第23話 前世世界よりも充実したゲーム生活が認可されたらいいな(願望)

== 18 ==



「本日はようこそ、ヴィーシュくん」


 昼下がりの陽光が窓から差し込む。広間に響いた<ジェイムズ=フォン=ミモザ>様の声は、出会った当初と比べて、温かみがあるものだった。


「ジェイムズ閣下。本日は昼餐会ひるさんかいにお招きいただき、ありがとう存じます」


 僕は緊張しながら、礼を述べた。こういう場にはまだ慣れないが、全力で失礼のないよう努めるしかない。

 今回の食事会というか昼餐会は、身内で固められマナーなどを問わない、無礼講な形式で行われることをあらかじめ聞き及んでいた。だからこそ、オレの服装も(用意されたものだが)簡素なシャツとボトムズでの参加となった。

 だが、ジェイムズ閣下は変わらずピシっとしたスーツ姿だし、モニカもソフィアも華美ではないドレス……アフタヌーンドレスだっけ?を着用している。

 なんか、僕だけ場違い感が……。


「ああ。ようこそ、ヴィーシュくん。君のここ数日による献身的な努力をねぎらう意味を込めたものだ。ドウェインが申しわけないことをしたね」

「いえ......閣下が愛する娘の事を思えば、当然な配慮かと存じます」


 ドウェインの厳しい監視下での検証。正直、精神的にも肉体的にも削られたが、それも全て、推しソフィアから離れたくないという気持ちからだ。というのも、僕の能力──”ネガティブ・ウィッシュ”……通称を”願いを呪縛にネガイヲ”は、他者を操る能力であることが原因だ。

 ”願いを呪縛にネガイヲ”は、結果で言えば限定的に人を操れる事が判明したが、能力が開陳された当初。その能力が洗脳や人心操作といった精神をおびやかす能力ではないかと疑われ、慎重を期す為に魔力的な抵抗力が低い、モニカやソフィアを僕に接見させる訳にはいかなかった。

 当然である。大事な跡取り娘を、どこの誰(と言うわけでもないけど……)とも知らぬ者に、洗脳でもされたら大変だ。能力の危険性を吟味が必要だった以上は、迂闊な接触を避けねばならなかった。

 それが今回の昼餐会ひるさんかいを機に、接触が解禁されたと言うわけだ。


「そう言ってくれるとありがたい」


 ジェイムズ様が柔らかく微笑んだそのとき──


「それでも、わたくしはヴィーシュに会いたかったですわ!」

「モニカ様に……ソフィア様」


 その隣にはソフィアが静かに佇んでいる。対照的な二人の姿に、僕は少しだけ興奮が隠しきれずにいる。

 モニカはどうでもいい。 嗚呼。推しソフィアと久々に会えた。尊いよ、推し尊いよォ(言語中枢崩壊)。


「まずは私を助けてくれてありがとうですわ、ヴィーシュ。貴方の尽力により、私は皇国ヴィラスの虜囚とならずに済みました。重ねて、ありがとうございますわ!」


 モニカ様は感謝の言葉なんか述べながら言ってる、どこか無邪気な笑顔を浮かべている。


「お姉ちゃんを……助けてくれて、ありがとう」


 続けて、ソフィアが小さな声でそう言った。その声には確かな感謝の念が込められている。

 おお、ちゃんとお礼が言えた!五歳児なのに、すごい!流石ソフィア、僕の推しは賢い!

 薄皮一枚で興奮を留め、僕は慇懃にかしずく。


「はい。モニカ様、ソフィア様よりお言葉をたまわり、誠に身に余る光栄に存じます。微力ながらも、このようにお役に立てましたことは、私にとりましてこの上ない喜びでございます。両名の平穏無事に少しでも寄与できたのであれば、これ以上の幸せはございません」


 少し堅苦しくなってしまっただろうか。だが、推しソフィアの前で軽薄な振る舞いは許されない。


「随分と、貴族の扱いに手馴れているように見える。ヴィーシュくん、本当に子どもなのかい?」


 ジェイムズ様が意味深に目を細めた。冗談半分、興味半分といったところだろうか。


「詮索は野暮か。まあいい。それよりも、娘はワタサンゾ?」


 えっ、娘さんソフィアをくれる話ですか?




