第18話 玄米のターメリック・ライスとグルテンフリーのゼンブ・ヌードル
「なるほど……。そっか、そっか、そうゆう事か……」
まるでメデューサに見詰められたかのように固まってしまった数瞬後、〈にのよん〉の女性スタッフは石化が解けたようになり、それから、何かを察したような様子を見せると、こう続けた。
「それって、ハロウィンのコスですよね? 赤い髪に大きな角、特に角のリアリティすごいですね。一瞬、本物の鬼か悪魔かと思っちゃって絶句してしまいましたよ。
えっと……、それでは、ご注文を確認させていただきますね。〈メン野菜〉をライス付きで、そして、赤髪の方が〈カレー野菜〉をライス大盛ですね。
それでは、こちらを持ってお待ちください」
この店、〈にのよん〉のシステムは、注文と支払を済ませると、コップとプラスチック製の数字パズルのピースがスタッフから手渡される。これが番号札の代わりで、灯が「1」、アイムが「2」であった。
灯は、アイムを店のテーブル席エリアの左奥に座らせ、自分は扉側に座した。要するに、魔神たるアイムに、入口から最も遠い〈上座〉に座っていただき、〈おもてなし〉をした次第で、それから、灯は手ずから水をコップに注ぎに行った。
コップを両手に持った灯が席に戻ると、アイムは、ラミネートされた薄黄色の紙に視線を落としていた。
各席には、初来店の客の為に、この店のカレーについての説明書きが置かれており、灯もまた初めて店を訪れた際にはこれを読んだものだった。だが、今回が三度目という事もあって、灯は、説明書それ自体ではなく、そこから拾った単語をネットで検索し、提供までの待ち時間を過ごす事にした。
この〈にのよん〉のカレーの独自性は、和、洋、インド、東南アジアといった〈四〉つの要素を折衷し、十何種類ものスパイスやハーブが混交された〈辛すっぱさ〉にあるそうだ。
さらに、女性に人気の健康志向の飲食店として様々ながキーワードが用いられていた。
幾つかのキーワードを具体的に挙げてみると、「化学調味料不使用」、そして、野菜を使ったメニューに関しては、動物性の食材を一切使わない「ヴィーガン」、そして主食である米は「玄米」で、それを「ターメリック」・ライスにし、おそらく、この点が和とインドとの混交なのであろう。
白米と玄米との違いをざっくり述べると、精米の際に稲の実から〈もみ殻〉〈ぬか〉〈胚芽〉を取り除いたものが白米で、これに対して、〈もみ殻〉だけが取り除かれた玄米には〈ぬか〉と〈胚芽〉が残っており、それ故に、ビタミンB群、カルシウム、ミネラル、食物繊維、タンパク質などの栄養価が豊富なのである。
ところで、玄米の方が白米よりも健康に良いのならば、皆、主食として玄米をもっと積極的に食べてもよさそうなのだが、一般家庭において白米が主流なのは、白米に比べ玄米は浸水や炊飯に時間を要し、さらに、これが不十分だと、かなりボソボソっとした食感になってしまうからだ。つまり、調理が難しいのである。
実は、灯は料理が得意ではないので、自炊する時には白米を食しているのだが、逆に、自分では作れないので、選択可能な場合には料理店では玄米を選ぶようにしている。
そして、メニューに掲載されていた写真内のライス、つまり、玄米を黄色くしているのが「ターメリック」で、味はほろ苦いそうだ。ちなみに、ターメリックとは英語名で、和名は〈うこん〉、中国では〈姜黄(ジャンホワン)〉、インドでは〈ハルディー〉と呼ばれている。
ところで、ターメリックは単なる色付け成分ではない。
日本で〈うこん〉と言えば、〈美肌・切傷・止血〉に使われ、そして、インドの〈ハルディー〉や、中国の〈姜黄〉もまた、肌に直接塗られる薬で、さらに、消化や肝機能の促進や保護、関節や体内の炎症の軽減の為にも食されてきた。
つまるところ、〈にのよん〉では、玄米とターメリックの掛け算によって、ライスは、健康に非常に良い主食になっているそうなのだ。
だが、今回、灯の注文では、玄米のターメリック・ライスはサブ・メニューで、メインの主食は豆麺、すなわち「ゼンブ・ヌードル」であった。
この主食たる豆麺こそが店のディナー・メニューの独自性なのだが、これを横文字にした〈ゼンブ・ヌードル(ZENB NOODLE)〉とは耳慣れない用語であろう。
そのゼンブ・ヌードルの原材料は、栄養バランスに優れ、通常の食品よりも栄養価が高い食品を指す〈スーパーフード〉の一つ〈黄えんどう豆〉である。黄えんどう豆は、ビタミンB1、食物繊維、鉄分が豊富であり、さらに、小麦や白米に対して糖質が少ないのが特徴であるらしい。
そして、ゼンブ・ヌードルとは、この黄エンド豆だけを使った豆麺で、つなぎにも、小麦などは一切使われておらず、結果、「グルテンフリー」になっている、との事である。
グルテンとは小麦や大麦に含まれるたんぱく質の事で、小麦が使われない料理は、必然的にグルテンフリーとなり、豆麺は、小麦を材料とした麺に比べて、糖質が三十パーセントもカットされるそうだ。
もちろん、糖質は、人にとって脳や身体を動かす上で重要な栄養素で、そのエネルギー源である糖質が不足すると疲れ易くなってしまう。だが反面、糖質を過剰に摂取すると、それは中性脂肪として身体に蓄積され、肥満、特に〈内臓脂肪型肥満〉の原因となるのだ。
つまり、太りたくない女性や、内臓脂肪が付き易い中高年にとっては糖質制限が食生活における命題となっており、だからこそ、「グルテンフリー」は、ヘルシー志向の飲食店におけるパワー・ワードの一つになっているのであろう。実際、グルテンフリーをキャッチ・コピーにしている店は頻繁に見止められるし、そういった店は、ターゲットである客層が女性であったり、店主が女性である場合が多いように灯には思えている。
ちなみに、〈にのよん〉では、麺は、細麺ではなく丸麺が使われているらしい。おそらくそれは、一般に麺は太い方が濃い味の汁とよく絡むからで、さらに、モチモチっとした食感が豆の丸麺の特徴だそうだ。
こうした〈にのよん〉の主食である玄米や豆麺に関する知見を深めているうちに、遂にカウンターから声が掛かった。
「〈2〉の番号の方、ご注文の〈カレー野菜〉をカウンターまで取りにいらしてください」
どうやら、アイムの〈カレー野菜〉の方が先に出来上がったようである。
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