第10話 縁結びの神社:飯田橋の「東京大神宮」

 午後四時頃、千代田図書館を出た灯は、「内堀通り」の武道館側を取ると、地下鉄の九段下駅周辺の十字路を渡り、そのまま「目白通り」を直進し、飯田橋駅方面に向かった。

 九段下駅と飯田橋駅は「東西線」で一駅、徒歩でも十分かからずに移動できてしまう。


 目白通りに接している、神宮東南東の参道入り口、「大神宮通り」という名の坂道を上って、神社に辿り着いた灯は、ポケットに入れておいた残りの硬貨で参拝し、御朱印をいただいた後、本殿に向かって左側の空間に設置されている休憩所に置かれている木製の丸椅子の一つに座ると、この神社のホームページの、御由緒に関する項目を読み出した。


 サイトによると、この「東京大神宮」という名称は、戦後になってからの社名であるらしい。

 歴史的に言うと、明治時代に入ってから、東京における伊勢神宮の遥拝殿として、明治十三年、一八八〇年に日比谷に創建されたのが「日比谷大神宮」で、関東大震災の後、昭和三年に、今の鎮座地である飯田橋に遷座され、その地名から「飯田橋大神宮」という呼称になったそうだ。

 ということは、戦前の〈麹町区〉時代には、この神社は「〈飯田橋〉大神宮」という名であった分けだ。


 その、かつての「飯田橋大神宮」、今の「東京大神宮」が「東京のお伊勢さま」と呼ばれているのは、この呼び名が示している通り、伊勢神宮の神々を祀っているからである。


 いわゆる「伊勢神宮」の主祭神は、「内宮(皇大神宮)」が〈天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)〉で、「伊勢駅」近くに在る「外宮(豊受大神宮)」の主祭神は、その社名の通り〈豊受大御神(とようけのおおかみ)〉である。


 たしかに、「東京のお伊勢さま」は、伊勢の「神宮」のように敷地は広大ではないものの、「日比谷大神宮」の創建の際に、伊勢神宮の主祭神の〈分霊〉が祀られ、それゆえに、東京のお伊勢様の主祭神も、伊勢神宮と同じく〈天照皇大神〉と〈豊受大神〉なのである。

 さらに、東京の大神宮には、天照大神を伊勢の地に祀った「倭姫命(やまとひめのみこと)」も祀られている。

 加えて、〈造化(ぞうか)の三神(さんしん)〉、「天之御中主神(あめのなかぬしのかみ)」、「高御産巣日神(たかみむすびのかみ)」、「神御産巣日神(かみむすびのかみ)」も祀られている。


 〈造化〉の神々が司る〈天地万物の生成化育〉とは〈結びの働き〉だそうで、だからこそ、東京大神宮は〈縁結び〉の御利益のある神社として有名なのだ。

 さらに、東京大神宮は、〈神前結婚式〉創始の神社としても知られている。

 それは、明治三十三年、後の大正天皇陛下である「明宮嘉仁親王」の結婚の儀を基本とし、民間の神前式の結婚が初めて執り行われたのが「日比谷大神宮」だったから、との事である。


 もっとも、だ。

 東京大神宮が縁結びの神社として、良縁を願う人達に人気なのは、祀られているのが〈結び〉の神である造化の三神であるという事実よりも、日本で最初に神前結婚が行われたという、分かりやすく強いインパクトにこそ理由があるのではないか、と灯は思っている。


 しかし、だ。

 御神籤を引いて、嬉々とした甲高い声を社務所の前で上げている参詣者のいったい何人が、祭神たる神様の事を分かっているのかな?

 灯は、そんな意地悪な感慨を抱いてさえいた。


 身も蓋もない考えなのだが、神社でお参りをしている人達の大半は、自分が参詣している神社の祭神について無関心かつ無知な人が多いと、趣味の一つである神社巡りをしている過程の中で、灯は、そう感じるようになっていたのである。


 ここで、いったん思考を止めた灯が、腕時計の文字盤を見ると、時刻は、〈四時四十分〉を指し示していた。


 SNSで目にした情報に間違いがなければ、日暮れが早くなってきた晩秋のこの時期、境内でのプロジェクション・マッピングは五時から始まるそうだ。

 展開される光の演出のモチーフは、時期によって変わるらしいのだが、以前、夜にこの神宮を参拝した時に、灯が偶然目撃した時の図形は、反時計回りする円であった。

 とまれ、五時までは未だ二十分ほど時間があるので、灯は、日暮れ直前の境内で、休憩所の丸椅子に座したまま、最前列で光の演出の開始を待つことにした。


 時間があったので、灯は、お絵描きアプリを起動させ、休憩所前の空間に敷かれている石畳をタブレットのディスプレイに映し出すと、その上にスキャニングしておいた古本の表紙に描かれていた図を重ねた。

 喩えてみると、昔のアニメのセル画、すなわち、背景絵の上に、キャラ絵を描いた透明なシートを重ねるような感じだ。

 その後、灯は、タブレットの画面上のその図を、タッチペンでトレースしていった。

 このようにスキャンした図の描線をなぞれば、可能な限り正確に図を再現する事ができよう。

 ついでにいうと、神社の石畳にチョークで落書きする分けにはいかないが、このようなお絵描きアプリを応用すれば、神社というパワースポットに〈魔法陣〉を描く事ができる、と灯は発想した。


 かくして、魔法陣をタブレットの上に写し終えた灯は、神保町で購入したラテン語の肌色の人皮装丁本を開いたのであった。

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