今夜は後の月です。

 おじさんと子狸が歩き出すと、空には月がかかっていました。


「やあ、今夜も月がきれいだなあ」


「そうなんです。今日は満月ではありませんが、後の月と呼ぶんです。仲秋の名月の次の月の十三夜です。」


「ああ、そうか。後の月か。君は偉いね。よく知っているね」


 狸ははにかんで尻尾を揺らしました。


「ありがとうございます。あの、それで、今夜もお祭りなので、先生をお誘いに来たのです。一緒に行きませんか」


 狸は一生懸命に言いました。

 すると、おじさんはわずかに眉を寄せました。


「それはありがとう。でもねえ、申し訳ないが、仕事ですっかり疲れてしまってね。せっかくだけれど、また今度にさせて貰いたいのだよ」


「そうですか」 狸はしょんぼりと俯きました。


 おじさんは狸の脇にしゃがむと、その顔を覗きこみました。


「ああ、すまなかったねえ。ほんとうに申し訳ない」


「いえ、いいんです。お気になさらないでください」


 狸は顔を上げましたが、その瞳は潤んでいました。


「ひいひいおじいさんも申しておりました。狸はヤッコセだけどにんげんはチュッコセだから、お誘いしても御迷惑になるかも知れないよ、って」


「そうか。おじいさんはそんなことも御存知なのかね。たいしたものだ」


「ヤッコセとチュッコセってなんですか?」


「うむ。夜行性というのは、昼間眠って夜に活動する狸のような生き物のことだ。昼行性というのは逆に、夜は眠って昼間に活動するわたしら人間のような生き物のことだよ」


「そうでしたか。それで先生は夜になると眠いんですね。僕、失礼しました。ごめんなさい」


「いいんだよ」


 おじさんは狸の頭を撫でました。


「わたしは君たちのお祭りに誘ってもらえて、ほんとうに嬉しいんだよ」


 狸が顔を上げるとおじさんはハンカチを出して狸の涙を拭きました。


「あり、あり、がとうございます」


 狸は尻尾をもじもじさせました。


「もし、君たちが良かったら、わたしは次の満月の日には仕事を休んで昼寝をするよ。そしたら、夜からのお祭りに出られるだろう?」


「ほんとうですか?」


 狸は嬉しくて、おじさんの膝に前足をかけて尻尾をブンブン振りました。


「うれしいです。ありがたいです。わあ、みんな、大喜びしますよ!」


そう言ってはしゃぐ狸が可愛くて、おじさんは思わず抱きしめました。


「きゅうう、きゃうう」狸は嬉しくて不思議な声を出しました。


 狸とおじさんは、おじさんの家の前で別れました。

 松林にむかって走って行く子狸を、おじさんはいつまでも見送っていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

タヌキが月祭りにおじさんを御招待した話 来冬 邦子 @pippiteepa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