第32話 魔神〈送還〉の方法

 ひとしきり笑い、それが収まった後で、灯は魔神アイムに問うた。


「え、えっと……、えっとですね。

 ここまで、アイムさまが語ってくださった事をきちんと理解するために、一回ここで自分の言葉でまとめなおしておきたいんですけれど……。

 その呼び名が〈籠目〉であれ、あるいは、〈ダビデの星〉であれ、とりま、千代田区の形が〈六芒星〉を為しているのは、昔の江戸城、今の皇居を守護する為の〈結界〉になっているからで、その結界が、〈外〉なる存在からは、千代田区の〈内〉を守り、あるいはその逆に、〈内〉に封じた何かを千代田の〈外〉に出さない為で、そんな六芒星を用いた、強力な千代田区の〈結界〉内にアイムさまは封じられたようになって、外堀の外側に出られないようになっているって理解で合っていますか?」

「その通りじゃ」

 

「その上さらに、〈神無月〉の間にその鎮座地を離れている東京のお伊勢さんの留守神に据えられ、この地に縛られてしまっているんですよね?」

「まさに」

「で、ちょっと疑問に思ったのですが、どうして、留守神なのに東京大神宮の境内の外に出られているのですか?」

「ふむ、それは、神社が守護しておる〈地域〉内ならば、自由に動けるし、さらに、カレーを喰らいに神社から出た際に、ワレの分霊を置いてきてもおるしのぉ」

「へえ、それは初耳だ。(ワンオペで店を営業しているんだけど、食事をとりに一時的に店を離れるので、近所の甥っ子に留守番を頼んだみたいな話だな)」

 そう思いながら灯は、タッチペンで、タブレットのノート・アプリにその事をメモした。


「で、ここで問題にしたいのは、この地に封じられたアイムさまと、その召喚主として、〈縁〉で結ばれてしまったこのボクは、一体どのようにしたら、この〈結界〉たる千代田区の外に出られ、家に帰れるのかって事なのです。

 ボクも十一月四日の振り替え休日の月曜までならば、大学も休みなのですが、来週の火曜はゼミで大学に行かなくちゃならないし、バイトもあるのですよ」

「ふむ。この世界に、法と火の魔神たるワレを〈召喚〉した汝との契約は、既に述べたように、ワレがカレーを喰らい、この身内を〈燃やした〉事によって実は完遂されておる。だがしかし、それだけでは、ワレの魔界への帰還は叶わぬのじゃ。そして、ワレが魔界に戻らぬ限り、召喚主たる汝との〈縁〉は切れる事はなく、すなわち、汝の帰宅も叶わぬ分けじゃ」

「で、ぐるっと回って元の疑問に戻る分けなんですけれど……。

 ところで、〈召喚〉の反対だから〈送還〉って表現でいいのかな?

 とにかく、〈魔神送還〉の為に、ボクは何をどうすればよいので? そもそもの話、ボクは魔術師とかじゃなくって、神保町の古本まつりで偶然手に入れたラテン語の写本を、日暮に音読してみたら、偶々、魔神を召喚しちゃっただけの一般人なのですよ。ですから、何をどうすればよいのか全く見当が付かないのです」


「ふむ、〈送還〉の儀式において為すべき事は、原則、〈召喚〉の儀とほぼ同じ手順じゃ」

「つまり?」

「簡単に言うと、魔人や魔神ごとに異なる〈法陣〉を描き、〈呪文〉を唱える、以上」

「えっ? それだけ」

「まあ、それだけと言ったら確かにそれだけなのじゃが、召喚されたワレを封じた〈結界〉が、区域全体に及んでおるが故に、ワレを送り帰す際には、チヨダの上に〈陣〉を描かねばならぬ」

「それって、地図の上とかに書いちゃ駄目なのですか?」

「ならぬ。実際のこのチヨダの地の上に、巨大なワレの送還陣を描かねばならぬのじゃ」

「ま、マジかよ……」


 そんな風に呟きながら、灯は、タブレット上に再び千代田区の地図を映し出した。

 ついさっきも確認したのだが、地図で見たら然したる大きさには思えないのだが、実際の千代田区の面積は約十一.七平方キロメートル、この上に実際に魔法陣を描くとしたら、それは大仕事だ。

