4/3πr^3

小狸

短編

 僕が野球を苦手である理由は、中学1年次の学年主任にある。


 ここで誤解無きよう注釈を入れておくと、僕は野球という競技そのものが苦手なのであり、それを行うこと、もしくはそれを行っている選手の人々が苦手だとか嫌いだとか、そういうことでは決して無いということである。いや、この時世、「誰の事も傷つけない言葉」など、ないのかもしれない。誰しもがどこかで誰かを傷付けている。それを覚悟の上で、僕はこの文章を表明しよう。


 題名についても、「野」「球」の字のどちらも入れたくないがための、苦肉の策である。


 どうかご笑覧いただきたい。


 可能なら、「野球」という文字も見たくないのである。


 ニュースで野球の話題になると、テレビを消すか音の聞こえない場所に行く。


 新聞でもその欄をあらかじめマークし、見ないように心がけている。


 ここまでいくと最早トラウマだが、実際トラウマなのである。


 なぜか、というと、その中学時代の英語科の、学年主任の男性、S先生に全て原因がある。


 人のせいにする――誰かに責任をなすり付けるという行為は極力したくはないし、今までの著作でもそういう風に人間を描写してきたけれど、こればかりは、あの学年主任、あの男のせいだと断言できる。


 S先生は、やや昭和気質の残る教員であった。


 僕のことを日々「男らしくない」と言って小馬鹿にしていた。


 なまじ成績が良かったのと、文芸部という、当時存在が疑われるレベルで影の薄い部活に所属していたのが、多分、気に喰わなかったのだと思う。


 男は誰でも運動が好きで、運動に興味があり、前向きで真っ直ぐであるべき。


 そんな人であった。


 令和の今でも、そういう思想の人はいるのではないだろうか。


 男社会特有の――男らしさを押し付ける風潮。


 なかなかどうして、そういった風潮に苦しめられている人は、いるのではないだろうか。


 あるいは、僕がそう思いたいだけかもしれないが。


 まあ良い。


 ある日。


 高校野球の時期のことである。


 それがいつの時期か、どのくらいの期間かも、知りたくないし覚えていない。


 ただ。


 いつものように授業中、僕を名指しで揶揄からかい、小馬鹿にした後、野球の話題を出した。


 当然僕は、野球に当時そこまで興味がなかったので、何も言えなかった。


 その状況を、先生は嬉しく思ったのだろう。優等生ぶっている奴が、自分の知っている領域の話を知らなかったのだ。優位に立ったと、思ったのだろう。


 笑って続けた。


「男のくせに野球も観ていないのかよ」


 その、言葉は。


 未だに僕の脳髄の中に根を張り巣を作り、僕をむしばんでいる。


 だから僕は、未だに野球に触れることができない。


 思い出すから。


 あの時の先生の声色と。


 クラスメイトの嘲笑の視線を。




《4/3πr^3》 is Q.E.D.

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