第11話  二人で


「あゆ!」


 突然自分の名前を呼ばれ、びくっとあゆの肩が上がった。

 振り返ると、大地がこちらへ向かって走ってくるのが見えた。


「……大地か、びっくりした」


 あの幼馴染の男の子が大地だとわかってから、二人の距離は急速に縮まっていった。

 会えなかった時を埋めるかのように、二人は磁石で引かれあうがごとく側にいることが増えていく。

 そんな日々を送る中で、いつの間にか自然とお互いのことを名前で呼び合うようになっていた。


「何で一人で帰っちゃうんだよ、一緒に帰ろうって言ってるだろ」


 大地が息を切らしながらあゆに視線を向ける。

 その表情は少し拗ねているように見えた。


「だって、いつも一緒に帰っていたら周りに誤解されるじゃない」


 あゆは大地から視線を外した。

 本当は自分を探して追いかけてきてくれることがすごく嬉しいのに、素直になれない。


「いいじゃねえか、何て思われても。それに、誤解じゃないかもしれないだろ」

「え?」


 あゆが聞き返そうとしたそのとき、


「だーいちっ」


 美咲が大地の背中に抱きついてきた。


「おまえなあ、いつも急に抱きつくなって言ってるだろ!」


 大地が美咲を離そうとして体を左右に振る。

 美咲は振り子のように揺れながら、大地にギュッとしがみつくと笑った。


「もう、大地は照れ屋さんなんだから」

「な、違う! 離れろ」


 大地の背中にピタリと体を密着させ、美咲はあゆに余裕の笑みを向ける。


「木立さん、私も一緒に帰っていい?」


 あゆはなんだかモヤモヤしたが、それを無視して美咲に微笑んだ。


「どうぞ、私は一人で帰るから。さよなら」


 大地を軽く睨んで、あゆはさっさと一人で行ってしまう。


「ちょ、待て! あゆ」


 美咲の耳がぴくっと動く。


「大地、あの子のこと、あゆって言った?」

「ああ、もう! どうでもいいだろ、俺はあゆと帰りたいんだ、邪魔すんな!」


 大地の大きな声は辺りに響き、あゆの耳にも届いた。


「俺が一緒にいたいって思うのは木立あゆなんだ!」


 大地は美咲の目をまっすぐ見て告げた。


 その表情は真剣で、冗談や嘘じゃないってすぐにわかった。

 というか、わかってた。知ってた。


 美咲は肩を落とし下を向くと、囁くように言った。


「わかってるわよ、そんなこと……」


 小さな声だったので大地には聞こえなかった。


「私は大地が好き! これはどうしようもないの。だから私は大地をあきらめない!」


 美咲は大地に自分の想いを一方的にぶつけ、走り去った。


 あゆの隣を美咲が駆け抜けていく。


 彼女が走り抜ける瞬間、景色は急にスローモーションになったかのようにゆっくりとすべてが動いていく。

 ふと彼女へ視線を向けると、その瞳には涙が光っていた。


 振り返ると、美咲の背中はどんどんと小さくなっていく。

 なんとなくその姿から目が離せなくてあゆはしばらく彼女を見つめていた。


「なんか、ごめんな。……帰ろっか」


 いつの間にか、あゆの近くにいた大地が申し訳なさそうに声をかけてくる。


 それからまた、二人は並んで歩き出す。

 先ほどのこともあり、なんとなく気まずくて二人は無口だった。


「なあ、あそこ行ってみねえ? 二人の思い出の場所」


 突然思いついたように大地が言った。

 思っても見なかった大地の提案にあゆは笑顔で頷いた。






 河川敷に広い原っぱがあり、その中心に大きな木があった。


 春には桜が咲き誇る。

 今は緑葉が茂り、その葉が風になびくたび自然の音を奏でていた。

 葉の隙間から零れる太陽の光が、地面に綺麗な模様を描いている。


「あのときと変わらないなあ、懐かしい」


 大地が嬉しそうに伸びをすると原っぱに大の字に寝転ぶ。

 あゆもその隣に腰を下ろした。


「私、ここが大好きだった。

 よく悲しいことや辛いことがあると来てたんだ。

 そして、大地と出会った」


 夕日が水面に反射してキラキラと綺麗に輝いていた。

 それを見つめながらあゆは懐かしそうに語った。


「家でも学校でも居場所が無くて……寂しくて、辛かった。誰かに傍にいてほしかった。

 そんなとき、大地がいつも傍にいてくれた。

