第4話 魔法と利術と冬空と空森
「ではあとの案内は寺林に任せるが、俺に何かあるか。……なら、すまないが俺はこれで失礼する。明日は一度校長に会ってもらわなければいけないから、十時にまたここで待つように」
そう言ってから金剛は俺の肩を一度叩いて、運転席に戻った。
発進した車が離れていくのを眺めながら、やっぱり広くてボロい学校だと思った。
「じゃ、じゃあ、冬空君の部屋まで、案内します」
「で、お前、なんでさっきから敬語なの?」
振り向くと、メガネは驚いた顔をしていた。そんな顔するほどのこと聞いたつもりはなかったんだけど。
「先週は、普通にタメ語だったろ」
「え……、や、その、それは、空森君が、タメ語でいいって、言ったからで」
なるほど。たしかにコイツは、そういうの気にしそうなタイプか。
「でも、俺とお前ってタメだよな?」
「は、はい」
「じゃ、俺もタメ語でいい。まあ、お前が楽な方でいいけど」
「……うん。分かった、ふ、冬空君」
それでコイツは「俺」と『こっちの俺』を「冬空」と『空森』で分けて呼んでいる。
『こっちの俺』って感覚がまだ微妙に掴めないけど、わかりやすいから俺もそう呼び分けることにした。
あと、
「そういやお前、下の名前、なんていうの?」
またいちいち驚いた顔。……言ってはあれだけど、なんで空森はこんなキョドるやつと絡んでたんだろう。
「えっと、も、モトナリ。元気の元に、就職の就で、あ、あの、毛利元就と同じ字、なん、だけど」
「漢字は知らんかったけど、なんか聞いたことはある。じゃ、モトナリで」
もう一度驚く。今度は思わず「なんでそんなびっくりしてんの」と訊いてしまった。
「い、いや、それ、空森君と、同じだったから」
空森と同じ、か。……ま、別に名前で呼ぶことなんか、全く珍しくもなんともないことだけど。
「てか、こっちにも毛利元就とかっていんのな」
と、なんとなく言って、そういえばと思い出す。
今のところ、俺が別の世界から来たことを打ち明けているのは、このメガネ――モトナリだけだ。今後も他の奴に打ち明けるつもりはないし、そもそも打ち明けたところで普通は信じられるものじゃないはず。狂ってる扱いはされたくなくて、あと本気にされたらそれはそれで面倒そうでもあるから、とりあえずは黙っているつもり。
だからこの、異常なくらいすんなり状況を理解してくれて、その上で普通に話してくれているモトナリの存在は、意外と俺にとって重要なものらしくて。
「そ、そうだね。歴史の照らし合わせでも、冬空君がどういうパラレルから来たのか、分かるかも」
「……そーやって普通にパラレルとか言えんの、やっぱお前普通じゃないって」
「え。や、お、俺なんかそんな、普通も普通で、超凡人だって」
「超凡人って、逆にそれ普通? てか、実際体験してる俺だって信じるのにしばらくかかったのに、お前あの瞬間もう気付いてなかった? 理解力高すぎじゃない?」
「それはその、えっとまあ、普段からそういう、物語とかに触れてるというか親しんでる、から――」
「あー、アニメで見てるから慣れてるってことか」
言いにくそうにしてたからズバッと言ってやると、寺林は眼鏡の位置を直しながら「まあ、間違ってはないけど……」とかぶつぶつ言っていた。
別に俺だって、映画とか漫画みたいなことが本当に起こったらなーとか、考えたことがないわけじゃなかったけど、本当に自分が巻き込まれてみると、結構信じられないものだった。こう言うとバカっぽいけど、信じられないものっていうのは、本当になかなか信じようと思えないものだった。
でも、起きてしまったんだから、結局は信じるしかない。
そんな俺的には割と越えるのに時間がかかった壁を、こいつはあっさり越えた。それが区別がついてないにしても、発想が柔軟だとしても、理解力が高すぎるんだとしても、俺としては味方が一人は確保できたみたいで、やっぱり正直有り難かった。
「てか、俺がいたとことの違いは、あれ、魔法があるかないか、だろ」
「ま、魔法?」
あれ。でもこれいきなり話通じてないな。
……いや、そっか。魔法が普通にあるんなら、「魔法」なんて呼び方になってないのかも。
「あ、それが利術か!」
「え。えっと、あ、うん! 空を飛んだり、火を出したり、車を動かしたりしてるのは利術だよ。正確には、車はちょっと違うけど」
ようやく頭の中で何かがカッチリ当てはまったみたいな感じがした。
