第10話  十年前……


 十年前……、あの大きな木の下で、いつも俺達は会ってた。


 どこまでも続く青空、雲一つない。

 緑の絨毯の上で大きく伸びをする。

 新鮮な空気をお腹いっぱいに吸い込んで、大きく息を吐いた。


 気持ちがいい、幸せだ。


 原っぱで寝そべる大地にあゆが笑顔で近づいてくる。


「はい、あげる」


 あゆの手には原っぱで摘んだであろう花がたくさん握られていた。それを大地の方へ差し出す。


「なんだよ、こんなのいらねえよ」


 大地は格好つけてそっぽを向いた。

 するとあゆが今にも泣きだしそうな表情になり、慌てて大地は花をあゆから奪った。


「しょうがねえから貰ってやる」


 あゆの顔がぱあっと明るくなり、「ありがとう、大地」と可愛く微笑んだ。


 大地はドギマギして照れ隠しに俯いた。



 俺はいつもおまえに振り回されてばかりだった。

 その表情、仕草、一つ一つが俺を翻弄ほんろうする。


 二人でいると楽しくて、とても穏やかで……。

 いつまでもこんなときが続けばいいと思ってた。






 そんなある日。

 

 俺は喧嘩していて、偶然あゆと出くわしてしまった。

 本当にたまたまだったんだ。

 いつも、あの原っぱでしかあゆとは会ったことなかったのに。


 俺が大勢相手にやりあっていたから俺を守りたいって思ったのか、あゆは小さな体を精一杯大きく伸ばして俺の前に立った。


 いつもは弱気で臆病なあゆが、そのときばかりは年上の男子たちの前に立ちはだかった。

 あゆの手足は震えていた。

 本当はすごく怖かったんだと思う。


「なんだ、こいつ、どけよ」


 相手のガキ大将がおまえに触れた。その瞬間、俺の中で何かが切れる音がした。


 気づいたときには、その場にいた奴ら全員地面に倒れてた。


 泣いて俺に抱きつくおまえを見て、俺は誓ったんだ。

 

 こいつを一生守るって。






 あゆも昔の男の子のことは覚えていた。


 悲しくて寂しくてどうしようもないとき、傍にいてくれた思い出の男の子。

 あの子が目の前の大川大地……全然気づかなかった。


「やっぱ気づいてなかったよな。……俺、だいぶ前から気づいてたぜ」

「え、そうなの? なんで声かけてくれなかったの?」

「そりゃ、やっぱ、自分で思い出してほしいし……こんな俺と仲良くしてたら周りからどう見られるかとか色々考えてだな」


 大地は俯き加減で頭を掻き、ぼそぼそと話す。


 あゆは嬉しかった。

 大地が居なくなってから、ずっと寂しかったから。

 もう二度と会えないのかと思っていた。

 それなのに、ずっと会いたかった人が目の前にいる。


「会いたかった、ずっと」


 あゆは大地の傍へ行き、両手で彼の服をぎゅっと掴んだ。


 大地はビクッと反応し、固まってしまう。


「寂しかったんだからね、急に置いてかれて。一人で……ずっと待ってた」


 あゆは涙が溜まった大きな瞳で大地を見つめる。


「ごめん、ごめんな。もう離れない、絶対置いてかない、傍にいる」


 大地はあゆをそっとたどたどしく抱きしめた。


「こんな小さな体で一人戦ってたんだな。もう大丈夫、俺がいるから」


 あゆは大地の胸で小さく頷いた。





「ふん、つまらないな……」


 先ほどから屋上の入口付近でずっと二人を観察していた京也がつぶやく。


「あいつは俺のおもちゃなのに……変な男が周りウロチョロされたんじゃ迷惑だ」


 京也は大地を睨む。


「さて、どうするかな」


 手に持ったリンゴを放り投げ、キャッチする手前でリンゴは消滅した。

 京也は楽しそうに笑う。


「こんなところで何をしているんですか?」


 気づくと京也の後ろには須藤が立っていた。


 こいつ、何も気配を感じなかった。


 京谷は須藤を警戒しながら、優等生の笑顔を見せる。


「……いえ、屋上で新鮮な空気を吸おうと思ったら先客がいたので、戻ろうと思ってたところです」


 軽くお辞儀するとその場を去っていく。


 あいつ、前から読めない奴だと思っていたが、要注意だな。

 京谷は横目で須藤を睨んだ。




 京也が去っていくと、須藤はため息をついた。


「うちのクラスは癖のある人が多いですね」

「先ほどの者は魔族ですか?」


 須藤の足元にはいつの間にかチワの姿があった。


「そうですね、かなりの実力者だと思います。

 木立さんのことを気に入ってずっと観察しているようですが、今後どう行動するか私も観察中です」

「そうですか。……あの、今回のことであゆには何もおとがめないですよね?」


 チワは心配そうに須藤を見上げる。

 須藤は優しく微笑んだ。


「大丈夫。大川君が黙ってさえいればそれでいいとのことです。

 これも普段から木立さんが頑張っているから天界も容認したのでしょう」


 チワはほっと胸を撫で下ろした。



 あゆにもやっと支えてくれる人が現れた。

 誰よりも人を求めているのに、孤独を望み、人を拒絶するあゆのことがずっと心配だった。

 人より繊細だからこそ、優しくて傷つきやすい。

 そんな彼女と過ごす中で、チワは彼女のことが愛おしく感じるようになっていた。

 誰よりも幸せになって欲しいと願う。


 どうか、あの子の笑顔を守ってくれ。

 頼むぞ、大川大地。


 チワは優しく二人を見つめた。







読んでいただき、ありがとうございます!


次回も読んでいただけたら嬉しいです、よろしくお願いします(^▽^)/


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