実験レポート:結婚3日目(1)
香ばしいトーストの匂いで目が覚めた。あたしが布団で身体を隠しながらもぞもぞと起き上がると、遼太郎がテーブルの上に2枚の四角いお皿を置くところだった。お皿の上にはブロッコリーとハムのサラダとトーストが乗っていた。
「今9時過ぎだよ。俺もだけど、すげーぐっすり寝てたな。トースト焼いたけど食べる?」
「…食べる」
「コーヒーは?」
「いる」
「じゃあ今からお湯沸かすわ」
そう言ったあとで、遼太郎は照れくさそうに笑った。
「…なんかさ、昨日あれだけしたのに、朝起きて明るい中でお前を見たら、なんかまたすげー興奮してきてさ。やばいやばいと思って慌てて服を着てトースト焼き始めたわ」
「やめてくれー。恥ずかしいじゃんよ…」
あたしは布団に顔を埋めながらそう言った。
言いながら、体の奥が、またほのかに疼くのを感じた。
しばらくしてあたしは布団から目だけをのぞかせて言った。
「…ねえ」
「ん?」
「しようよ」
「え?」
「ほら…こっちきて…」
そう言ってあたしは半ば強引に遼太郎を布団の中に引きずり込み、通算4号目となるツーランホームランを放った(つってな)。
…
すっかりさめたトーストをかじりながら、あたしはわりと冷静に自分の気持ちを整理していた(これが世に言う賢者タイム?)。
眼の前の、文字通り精も根も尽き果てたままフォークでブロッコリーを突っついてる遼太郎を見ながら、事前と事後でのあたしの心境の変化について考えていた。
まずひとつ発見したことは、今のあたしが身も心もわりと充実しているということだ。恋愛感情がない相手としたあとでも、あたしは特に寂しい気持ちになっていなかった。
あたしはこう見えて(どう見えて?)、基本的に好きな相手としかこういう行為はしない。それは過去の経験によるものだ。
若い頃に一度だけ、好きでもない相手と酒の勢いでしてしまったことがある。飲み会で初めて会った相手。終わったあとで、あたしはひどく虚しい気持ちになった。なんて言えばいいんだろう…、損をした気持ち?になった。
あたしは自分の容姿に自信がないので、正直自分の身体にそんなに価値があるとは思っていない。だけどあの日、あたしは自分がうまいこと利用されてしまったような気分になった。気持ち的に、あたしが相手に与えたものより相手からあたしがもらったもののほうが少ないと感じた。だからあたしはしてしまったことをとても後悔した。
だけど今回、意外にもあたしは虚しい気持ちにはならなかった。それはひとつに、共通の目的に伴う行為だったからだというのもあるだろう。遼太郎としたことはあたしの目標を達成するためでもあったからだ。
ただそれを抜きにしても、あたしはとても満たされた気持ちになった。それはきっと、遼太郎が行為の最中、あたしのことをとても大切にしてくれているのが感じられたからだと思う。遼太郎が身体全体であたしのことを気遣ってくれているのが伝わってきて、とても幸せな気持ちになった。だからあたしも、ヤツが喜ぶことをしてやろうという気になった。
その根っこには、きっと長い付き合いで築いてきた信頼関係があったからだと思う。こいつはあたしを傷つけたり、一方的に利用しようとするやつじゃない。それがわかっていたということが重要なポイントだと思う。
それらを踏まえたうえで、あたしは重要なことを確認する必要があると思った。
あたしは意を決してトーストを熱いコーヒーで流し込み、口の中をスッキリさせてから言った。
「はい、それではこれより総括しまーす」
遼太郎は魂が抜けてるような目であたしを見た。
「何? 総括? 連合赤軍? 俺処されるの?」
「何馬鹿なこと言ってんだよ。状況のまとめだよ」
「まとめ?」
「そう。エッチした感想」
「お…おう。身も蓋もねーが、とりあえず聞こうか」
あたしは咳払いをして言った。
「遼太郎さん、あなたとのエッチは最高に気持ちよかったです。お世辞抜きで、マジで満たされました。ありがとうございます」
「そ…そうか。それはよかった」
「あなたはどうですか?」
「俺? …いや…想像以上だった。相性ってあるのかなって思った。なんていうか、溶けてく感じっていうか」
「気持ちよかったですか?」
「はい…そうっすね…」
「それはよかったです。そのうえで、あたしは確認しておきたい事があります」
「…何ですか?」
「エッチをして、あたしたちの友情に変化はあったでしょうか? 具体的には、あなたはわたしを好きになりましたか?」
「え? その回答俺が先行なの?」
「先ほどはわたくしが先に答えましたので、それがイーブンかと思います」
遼太郎は腑に落ちない顔をしながらも、しばらく悩んでから言った。
「…正直に言っていい?」
「もちろん」
「俺が思う恋愛感情は、なんていうか、キュンとする感じなんだよね。胸が締め付けられるというか。お前にキュンとするようになったかというと、正直なってはない。変化したと感じるのは、これまでのお前との関係が広がった?深まった?感じがする。具体的にはお前と飲みに行きたいとか、カラオケに行きたいとか、映画見に行きたいとか思うリストに、お前とエッチしたいというのが加わった感じかな」
「なるほど。ありがとうございます」
「…お前はどうなんだよ?」
「あたしもそれに近い感じがする。あんたは恋愛対象というよりも、なんだろ、より自分をさらけ出せる相手になったって感じかな」
「…なるほど」
「じゃあさ、例えばあたしにほかに好きな人ができたら、どう思う?」
「うーん…どうだろ。これまでもお前に彼氏がいたことはあったじゃん? だから倫理的なことは置いといて、気持ち的には別にそれでどうこうはないんじゃないかな…わかんないけど」
「そこだと思うんだよね。恋愛感情のリトマス試験紙は。独占欲があるかどうか。…いや、違うか。二番目でもいいって人もいるしなぁ…」
「…それそんなに重要?」
「単純な興味だよ。でもさ、友達同士の結婚だから、そういうことに関して一応ルールは作っておいたほうがいいと思うんだ。共通認識として」
こうしてあたしたちは結婚生活におけるルールを作った。それは次のようなものだった。
・恋人は作ってOK(ただし相手が既婚者もしくはパートナーがいる場合はNG)
・好きな人ができたら報告する(リスク管理の為)
・その他ほかの人と性交渉があった場合も報告する(健康上のリスク管理の為)
・お互いに相手のことが好きになったら(恋愛感情を持ったら)報告する
あたしが主導で決めたこのルールを、あたし自身が反故にしてしまうのは、もう少し先の話だ。
友達婚プロジェクト KeY @Gide
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。友達婚プロジェクトの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます