第3話 受け入れなきゃいけないんスよね


 精神病扱いになったら病院から出られなくなるかもしれないから、転移してきたことは言わない方が良いとメガネに言われた。元から言うつもりもなかった。それも含めて、もう全部分からなかった。だから医者の質問にも、ほとんど分からないと答えた。


 結果、俺は記憶喪失という診断になり、一週間入院することになった。

 それが決まったとき、俺は自分に家族がいないことを知った。いるはずだった。どこにでもいそうな普通の両親と、馬鹿の姉貴が。


 でも、入院が決まってまず駆けつけてきたのは、俺が通ってるという高校の教師だった。金剛という名前の教師で、黒スーツ高身長オールバックという強烈な見た目をしていたが、入院の手続きや着替えの用意なんかは彼がしてくれるということになった。

 その手続きの中で、ソラモリは「空森」だと知った。空森冬空。全くしっくりこないし、空が二回入っててなんかバカみたいな気がした。


 入院期間は、前半の三日はほとんど毎日検査漬けだった。医療ドラマでも全く見たことがないような機械的な何かを、着けられて、当てられて、近付けられた。採血はされたけど、薬だとか注射だとかは一切なくて、結局見ることもなかった。

 あとは回診にくる医者と一日おきに来る金剛と話す以外は、ベッドの上か見張りがいるロビーのベンチで、ひたすらぼーっとしていた。ぼーっとしてうとうとして、何回寝ても目が覚めても、状況は何も変わってくれなかった。


 ――そして退院することになった頃には、やっぱり俺は別の世界に来たんだと、思えるようになっていた。馬鹿みたいで信じられない状況だったけど、ここまで来ると、逆に信じない方が馬鹿な気がしてきた。


「お、お久しぶりです、冬空君」


 病院を出ると、なんでか金剛の隣にメガネがいた。


「空森。君の案内は、寺林に頼んである。本人たっての希望だから、遠慮なく頼ってやれ」


 久しぶりの外の暑さを喉に感じながら「わかりました」と頷くと、金剛はそれ以上何も言わず、すぐ後ろに停めていた車のドアを開けてくれる。オフロードもいけそうなカーキ色の車高が高い車で、エアコンからは遠足のバスみたいな使い古した匂いがした。


 そこから二十分くらいの車内で、金剛は今向かっている目的地について教えてくれた。

 向かっているのは「防備隊総合利術学校」。俺はそこの生徒で、そこの寮で暮らしているらしい。国の平和と治安を守る防備隊員、特に「利術」に長けた要員を育成するための学校なんだとか。

 渡されたパンフレットを見ながら話を聞いてる感じだと、俺の知識の中では自衛隊学校だとかが一番近い気がした。でもその「利術」が何なのか、あと、なんで俺がそんな学校に通ってるのかは全く分からない。


 ――いやマジでなんで。俺が通ってたのは普通の偏差値の普通の高校で、何があったら俺は、何考えたらこんな極端な……ていうか待てよ。てことは俺、


「君の入学動機は、『多くの人の安心を守りたい』ということだった。俺にはそれを信じることしかできない。授業は二日後から夏期休暇が明け、通常通りに始まる。ついていくのは難しいだろうが、先生方には配慮と補習を頼んでいる。……酷なことをいうが、順応しろ。他に道はない」


 完全にそういうことだった。

 予想通り、これから俺は訓練だとか演習だとか、そういうのをさせられることになる。パンフレットとか説明の雰囲気でなんとなく気付きかけていたのが、今ので完全に確定した。


「なんで」とは、ずっと思い続けてる。俺はその『多くの人の安心を守りたい』なんか思ったことは一回もないし、こういう進路の選択肢を考えたこともなかった。あと訓練なんかキツイに決まってる。なんで俺がそんな辛いことしなきゃなんねえんだとも、さっきから思い続けてる。


 ……でも同時に、受け入れるしかないとも、俺は思っていた。


「他に道はない」って言われた通りだ。どんだけ意味がわからないとしても、今の俺はひたすら現状を――こっちの俺を受け入れないと、生きていけない。意味がわからなくても死にたくはないし、全部捨てて逃げ出す勇気なんか俺にはない。

 受け入れなければ、俺に居場所はない。

 意外とそれを、俺は冷静に受け止められてるみたいだった。


「わかりました。やっぱり、動機とかも思い出せないですけど、やれるだけやってみます」


 そう言った俺に金剛が一瞬振り返ってから、「俺もでき得る限り力になる」と言ってくれた。頼もしく思えたのは、とりあえず金剛の見た目のイカツさは大きいと思う。


 数分後、車は普通の学校より確実に高い塀の中へと入った。そこからさらに少し車で移動するくらいに敷地は広くて、やっぱりどう見ても普通の高校じゃなかった。


 ……あと、いろんな建物が通り過ぎていくのを見てて、薄々気付きかけてはいたんだけど。


「着いた。ここが君の寮、三番宿舎だ」


 車が止まったのは、そのまま言えばボロくて巨大なアパートの前だった。壁は全体的に黒ずんでいて、大量の窓からカーテンが見えていなかったら新しめの廃墟とか言われても信じられそうな老朽化具合。


 ……ここに住むのも、受け入れなきゃいけないんスよね。

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