 たわいもないことを話したり、一緒に遊んだり、そんな普通のことが嬉しくて、大切だった。

 ただ一緒にいるだけで、私はすごく救われてたよ」


 あゆが語る姿をじっと見つめていた大地がふいに起き上がる。

 そして、あゆの肩を抱くと自分に引き寄せた。


 あゆは驚いて大地を見つめる。彼の頬はほんのり赤くなっていた。

 大地と密着したあゆの心臓がうるさく音を立てはじめる。


「俺だって、おまえといるの楽しかったよ。

 一緒にいると時を忘れたし、別れの時間になるといつも寂しかった。

 俺はおまえの嬉しそうに笑う顔が好きで、見てると心がほっとして俺まで嬉しくなる。

 なのに、こっちに戻ってきたとき、その笑顔は曇ってて。俺の好きだったあの笑顔はどこにもなかった。

 すごく悲しくて、悔しかった。

 俺がずっと側にいたら、その笑顔を守れたかもしれないのに……そう思った」


 大地は真剣な眼差しをあゆに向ける。


「俺、おまえを守りたい。あゆがまた心から笑えるように。

 ……俺に守らせてくれ。

 そりゃ、俺は特殊な力もないし、選ばれた人間でもなんでもない。足手まといになるかもしれない。

 でも精一杯守ってみせる。

 ……だから一人で頑張るな。

 辛いとき、しんどいとき、俺を頼ってほしい」


 あゆは大地の顔を見ていられなくて顔を背ける。


「どうした?」


 大地が慌ててあゆの顔を覗こうとする。

 あゆは必死で大地から顔を背け続けた。


 嬉しくて、嬉しくて、どんな顔をすればいいのかよくわからなくて。

 ……涙は出るし、変な顔出し。

 こんな顔見て欲しくなくて、あゆは大地から逃げ続けた。


「大地……そんなの反則」

「何が?」


 大地は訳がわからなくて、不安げな顔であゆを見つめた。

 やっとあゆは大地の方へ顔を向けた。


「そんな嬉しいこと言うの、もう禁止」


 涙目のあゆが大地を上目使いに見る。


「……おまえこそ、そんな可愛い顔するの、禁止」


 大地はあゆのあごに手を添え、優しく持ち上げる。

 ゆっくりと大地の顔があゆに近づいていく。


「そこまで」


 二人の前にチワが姿を現した。


「わあっ!」二人の声が重なる。


 驚いた二人は突然現れたチワを見つめる。

 チワは険しい顔で大地を睨んでいた。


「私の目の黒いうちは健全なお付き合いをお願いしたい」

「なんでおまえに言われないといけないんだよ、邪魔すんな!」

「おまえが下心を出すからだ。あゆに手をだすな、下衆げすが」

「なんだと? あゆと仲いいからって図に乗るなよ」

「おまえ、羨ましいのか?」

「全然! 俺の方が昔から仲いいから」

「ふん、私はおまえのいない間ずっとあゆと一緒だったのだ」


 大地とチワはお互いそっぽを向く。


 二人を見ていたあゆは吹き出し、大きな声で笑った。


「大地、チワ、喧嘩はもうそのくらいに……っふふふ」


 あゆは喧嘩を止めながらまだ笑っている。

 楽しそうに笑うあゆを見ていた大地とチワは喧嘩をする気がえてしまった。


「私は帰る。あゆ、明るいうちに帰ってくるんだぞ」


 そう言うと、去り際にもう一度大地を睨んでチワは姿を消した。


 しばらくはブツブツと文句を言っていた大地だったが、あゆに向き直ると微笑んだ。


「あいつ、ムカつくけどあゆのこと大切に思ってんじゃん。

 ……おまえは一人じゃなかったんだな」


 大地の優しい眼差しを受け、あゆは嬉しそうに微笑んだ。


「うん。昔は一人ぼっちだったけど、今は一人じゃない。

 チワがいるし……大地もいる」


 あゆが気恥ずかしそうに下をむくと、大地があゆの手を握った。


 あゆは驚いて大地を見た。

 そっぽ向く大地の耳は赤く染まっていた。


「とりあえず、今はこれで我慢する」


 チワに言われたことを気にしているらしい。


 あゆは愛しそうに大地を見つめ、そっと手を握り返した。

 


 夕日から伸びる影はいつの間にか二つから一つになっていた。







最後までお読みいただきありがとうございました!


次回作も読んでいただければ嬉しいです(^▽^)/


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