第22話 魔神と香辛料
「ふむ、なるほどじゃ。
カレーの素となっている、その〈スパイス〉とは、人の子の体内機能の作用に貢献するが故に、『カレーを食べると元気になる』分けで、〈ブラック・クミン〉もそうしたスパイスの一つなのじゃな」
「その通りです」
「汝よ、ところで、そもそもの話、〈スパイス〉とは一体何ぞ?」
「そうですね……。どう説明したらよいのかな……。
スパイスって、日本語では〈香辛料〉と訳されているのですが、簡単に言うと、いわゆる調味料の一種で、飲食物に〈香り〉や〈辛み〉を付け加える際に用いられるからこそ、文字通り、この訳語が当てられているのでしょうね。そして多くの場合、辛くて刺激的な物である事が多いので、だからこそ、香〈辛〉料と呼ばれているし、辛みを料理に付け加え、食欲を搔き立ててくれるのがスパイスの効果ってのがボクのイメージです。それと、ターメリックみたいに食べ物に色を着けたり、肉などの臭みを消したりするのもスパイスのおかげって感じです」
「なるほどのぉ。
たしかに、どうりで、スパイスを材料にしている人の子の食べ物であるカレーが辛い分けじゃ。ところで、そもそも、スパイスとは一体何を材料としておるのじゃ?」
「簡単に言うと植物ですね。
ブラック・クミンの場合は、ニゲラって白い花の黒い種だったけれど、種だけがスパイスじゃなくて、植物の茎、葉っぱ、樹皮、あるいは根っこなどがスパイスの原料で、そうした植物の部位を乾燥させるみたいです。で、そのまま使う場合もあるんですけど、磨り潰して粉状にするケースもあるようです。
これ何かで読んだんですけど、すっごく細かく〈香辛料〉を分類すると、植物の部位のうち、葉っぱや花びら、つまり、花や草が〈ハーブ〉で、それ以外の部位、種や根っこの方を〈スパイス〉って呼ぶって定義もあるそうです。でも、世界で統一した定義がある分けじゃないらしいし、植物の部位を、まとめて〈スパイス〉とみなしてもよいかもです。
で、そうしたスパイスの一つ一つには、それぞれ別個の肉体を活性化する〈効能〉があって、スパイスを使った食べ物を身体の中に入れる事によって、人を健康にするって考えが、なんと、何千年も前から存在していたのですよ」
「何じゃとっ!」
「そういった考えを、スパイスの本場であるインドにおいては、〈アーユル・ヴェーダ〉と呼んでいるのです」
「その『あ~ゆ何とか』とは何ぞ?」
灯は、かつて、インド哲学を専門にしている大学の友人から、〈アーユル・ヴェーダ〉について教えてもらった事があった。
歴史的に言うと、紀元一世紀頃には、海路・陸路を経て、インドの様々な香辛料が欧州に流入していた、という。
それ以前には、古代ギリシア、つまり、紀元五世紀のヘロドトスの『歴史』の中に、オリエントの植物、おそらく香辛料に関する記述が認められるそうだ。
さらにそれよりも古い、紀元前一二〇〇年頃の古代エジプトの記録の中には、献上された品の中にスリランカ産のシナモンがあったらしい。
そして、紀元前三〇〇〇年頃、すなわち、今から五千年前には早くも、数多の香辛料が既にインドでは使われていた、との事である。
つまるところ、インドのスパイスには、少なくとも五千年の歴史がある分けで、まさにそれ故にこそ、スパイス文化の源泉であるインドにおいては、〈アーユル・ヴェーダ〉という思想が生まれたのであろう。
〈ヴェーダ〉とは、サンスクリット語で〈知識〉や〈学〉を意味し、これは、高校時代の世界史の古代史の分野で学んだ「リグ・ヴェーダ」の〈ヴェーダ〉と同じもので、英語における〈~ロジー〉に該当する語である。
そして、〈アーユル〉とは、サンスクリット語の〈アーユス〉、〈生命〉や〈寿命〉という語が元になっているらしい。
要するに、〈アーユス〉と〈ヴェーダ〉の複合語が〈アーユル・ヴェーダ〉で、これを英語や日本語に直訳してみると、〈ライフ・サイエンス〉や〈生命学〉に相当する。
アーユル・ヴェーダは、五千年、もしかしたら一万年もの歴史を持つ可能性もあるが、体系化されたのは紀元前五・六世紀頃で、最低でも二千年以上の歴史を誇る、インドの伝統的な医学・哲学なのである。
ざっくりとした理解なのだが、アーユル・ヴェーダは、薬によって病気を治す、という治療ではなく、食によって強い身体を作りそれを保つ、という思想であり、中国における漢方や、日本の薬膳にも通ずるものなのだ。
それがスパイスを使った食べ物の摂取で、素材とするスパイスの選択と組み合わせに、人における身体の力の秘密がある分けなのだ。
例を挙げると、現代日本の飯田橋における料理店〈にのよん〉のカレーに使われている〈ブラック・クミン〉には、死以外の全てに効くという伝承があり、ライスに黄色を着けている〈ターメリック〉には抗酸化作用や抗炎症作用といった効用があるそうだ。
「で、ボク思うんですけど、人がスパイスによって元気になるように、魔神の力、〈魔力〉もまた、香辛料によって活性化するんじゃないでしょうか? 人とは効用が違うかもしれませんが、もしかしたら、魔神用のアーユル・ヴェーダがあるのかも」
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