療系の利術の一つを開発した研究者なんだとか。


「てことはあいつ、えげつないお嬢様ってことか」

「えげつないか、どうかは分からないけど、そうだね。お嬢様では、あると思う。びっくりするくらいの」


 びっくりするくらいのどころか、普通ランクのお嬢様だって普通に生きてたらそうそう会うもんじゃない。たしかに、そういう高貴というか、品格がある感じはした。

 でも、


「でも、お金とかコネとか、そ、そういうのじゃなくて、八重石さんは実力でここに来た、らしいよ。実際、うちのクラスでも学年でも、八重石さんが成績トップだし」


 ああ。それで、やっと納得ができた。

 やっぱりそうだった。なんというか、そういうの全部引っくるめて、あいつは格が違う気がしてた。

 変な言い方だけど、別の生き物みたいに感じてた。

 見た目だけじゃなかった。俺はそれを感じ取ってた、というよりは、あいつが雰囲気を出しまくってた。


 ……だから、俺はあんなに驚いたんだ。


「で、モトナリ。お前なんでそんなあいつのこと詳しいの?」

「え⁈ や、それ、や、普通、だよ。八重石さんここじゃ超有名人だし、一年もここにいたら、それくらい誰だって知ってるって」

「えーそうか? いくら有名人っつっても、普通にしてるだけでそんな詳しくなるもん?」


 ちょっと笑いながらそう言ってやると、モトナリは強めに「な、なるよ」と言いつつ、皿を持ち上げて炒飯をかき込む。

 いつも以上に声が震えて目が泳いでたし、微妙に耳も赤い。

 さっきからなんとなくコイツが八重石を庇ってる感じがしたから、鎌かけてみれば。

 ……ま、別にそうなったって全然不思議でも何でもないんだけど。


 たしかにあいつ、八重石は凄まじい美人だった。まだ間近くで正面からは見れてないけど、遠くからでも横顔でも圧倒されるくらいの美人だった。俺は単に綺麗って思っただけで、いきなり恋愛どうこうはなかったけど。

 でも、一年も同じ学校で毎日見続けてたら、そういう考えになったって仕方ない気もする。

 ……つっても、コイツのは完全に叶わぬ恋なんだろうな。


「ま、がんばれ少年。お前が本気なら、ちょっとくらい手伝ってやるから」

「だから、そういうんじゃないって」


 と笑いながら俺も最後の一口をかき込んで、塩っ辛い中華スープで流し込む。


「……てか、そういう冬空君、てか空森君こそ、ちょっと八重石さんと噂になってたんだよ」


 ぐっ、とスープが喉に引っかかって、もうちょいで吹き出すとこだった。咳き込みそうになるのを、俺は必死に平気な顔をしながらコップの水で押さえ込む。


「言ってなかったと思うけど、空森君と八重石さんって、うちのクラス長だったんだ。クラス長は、男女それぞれで、戦技の成績の一番が選ばれるから」


 そんな俺にかまわず、モトナリはペラペラ喋り続ける。俺が余計なこと言ったせいなんだろうけど、コイツが仕返ししてくるのが、俺にはちょっと意外だった。

 てか、そうじゃなくて。


「八重石さんって、ほとんど誰とも話さない人なんだけど、空森君とは、時々話してて、それで噂になってたんだよ」


 食べ終わった皿の模様をじっと見ながら、モトナリが言った通りなら。

『空森』は、あいつと関わりを持ってやがった。

 てことは、俺はあいつを無視することはできない。

 それがわかった瞬間、急にすごく面倒なことを押し付けられたみたいな、重い気分になった。


 ……いや、あいつが美人なことは認めるし、美人と関われることが嬉しいのも認める。正直言うと、最初の一瞬はそれでテンションも上がりかけた。

 でも違う。絶対そんな簡単な話じゃない。

 美人って、面倒くさいんだって。


 性格も悪いことが多いけど、一番は目立つのが良くない。

 八重石が有名人なんだったらもっと酷い。注目されて、変な感情を向けられるのが面倒なんだよ。顔目当てで狙いにいってるって思われたり、男からは恨まれたり、とにかくそういう、余計なことになりやすい。……てのを、俺自身の経験じゃないけど、他人のを見て聞いてたから、俺は知っていた。


「一応、聞いとくけど、実際どうだったのかとかって知ってんの?」

「……空森君は、そんなことはないって言ってたよ。なんとなく、俺はそれを信じてるけど、でも、八重石さんがどう思ってるのかは、俺も知らない」


 もう既にくっついてたら、マジでどうしようかと思ったんだけど。まあ、もしそうだったとしても、言うわけないか。

 あとは確かめる方法って言ったら、まさか本人に直接聞くわけにもいかないから、なんとなく空気感から察するくらいしかない、ってことだよな。


 ……さあ。これでもし、あの八重石が『空森』に惚れでもしてたら。


「もしそうだったら、一緒に『空森』恨むしかないな」

「お、俺はだから、関係ないって!」

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