第30話 ダビデの星
たしかに、古代のイスラエル王国の初代国王である「サウル」と、第二代目の王とされる「ダビデ」に血縁関係はないが、ダビデと次の王である「ソロモン」は親子である。
それゆえに、〈ダビデ〉の星と呼ばれている六芒星、すなわち、籠目の形をしている千代田区に、〈ソロモン〉の悪魔の一柱たる「魔神アイム」が召喚されたのは、果たしてただの偶然であろうか、と、中学時代に患っていた〈厨二病〉の焼け木杭に火が点いてしまった灯は思ってしまうのだ。
ところが、である。
灯がタブレットで閲覧した「ダビデの星」に関するページによると、正三角形と逆三角形を重ねた〈六芒星〉は、たしかに〈ダビデの星〉と呼ばれてはいるものの、六芒星をこの名で呼ぶようになったのは後年の事で、六芒星を古のイスラエル王国のダビデ王と関連付ける〈歴史的〉な根拠は無いらしいのだ。
「『歴史的』な根拠ね……」
「一体どうかしたのですか? アイムさま」
「いや、〈歴史的根拠〉って、文献や、遺跡などの考古学的な、いわゆる〈一次資料〉の事じゃろ」
「まあ、そうゆう事でしょうね」
「ワレ、『ダビデの星』という呼び名が、歴史上初めて使われた場面を目の当たりにしとるんじゃけど」
「えっ! まじっすか?」
「本当じゃ。どれ、ワレが肉眼で視認した『ダビデの星』誕生の事実を、ここで、汝に教えてしんぜよう」
「すっごく面白そうな話ですね。オラ、ワクワクすっぞ」
「汝は、ダビデとゴリアテの戦いの事は知っておるか?」
「もちろんです」
おそらく、ダビデに関して、現代日本人たる我々が最もよく知っている逸話とは、初代国王たるサウル時代に起こった、「ダビデとゴリアテ」の闘いのエピソードではなかろうか。
「その〈ゴリアテ〉とのデュエルの場面は、様々な芸術の題材にもなっていて、ボクが大学で履修した美術関連の講義の中で、ダビデの絵画や彫刻を見た事が何度もあります。実は、レポートの題材にもしたのですよ」
『旧約聖書』によると、未だ少年であったダビデが戦場でゴリアテと対峙する事になったのは次のような流れである。
ある時、初代国王サウルは、イスラエル人を率いて、ペリシテ人との戦いに臨んでいた。
この時の両軍が陣取った戦場は「エラの谷」、ここにおいて勇み出て来たのが、ペリシテ最強の戦士で、ガト出身の「ゴリアテ」である。
『旧約聖書』の「サムエル記」の「第十七章」を参照すると、ゴリアテの身の丈は「六キユビト半」、メートル法に換算すると〈約二.九メートル〉、つまり、身長三メートルもの巨人であったようだ。
巨人ゴリアテは、自分と一騎打ちで闘う者はいないか、とイスラエル軍を「四十日」もの間、朝晩挑発し続けた、という。
だが、イスラエル陣営の中からゴリアテに挑まんとする兵士は一人も現れなかったそうだ。
このゴリアテの煽りが続いている最中、イスラエル軍に加わっていた三人の兄の為に、食料を届けに戦陣を訪れたのが、末子である少年ダビデであった。
そして、ゴリアテに関する話を聞いたダビデは憤り、自分がゴリアテと闘う、と王に申し出たのである。
当初、ダビデの申し出を許可しなかった王サウルも遂には折れ、王は、少年ダビデに、自らの防具を着せ、そして、己の剣を貸し与えたのであった。
「じゃがな、いかんせん、ゴリアテと闘った時のダビデは未だ子供じゃ。着せられた鎧は大き過ぎ、手に持った武器は重過ぎて、それ故に、歩く事さえままならなかったのじゃ。でも、子供のダビデは、『重くないもん、慣れていないだけだから』と虚勢を張るや、鎧を脱ぎ捨て、生まれたままの姿で、巨人ゴリアテに立ち向かっていったのじゃよ」
「あれだっ! ミケランジェロやベルニーニの『ダビデ像』だっ! そういえば、ベルニーニの像の足元には鎧が置かれていたっけな。そっか、だから、少年ダビデは〈マッパ〉だったんだ。