「それに、鳥になって、空から俯瞰して千代田区を見下ろしながら陣を描く分けにはいかないし、正確な陣を描くには一体どうすりゃいいのだろう?」


 ここで灯は閃いた。


 ソロモンの七十二柱の悪魔といえば、非常に有名な存在で、その一柱一柱の悪魔に対応する魔法陣を取り扱った書籍は幾つも世に出ているし、例えば、「アイム」「ソロモン」「魔法陣」という検索ワードで、ネット・ブラウザで画像検索を行えば、魔神アイムの魔法陣が引っ掛かるかもしれない。

「ビンゴっ!」

 実際、試しにやってみたところ、予想通りに、アイムの魔法陣がヒットした。


 それから、透過処理し、サイズの調整をしたアイムの魔法陣を、千代田区の地図の上に重ね合わせてみた。


 法と火の魔神アイムの魔法陣は、一番外側に大きな真円があって、その内側にもう一つの円がある。こう言ってよければ、これが、千代田区の〈外堀〉と重なる。

 そして、アイムの陣の内円の円周に沿ったような半円が描かれ、その出発点と終着点には白抜きの〈○〉が置かれている。そして、時計の文字盤に喩えると、十時と八時の位置にも一つずつ〈○〉が在る。

 その内側の円の、ほぼ真ん中には、少し短い細長の〈D〉が描かれているのだが、その直線と曲線の接点にも〈○〉が一つずつ認められる。

 一方、右側五分の一の所には〈ℇ〉があって、その曲がり角にも四つの〈○〉が置かれている。


 つまり、アイムの魔法陣の内側の円内には、あたかも十個の白石が布石の如く置かれているのだ。


「汝よ、巨大な陣を描く上で大切な事は、適切な位置に点を置く事なのじゃ」

「あっ、それって、ゴリアテとの闘いの時に、少年ダビデが、五つの石と杖で描いた〈ダビデの星〉と同じ理屈ですね」

「然り」


 そして、灯は、地図の北の方向に魔法陣の天辺を合わせてみた。

「う~ん、問題は、千代田区のどこに〈石〉を置くかなんだけど、なんかこれだと、今一つしっくりこないんだよな……」

 納得がいかない灯は、戯れに、地図上に置いた透過処理した魔法陣を、あたかもダイヤルでも捻るかのように、少しだけ左に回し、時計盤の十二時の位置にあった〈○〉を、千代田区の北北西の飯田橋の位置に合わせてみた。


 すると、である。

 灯の脳に閃きの稲妻が落ちたかのようになった。


 内陣の大部分を占める左側五分の四が〈旧・麹町区〉で、一方、右側五分の一、円の北東側に位置する事になった〈ℇ〉が〈旧・神田区〉のように見えたのだ。

 そして、それに伴い、左側の六つの点が旧麹町区の飯田橋・九段下・市ケ谷・永田町・有楽町・大手町、そして、右側の残り四つの点が、旧神田区の神田駅周辺・秋葉原・御茶ノ水・神保町とピタリ重なるように、灯には思えたのである。


 そして、灯は、この自分の思い付きを魔神アイムに語り聞かせたのであった。


「ふむ、この世のチヨダという地のことを、ワレはよく知らぬ。汝の言う通りに動くとしよう」

「ところで、どのようにして、この千代田区内に布石を打てばよいのですか?」

「祭神無き神の社に、ワレの分霊を置けば、それが点となる」

「ところで分霊って?」

「ワレが足を乗せておるこの蛇じゃ」


「で、それから、それから?」

「分体を生み出すとワレの〈エーテル〉がごっそりと持っていかれる。つまり、分体を生むごとに、力を補充せねばならぬ」

「つまり……、神社を参詣して分体を留守神として据えたら、カレーを食べて力を補充し、その後に次の地に移動するって事ですか?」

「然り。その後に返還の呪文を唱えるのだ」


 千代田区内で、神社を十社参詣し、カレー提供店を十店巡るだけならば、そう難しくはないように灯には思えた。


「この儀式を、異界の門が完全に閉じる、四日後の日没までに終えねばならぬ」

「え、えぇぇぇ~~~!!!」

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