第33話 制約と誓約による法術の強化

「ちょっと待てよ。四日後って、十一月四日じゃんかっ! てゆうか、期限があるのかよっ!」

「然り。その日までに儀式を終えぬと、次に、〈ソロモンの鍵〉を用いての〈異界の門〉の開閉が可能になるのは、一年後となろう」

「ら、来年なんて、き、聞いてないよぉぉぉ~~~!」

 思わず、灯は被っていたキャップを強く地面に叩き付けた。すると、その勢いで、灯の黒髪がフワッと舞った。


 脊髄反射的な荒っぽい行為をしてしまったが故にか、逆に、灯は瞬時にして冷静さを取り戻した。

 考えてみれば、ケルトの年越しの祭であるサウィンの時期にこそ、この世と別世界を繋ぐ〈異界の門〉が開き易くなる分けだから、アイムの話は至極当然のように思える。 


「ところでじゃ、汝よ、つい先程その小板の上で、ワレの法陣と重ね合わせたチヨダの地図を見せてたもれ」

 そう言われた灯は、魔神アイムにタブレットごと手渡した。


「ふむ、ここをこうして、それからこうして、しかる後にこうすれば、否、こちらを先にした方がよろしかろうか……」

 魔神は人差し指を立てると、タブレットの画面には直接触れずに、空中で指を上下左右に動かしていた。

「よし、これなら一気に描けるな」

 魔神アイムは、指を使っての空中描写をしばらく続けた後で、遂に納得がいったかのように呟いた。


「汝よ、何か書く物を持っておらぬか?」

「何に使われるのです?」

「この小板の上に、ワレらが訪れるべき地の順を書き記しておきたいのじゃが」

「なんだ、そうゆう話ですかっ! ちょっと待っていてくださいね」

 灯は、アイムからタブレットを引き取ると、端末の〈デジタル手書き〉機能をアクティヴにした。

「アイムさま、色はどうします?」

「炎の如き色にて描かんと欲す」

 そう火の魔人に頼まれた灯は、デジタル・ペンとして「マーカー」を選び、しかる後に赤色を選択してから、濃度を高めに設定し、タブレットを魔神に戻した。


「アイムさま、これで、ペンとかを使わずに、指先でそのまま画面の上に自由自在に書き込む事ができますよ」

「ふむ、それにしても、粘土板に葦の茎、羊皮紙に羽ペン、紙に鉛筆など、人の世における書くべき物と筆記具に関する歴史の移り変わりを、これまでワレも肉眼で視認してきたのじゃが、その〈たぶれっと〉とかいう小板に、墨も使わずに直接この指で物が描けるとは、人の子の文明の発展とは凄まじきものじゃのぉ」

 感嘆の言を述べた後で、法の魔人アイムは、何やら呪文の如き呟きを漏らしながら、飯田橋・九段下・市ヶ谷・永田町・有楽町・大手町、それから、神田・秋葉原・御茶ノ水・神保町の順に、白抜きの〈〇〉の一つ一つを赤で染めてゆき、しかる後に、こう呟き出した。


「〈法〉の魔神たるアイムの名をもって宣告す

 ヒノモトノクニ、トウキョウ、チヨダの〈結界〉を解き放たんが為に

 この地にアイムの法陣を描かんと欲す

 炎の色に染めし紅点をワレが描きし順に巡る時

 その解呪の力はより強まらん」


 アイムが呪文めいた言葉を口にし終えた直後、周囲の雰囲気が突然変わったように灯には感じられた。

 なんというか、空気が張り詰めたような感覚で、皮膚の表面がピリピリと刺すように痛いのだ。

 

「汝よ、法の魔神たるワレに誓い給え」

「えっ、えっと、えっと……」

「疾く応えん。ち、力をこれ以上、維持できぬ」

「ダック」

 魔神アイムに、急かされたようになって、灯は思わず、魔神に対してフランス語で承諾の返答をしてしまったのであった。


「い、いったい、何なのですか? 今しがたボクがしてしまった誓いはっ!」

「結界解呪の法陣の強化を施したのじゃ。汝よ、これでよりいっそう〈結界〉が解ける可能性が高まったぞ」

「どうゆう事で?」

「ふむ、このチヨダを覆っておる〈籠目〉の力は実に強力なのじゃ」

「江戸城があった位置に最初に城を築いたのって、たしか十五世紀の太田道灌だったはずだけど、秀吉に〈関八州〉を与えられた徳川家康が江戸に入ったのは一五九〇年頃で、たしか……、その時に家康が目にした、道灌の築城から一世紀以上の時を経た江戸城はボロボロだったって何かで読んだ記憶が……。

 家康が江戸城の改修に取り組んだ際に、〈結界〉が張られたと仮定した場合、この〈籠目〉は四百年以上もの間、旧江戸城・現皇居を守護しているって事になる。そりゃ、それ程の長期間維持ができている分けだから、〈結界〉が強力なのは当たり前で、その解呪が容易じゃないのも道理か……」

「然り」


「ところで、アイムさまの呪文には一体どのような意味が……」

「ワレは、〈火〉の魔神にして〈法〉の魔神、そのワレが制約せし決め事を人の子が誓約し、それを遵守せし時、その〈制約〉と〈誓約〉によって、力は何倍にも強まるものなのじゃよ」


「ボク、何も考えずに承諾してしまった分けですけれど、つまり、いったい、その制約として自分は何をどうすればよい分けで……」

「ワレが為し〈制約〉とは、布石の順守じゃ」

「つまり、点を置く順番を守るという理解でいいのですか?」

「その通りじゃ。

 つまりじゃな、同じ〈〇〉を二度は通らぬように描く時、〈法陣〉の力は強化されるのじゃ」

「??? ……。あっ! それって〈一筆書き〉だっ!」

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