第21話 藪の中の黒き悪魔、ブラック・クミン
火の魔神アイムの身体からは、黄金色の光の粒子のような物が放出されていた。
「滾る。身体の内から、力が溢れ出て来っるぅぅぅ~~~」
「アイムさま、その黄金の粒はいったい?」
アイムを指差しながら灯は問うた。
「ふむ、これは、おそらく〈エーテル〉じゃないかな?」
「『え~てる』? あっ! 〈魔素〉の事ですね。って、どうして、自信なさげに『おそらく』なんて言っているのです?」
「魔界においては、〈エネル源〉とは、自然に外から取り込むものであって、このように体の内から漏れ出る物ではない。じゃが、この黄金色の光の粒子は全くもってエネル源に酷似した、汝いうところの〈マソ〉以外の何物でもなく、それ故に戸惑っており、『おそらく』と言うしかない分けなのじゃ」
灯は、顎に拳を当て、しばし思案に暮れた。そして、一つの推論に至ったのである。
「やっぱ、その光の粒子が〈魔素〉である事は間違いないのでは?」
「方向性が逆で、身体の内から出ておるのじゃぞ」
「そもそも人間は、食べる事によって、食物に含まれる栄養素を摂取するものなのです。対して、魔神たるアイムさまは、初めて人の食べ物を口から体内に入れた分けですけど、食事によって、魔神たるアイムさまの体内においてもエネルギーが生成され、その光の玉って〈魔素〉が具象化されたもので、ただ、外から取り込む、内から作るという違いがあるだけかと」
「しかしじゃぞ。この身体から漲るエネルギーはこれまで覚えた事がない強さなのじゃ」
「それって、もしかして、カレーを食べたからでは?」
「カレーを食べるとエネルギーが滾るのか?」
「カレーって、そもそも、様々なスパイスを調合したものなのですが、スパイスには、本来、人を元気にする力があるのですよ」
「ほう、カレーは辛くて美味いだけではないのじゃな」
「ですね。でも、この店もスパイスは十何種類も使っているそうなのですが、その種類や配合は、基本、店の秘伝なので、ここのカレーのスパイスが何かは分からないのです。でも、〈ブラック・クミン〉を使っているのは確かみたいですね」
「汝、何故に、その『ぶらっく・くみん』というのだけ使用が判然とするのじゃ?」
「それは、説明書に書かれているので」
「! そういえば……」
灯は、趣味が高じて、スパイスについての勉強もしていた。その過程の中で、〈ブラック・クミン〉について調べた事があった。
白い花びらに黒い種が特徴の、学名〈ニゲラ・サティヴァ〉という植物がある。その原産地は地中海で、日本では殆ど栽培されてはいないらしい。
とまれ、花が咲いた後、つまり〈花後〉にできる果実は大きく、ここには、バニラのような香りの黒い種が数多く入っており、ニゲラの和名は〈ニオイクロタネソウ〉になっている。
この黒い種子、ブラック・シードこそが、クミンに似た強い香りと風味をさせたスパイスで、色こそ黒いものの、クミンに似ている事から、〈ブラック・クミン〉とも呼ばれてきた、との事である。
この、学名ニゲラ・サティヴァ、英名ブラック・クミン、和名ニオイクロタネソウは、歴史的に言うと、エジプトでは、古代エジプトの時代、つまり、二千年も前から使われてきたらしい。また、イスラームでは、第二の法源である『スンナ』において、「死以外の全ての病を治す」と伝えられてきたそうだ。そして、インドにおいてもブラック・クミンは使われてきて、現代では、その栄養価の高さから〈スーパー・フード〉として着目されているそうだ。
「ここで注意したいのは、実は、全く異なる、二種類の〈ブラック・クミン〉という名のスパイスが存在している点です」
「? どおゆう事なのじゃ?」
「実際に、見てみれば違いは明確なのですが、見た目の形がほぼクミンで色が黒い〈ブラック・クミン〉と、粒が細かく形はクミンとは全く異なるものの、《ブラック・クミン》と呼ばれている真っ黒な色のスパイスもあって、その二つは味も効能も異なっているのです」
「?? ますます分からんぞ」
灯はタブレットで、〈クミン〉と、〈ブラック・クミン〉と、《ブラック・クミン》の写真を見せたのであった。
「ふむ、細長い楕円形という点において、クミンと〈ブラック・クミン〉は形が似ておるし、黒きクミンと呼ばれるのも納得じゃな」
「ちなみに、この二つは、痛みを和らげる〈鎮痛〉、消化不良や下痢を沈める〈鎮痙〉など効能も被っているのです」
「という事は、粒子が細かい黒きスパイスは、偽ブラック・クミンなのじゃな?」
「いや、違うのです。クミンに似ている方の英名は、形が同じで色が黒いという理由から、皆がブラック・クミンと呼んでいるだけで、本当の英名は〈ブラック・キャラウェイ〉なのです」
「なんと!」
「そして、クミンに似ていない方こそが、英名〈ブラック・クミン〉なのです。そして、こっちの学名は〈ニゲラ・サティヴァ〉なので、エジプトやアラブにおいて、『死以外の全てに効く』と大昔から使われてきたのは、形がクミンとは違っている方で、その効用は、刺激薬、駆風薬、利尿薬、乳酸薬、催乳薬、産褥熱や腫れの抑制で、鎮痛・鎮痙の〈ブラック・キャラウェイ〉とは全然違っているのですよ」
「全くもって複雑な事情じゃな」
「実際に、日本のお店だけでなく、本場インドのスパイス屋さんでも、ブラック・キャラウェイとブラック・クミンを混同して提供している店もあるらしいのです」
「専門なのにかっ!」
「そうみたいです」
「結局のところ、形も味も効能も全く別物のスパイスなのに、両方ともブラック・クミンと呼ばれているので、自分でスパイスからカレーを作り、薬膳を重視する場合には、きちんと効能を調べて、間違えないようにする事が大事なのです」
ここまで語ったところで、灯は、少し話疲れたのか、水を口に含んだ。
「とまれ、例えば、アイムさまが、死以外の全ての効能を欲するのならば、〈スーパー・フード〉の一種である、形がクミンに似ていない方の《ブラック・クミン》、〈ニゲラ・サティヴァ〉の方を間違えずに求める必要があるでしょうね。
それに、こちらの方がアイム様向きのスパイスだと思いますよ」
「どうしてじゃ?」
「実は、ニゲラって、愛らしい白い花を咲かせている時は〈霧の中の愛〉と呼ばれているのですが、花が散った後は……」
「『後』は何じゃ?」
「大きな果実の中の黒い種子は悪魔の実、〈藪の中の悪魔〉と呼ばれているからです」
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