第20話 身内を燃やせ
「辛いっ! もう一匙!!」
「熱いっ! 辛いっ!! でも、もう一匙!!!」
「やっぱ熱辛いっ! そして痛いっ!! だが、もう一匙!!!!」
アイムは、熱いカレーを掬った銀の匙を口に運び込む度に、舌を出したり引っ込めたりしながら、頭を何度も上下させ、天井を見上げたり床を見下げたりしていた。
そんな火の魔神の様子を見て、灯は思わず、こんな印象を漏らしてしまった。
「なんか、今にも火でも噴き出しそうな勢いですね」
「汝よ、実は、口から軽く〈お漏ら火〉させておるぞよ」
「ぷっ!」
灯は、思わず口にしていた水を噴き出してしまった。
「熱い、辛い、痛い、それでも匙が止まらんぞぉぉぉ~~~」
火の魔神アイムは、首や額から大量の汗を吹き出させていた。それが大きな雫となってポタポタと机の上に落ちている。
辛み物質たる〈カプサイシン〉を摂取すると、脳内で快感物質である〈β―エンドルフィン〉が分泌されるだけではなく、首から上を中心に発汗が起こる。
つまり、発汗とは、カプサイシンに身体がしっかりと反応しているその証なのである。
「アイムさま、もの凄い量の汗ですよ」
「うむ、頭上における汗の滲みも感ずるぞぉぉぉ」
火の魔人アイムの紅色の髪が逆立ち、まさしく、炎の如き炎髪になっているように灯には感じられた。
「カレーは、かくも、身体の内側、身内を〈燃やす〉ものなのじゃな。人の子の食べ物ながら、全くもって最高じゃぁぁぁ~~~」
遂に、アイムは、勢いにまかせてアドリブで作詞した歌を歌い出した。
「燃やせ、燃やせ、身内を燃やせぇぇぇ~~~。
垂らせ、垂らせ、汗っを垂らせぇぇぇぇ~。
カレーの辛さが脳を突き破るぅぅぅ~~~。
容器の中からカレーを掬えっ、アイムぅぅぅ~~~」
(なんだよ、その歌。でも、なんかウケる。ちょっと待てよ。『身内を燃やせ』って……)
「アイムさま、ちょっとよろしいでしょうか?」
「何じゃ?」
恍惚とした表情をさせながら、アイムは灯の問い掛けに応じた。
「アイムさまとの契約って、たしか……、ボクがアイムさまに〈燃やすべき〉対象を提供する事によって完遂するって話でしたよね?」
「その通りじゃ。これまでのワレの召喚者は、例えば、街や城とか、あるいは宮殿とかをワレに提供したぞよ」
「でも、アイムさまが満足を覚えさえすれば、燃やせる物ならば何でもよいのですよね?」
「その通りじゃが、それがいったい何か?」
「それじゃダメですか?」
そう言って、灯は、アイムが銀の匙を入れようとしていたカップ型の器を指差したのであった。
「何じゃと?」
「だって、今、アイムさま、カレーを食べる事によって〈身内〉を燃やしているのでしょう?」
「たしかに」
「そして、恍惚としたその表情……。間違いなく満足を覚えていますよね?」
「うむ」
「カレーを食べに誘ったのは自分で、注文した料理をカウンターから取ってきて、アイムさまに、その器を提供したのはボクだし、これで、契約が遂行されたって事になりませんかね?」
「その発想はなかったぁぁぁ~~~!」
アイムは驚きの声を上げ、驚愕の表情を浮かべていた。
「た、たしかにこの満足感は、都市や城を炎上させた時に覚えた感覚に劣るものではなく、否、むしろ勝っている、といっても過言ではない」
「それじゃ、そのカレーの提供をもってして、契約完了って事で問題ないですか?」
「うむ、かまわぬぞ」
(えっ! いいんだ。ワンチャンと思って言ってみたけれど、まさか、こんな提案が通るなんて思ってもみなかったよ)
「もう汝との契約は満了で構わぬから、そんな事よりも、カレーを食べるのを止めさせるでない」
「ちょっと待ってください、アイムさま」
「何じゃ?」
「そんなにカレーばっか食べてちゃ、ライスが余っちゃいますよ」
「どういう意味じゃ?」
「カレーは、その黄色いライスと一緒に食べるものなのです。それに、そうした方がより美味しいですよ。」
「何ですとぉぉぉ~~~!」
「言ったでしょ、カレーはライスと一緒に食べてこそ、その真価が発揮されるって」
「それで、いかにすれば、よいのじゃ?」
「ライスにカレーを掛けても、カレーにライスを入れても、どっちでも美味しいんだけれど、この店〈にのよん〉のカレーは若干汁気が多めだし、こういったカレーの場合、ライスにカレーが染み込むので、ボクとしては、カレーにライスを入れる方が好きですけどね。まあ好みなので、アイムさまのお気にめすまま召し上がってくださればよいかと」
「うむ、ここは、ワレとパスが繋がっておる汝の好きな食べ方を試してみるかのぉ」
そう言って、火の魔神アイムは、銀の匙で掬った黄色のターメリック・ライスを、器の中の焦げ茶色のカレーに浸し、そのまま、匙を口に運んだ。
「う、美味いぞぉぉぉ~~~!」
口に入れた瞬間、アイムは絶叫を迸らせた。
単体では少し固めでバサついた印象のターメリック・ライスが、汁気が多めのカレーに浸す事によって、口の中で適度に解れるのだ。
それを、ごくんと飲み込んだその直後の事であった。
「な、なんだこの感覚はっ!」
アイムの身体から黄金色の粒子、そう、オーラのような何かが溢れ出ているのが見止められたのであった。
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