第16話 なんじゃあこりゃあぁ!
灯は両手で頭を抱えるや、その場でへたり込んでしまった。
「なんてこった。この魔神さまとの契約が終わるまでは、千代田区から一歩も出られないなんて……。
いつまで家に帰れないのだろう? もしかして、このまま一生……。
卒論だって出さなくちゃいけないのに……。
それに、十万円で、ラテン語の古本を買っちゃって、今、現金の持ち合わせが、ま、全く無いよ……。
万策つき…………」
「ぐ、ぐぅぅぅううう~~~」
この灯の独話を遮るかのように、ドでかい音が境内で響き渡った。
「ぷ、ぷぷぷ、ははは、はは」
灯は、思わず大きな笑い声を上げてしまった。
「なんじゃあこりゃあぁ! わ、ワレの腹から奇怪な音が、突然っ!!」
魔神は腹の上に右手を置いた後、右の掌に視線を落とした。
「アイムさま、それは空腹の時に鳴る音ですよ」
留守神となった魔神の〈結界〉によって千代田区内に閉じ込められた、という非現実的な事象を解決する為の糸口さえ見出せず、〈帰宅不可能者〉になり、かつ、現金の持ち合わせがない、という自分の現状に悲観的になって思い悩んでいたのに、魔神でさえ腹が減る、という事実が、灯のツボにハマった。
「あぁぁ、腸が捩れる。あぁ、お腹痛い」
「汝、馬鹿笑いを止めて、ワレの問いに応えよ。その『クーフク』とは何ぞ?
ワレの認識では、体内の空気の流れによって筋肉が収縮しているように感じられるのじゃが」
「その胃の動きが立てる腹の音が〈空腹〉の証なのですよ」
「だから、『クーフク』とは、どういった意味なのじゃ?」
「どう説明したらいいのかな? 食べた物が消化されて、腹の中が空っぽっていう状態ですよ」
(魔の神は、〈暖衣飽食〉で、空腹なんて覚えた事なんかないんだろうな)
そう思いながら、灯は続けた。
「ところで、魔界の住民って、いったい何をエネルギーにするのです? やっぱ、人肉や人の魂ですか?」
「汝、ワレを無分別で、血肉に飢えた野獣か魔獣かとでも思っておるのか?」
「えっ、違うのですか?」
「魔人や魔神は分別ある存在ぞ。ワレらのエネルギー源は、〈エーテル〉、存在の源じゃ。ワレらはそれを〈エネル源〉と呼んでおるのじゃが。とまれ、そのエネル源は、魔界の大気に必要にして十分なほど充満しており、必要な時に必要な分だけ、自動的に摂取できるようになっておるのじゃ」
「その『え~てる』とかいう存在の源って、いわゆる、魔力の源、〈魔素〉って理解でOKですか?」
「ふむ。人の世には存在しないので、理解は難しいじゃろうな。
汝が分かり易いのならば、その〈マソ〉って単語に置き換えるがよい。
いずれにせよ、ワシにとって必要なエネル源たる、その〈マソ〉が大気中に欠如しておるのは紛うことなき事実で、だからこそ、ワレの剣の火勢も弱まってしまったのじゃ」
「つまるところ、魔神は物を食べない、という事ですか?」
「口から物を入れる〈食餌〉など、低級な存在が為す蛮族の行為ぞ」
「ありゃりゃ、〈食〉という行為は、人にとっては、最も強い三大欲求の一つなんですけどね。
まぁ~、あれですね。魔神とかいう高位の存在といっても、なんか人生、いや、神生か、とまれ、その半分くらい損しているように、ボクには思えますね」
「「ぎゅるるるる、ぐうううぅぅ、ぐっぐ、ぐ、ぐぅぅぅううう~~~」」
先だってよりも大きな音が一人と一柱の耳をつんざいた。
「ハハハ、同時に、ボクらの腹の虫が鳴っちゃいましたね。
どうです、アイムさま。お互い空腹みたいですし、低級な存在の栄養素って〈食わず嫌い〉をせずに、ここは、人間の道理に従って、何か食べてみませんか?」
「ふむ。先ほど、ワレ自身、郷に入っては郷に従え、と宣ったばかりじゃな。ここは、汝の言に従うとしよう。それに……」
「『それに?』」
「先ほどから、フニャフニャして、全く力が入らんのじゃ……」
そう言って、腹を両手で押さえながら、魔神アイムは身体を〈く〉の字に曲げたのであった。
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