=== ○ ○ ○ ===




「本日このような場にお招きいただき、重ねてありがとう存じます。私の魔触部位アルカナム・エレメントが一切の騒動を引き起こす事なく、まずは安堵いたしております」


 僕の挨拶にジェイムズ様は頷き、考え込むように少し視線を落とした後、静かに語り始めた。


「うむ。最初に聞き及んだ時は、かつて、舌が魔触部位であった<呪縛術師>カーススペル・ソーサラーの再来かと警戒したものだ」


呪縛術師カーススペル・ソーサラーですか?」


 その名に聞き覚えはなく、自然と問い返してしまった。原作AASでも聞いたことがない。設定が入り切らず零れたのか、それともこのファンタジー世界が現実として在るが故に、設定がぼこぼこ生えてくるのか。オレでは、判断出来ないな。

 ジェイムズ様は続ける。


「ああ。その舌が魔触部位の魔術師で、万人を言葉ひとつで意のままに操り、同士討ちで殺し合わせたという、むべき魔術師だ」


「言葉ひとつで意のままに……ですか」


 僕は思わず息を呑んだ。そんな能力がもし僕の”願いを呪縛にネガイヲ”に備わっていたら──それこそ、秘密裏に処されていてもおかしくはない。ただ使いにくいだけの能力であることを喜べばいいのか。似ていることを嘆けば良いのか。


「君の話を耳にした時、まずその魔術師を思い浮かんだくらいには類似点があったからね。人を従わせる”命令オーダー”は、それだけ危険な能力であることを肝に銘じておきなさい」


 あ、これ嘆けば良い方だ。

 しかし、ジェイムズ様の声は厳しくも優しく、真摯なものだった。その瞳には警戒心と同時に、僕を信じたいという想いが垣間見える。


「洗脳や人心操作などといった事が出来ないにしても、公に触れればかつての呪縛術師を思い浮かべるものがいるかもしれない。極力、魔触部位が喉であることも伏せておいたほうが良い」

「ちなみに、その呪縛術師カーススペル・ソーサラーは未だ生存されているのですか?」

「いや、だいぶ前に暗殺されたと聞く。しかし、彼女・・の魔触部位であるだけは、忽然と姿を消していたそうだ」


 食事中に出す話題でもないね。といって、ジェイムズ様は昼餐会ひるさんかいきょうされたワイングラスの飲み物で舌を湿らせる。


「なに、肺が魔触部位である人にも、声が魅力的になるという特徴がある。君も自分の身を護るために、公には魔触部位は『肺』であるとしておきなさい」


「わかりました。お気遣い、ありがとう存じます、閣下」


 深々と頭を下げる僕。こうした配慮をいただけるだけでも、感謝の気持ちは尽きない。


「むぅ。ヴィーシュはいいですわ、羨ましいですわ……魔触部位が判明して!」


 突然声を上げたのはモニカ様だ。その目はどこか悔しそうに輝いている。


魔触部位アルカナム・エレメントが判明すれば、魔法をもっと巧く扱えますのに!」

「お、お姉ちゃんはもうちょっと、落ち着いてね。もう、危ないことしないで……」


 ソフィアが困ったようにモニカ様を諫める。それはそう。

 怪我の功名というか、モニカおまえが攫われたから僕が必死こいて救助した副産物で魔触部位が目覚めたんだ。すこしは僕をねぎらえ。


「う……ソフィアに言われてしまうと、心苦しいものがありますわ……。そうね、事件があったからしばらくは大人しくしますの!」


 モニカ様がほんの少しだけしゅんとした様子を見せると、ジェイムズ様が大きくうなずいた。


「モニカ、出来れば大人になってもおしとやかで居てくれると、御父様は嬉しいよ……」

「あら。それは、いやですの。目指すは御母様のような、戦場で味方を鼓舞する戦場魔術師!強く、正しく、高潔に咲き誇る白百合のような女性魔術師に、私はなりたいんですの!」


 モニカ様の堂々とした宣言に、ジェイムズ様は額を押さえ、深い深いため息をついた。


「あー……あの魔術狂いバカめ、娘になんて教育してくれたんだ……」


 そのぼやきは、どこか諦めと怒りが混ざり合ったものだった。

 魔術狂いバカ……誰のことだろう。いや、文脈的に考えて、奥方様のことだろうけど……。聞こえない、僕は何も聞いてない。

 どうやら、相当過激な考え方をされた方らしい。ジェイムズ様、せめて僕が聞こえないように愚痴ってください。もし仮に、本人の前でそんな言葉飛び出たら僕が(物理的に)クビになってしまいます。



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推しを守りたいだけなのに、姉に勘違いされてます! 金伊幡楽 @ahnarou2234

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