そういうことだ。ここは、魔法=利術がある世界。
……いや、というよりは。
「なあ、お前、科学ってわかるか?」
「え、え、カガク? ……うん。たぶん、知らないと思う」
やっぱり。それで全部納得がいった。
――ここは、魔法がある世界。正確には、科学の代わりに魔法で発展した世界。
今までに見てきた色んな微妙な違和感は、たぶんそこの違いでできた差だ。使ってる方法が違っても、結局人間が同じだから考えることは同じ。結果細かいところは違っても、似たようなものができる。
……自分で考えてても馬鹿みたいな話だけど、今のところこれが一番納得できるし、なんとなく全体を理解できたみたいな気がして気分が良かった。
「てことで、案内してもらってい?」
「あ、うん。じ、じゃあ、ついて来て」
さっきからずっと寮の玄関前で話してて、そろそろ日差しで髪が熱くなってきていた。その熱をわしゃわしゃ掻いて散らしながら、外よりは多少マシな玄関に入る。ちょうど学校の下駄箱みたいな造りの玄関で、俺は自分のスニーカーを「空森冬空」と名札が付いている場所に押し込む。
一段上がった床は学校の廊下みたいな素材で、正面にいきなり階段と、左右にずっと廊下が続いていた。
「そういえば、さっき言ってたけど、魔法は知ってるよ、俺」
その階段を登りながら、思い出したみたいにモトナリが言う。
「え、なんで? 利術イコール魔法じゃないの?」
「え、えと、それも、間違ってはないんだけど、間違ってて。……魔法って、利術を悪用することなんだ。でも昔、利術が発見されてすぐのときは利術全部が魔法って呼ばれてて、それが利術に変わって、なんでか元の名前が悪い意味で使われるようになった、んだよ」
ちなみに悪用するための利術のことは、区別して「魔術」というらしい。俺の感覚としては面倒くさいけど、ここではそれが普通なら従うしかない。
「俺の世界だと、魔法は、なんかこう、ファンタジーな感じのよく分からん力、って感じだったんだけど」
「でも、たしかに利術って仕組みを知らない人からしたら、よく分からないけど何故かできる、みたいなものだから、そんなに変わらないかもね」
てことはあの、人が飛んでたのも指から火が出てたのも、ちゃんと説明できるものってことか。すげえけど、普通に科学みたいな説明されても俺は理解できない自信しかない。
「そういう仕組みを研究する学問が利学っていって、利学的に解明されて活用されてるのが利術、悪い活用をされてるのが魔術。で、解明されてないけど活用されてるのが、ヨウジュツ」
「妖術って――」
「妖怪の妖じゃなくて、用いるとか、用事とかの用だよ。用いることしかできないから、って言われてるけど」
なるほどなるほど。と、ここまで説明を聞いていて。
この学校の名前を思い出したのと、目の前のこいつがやたら詳しいのとが、すっと繋がった。
「……あの、もしかしてここってさ、そういう利学? を研究する部隊、みたいなんの学校ってこと?」
思わず聞いてしまったのは、もしそうだったら、俺は頑張ったってここでは生きていけないかもしれないと思ったからだ。……なぜなら俺、小学校のときから一番苦手な教科が理科だった。
「うん。そういう道もあるけど、でもほとんどの人は、研究部隊より特殊部隊を目指してるはずだよ。……その、戦うんだよ。利術を使って」
そして俺が小学校から一番得意な教科、実は体育だったりした。
とはいえ、戦うどころか喧嘩もまともにしたことはないんだけど。
まあ、全く分からない勉強をひたすらさせられるよりはマシって考えるしかないか。
「で、モトナリはその研究部隊の方を目指してるってことな」
「……やっぱり、そう見えるよね。でも、違う。俺も目指してるのは、特殊部隊の方」
俺が「その体で?」と言ってしまう前に、モトナリは引きつった笑みを浮かべながら「ていっても、戦技訓練の成績、だいたい最下位なんだけど」と言い出したので、何も言えなくなった。
「一応言っとくと、戦技訓練、クラストップは空森君だったんだけどね」
追加で言われて、さらに何も言えなくなる。
こっちの俺は、結構優秀だったらしい。
その後、筆記試験はモトナリと同じくクラスの中間くらいだったと言われたけど、なんとなく『空森』との距離感は広がったような気がした。
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