それに、彫像の手には〈投石紐〉が握られていたよな、たしか……」
羊飼いの杖と投石索だけを持った、素っ裸の少年ダビデは、谷で円い石を〈五〉つ拾うと、それらを袋に入れ、ゴリアテに向かって行った。
「サムエル記」には、ダビデの年齢や身長といった具体的な数字は記述されてはいないのだが、少年ダビデと巨人ゴリアテの体格差は、二倍近くあったにちがいない。
*
イスラエル陣営から進み出てきた戦士が子供だと分かると、ゴリアテはダビデを嘲った。
「くくく、小僧、ガキだからといって、わしは容赦せぬぞ。この四十日間、ワシに挑む者が一人もおらず、敵の血肉に飢えていたところだ。
さあこいっ! ぶち殺した貴様の肉を、空と地の両の野獣に食らわしたるわ。
だが、このまま闘っても、わしの勝利は火を見るよりも明らか。貴様に先に攻撃させてやろう。
わしってヤサシーン」
少年ダビデは、谷で拾った五つの石を一つ袋から取り出すと、それを投石索に結び、頭の上で紐を横回転させた。だが、回している最中に石はすっぽ抜け、ダビデの斜め左に飛んでいった。そして続く二投目も、巨人の方ではなく、今度はダビデの右斜めの地面にめり込んだのであった。
「いったい、どこに投げておる。わしは貴様の正面におるぞ」
「まだ三石もあるってば」
今度は、紐を縦回転させ、大きく振りかぶって石を投じた。だが、石はゴリアテの遥か頭の上を越えてゆき、その後方に落ちた。
「ぶっふぁ、いったい何がしたいのだ、小僧」
「あと二つ残っているし、俺たちの闘いはこれからだっ!」
次は、下から斜めに紐を回してみたのだが、投じた石は、前方にまっすぐ向かったものの、回転がかかり過ぎた石は、途中で大きく曲がり、巨人の左側の地面に落ちた。
ついに石は残り一個になってしまった。
「この一石は唯一無二の一石なり」
そう呟いてから、少年は最後の石を投じたのだが、願い虚しく、石は巨人の右側に落ちたのであった。
「これで石も枯れてしまったようだな。もうこれ以上は待っておれんぞ。今度は、ワシのバーンだっ!」
そう言った巨人は、投げ槍と剣を手に取った。
「デカブツ、子供相手に、武器を頼りにしなきゃ闘えないのか」
「何をぬかす、小僧、剣どころか石一つとして持たぬ貴様の手にあるのは、その貧弱な羊飼いの杖だけではないかっ!
よし、この身一つで貴様を血祭にあげてやる」
そう言って、ゴリアテは、槍を地面に突き刺し、剣は背の鞘に収めた。
「来いよ、ウドの大木、お前に敗北の味を教えてやるぜ」
この「ウド」という単語が、巨人ゴリアテの逆鱗に触れた。
顔色を急に変えたゴリアテは、上半身を曲げ頭の兜の突起を、自分の半分ほどの体格のダビデに向けると、全速力で駆け出した。
そして――
狂った猛獣のように向かってきたゴリアテがダビデに衝突しそうになったその寸前、ダビデは、持っていた羊飼いの杖を、己の目の前の地面に突き立てた。
その瞬間、猛烈な速度で突進してきたゴリアテの身体が、ダビデの鼻先で突如止まったのだ。
「な、何が起こったのだ? この杖より前に進めんぞぉ~。
小僧、貴様かっ! いったい何をしたっ!?」
「ウド、お前を封じ込めたのさ。羊飼いたるこの俺が、あんなに投石が下手な分けないべ」
「だが、いかにして?」
「もしもお前が鳥だったのならば、上空から、俺が投じた石が落ちた位置を確認できるのにな。五個の石と、この杖が刺さった位置を結ぶと、そこに六芒星が描かれているのだ。その六芒星が〈結界〉となり、貴様を魔術的に封じ込めているって寸法さ」
「け、結界だとっ! くっ、う、動けん」
「これが俺流結界術、人呼んで〈ダビデの星〉」
こう言った後、少年ダビデは、目の前で静止している巨人の背から大剣を易々と抜くと、そのままゴリアテの首を斬り落としたのであった。
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