第03話 神保町の神田古本まつりの青空古本市

 欧風カレー専門店〈グッディ〉のビーフカレーを完食した灯は、店が入っている建物を出ると、カレーの匂いをプンプンと漂わせながら、「神田古本まつり」の目的の会場に足を向けた。


 カレー店から会場までの短い行きしな、灯は、参加に先んじて確認した幾つかのWEB記事に書かれていた、神保町の秋の本の祭典について思い起こしていた。

 

 毎年、十月下旬から十一月上旬の約十日間、この本の街である〈神保町〉において、二つの本の祭典が催される。


 その一つが、十月末の土日の二日間、この年二〇二四年に関しては、十月二十六日と二十七日に、「すずらん通り」で開催された「神保町ブックフェスティバル」で、このブック・フェスにおいて主として取り扱われるのは〈新書〉だ。


 こちらの神田〈新書〉フェスに対して、「東京名物神田古本まつり」は、十一月三日の文化の日を軸とした、十月末から十一月初めの二週間に渡る「全国読書週間」の時期に合わせて、十月末の金曜から翌週の日曜までの十日のあいだ催されるのだが、六十四回目を迎えた、この二〇二四年に関しては、十月二十五日の金曜日から、振替休日で休みになった十一月四日の月曜日の十一日に渡って開催され、日付の巡り合わせで、今回は、例年よりも一日多くなっている。

 その第一回目は、一九六〇年、昭和三十五年にまで遡る事ができるのだが、一つ回数がとんでいるのは、二〇二〇年は、感染症のせいで開催されなかったからである。

 さて、開催期間中には何十万人もの本好きが神保町に集まり、いわば〈東京の秋の風物詩〉になっているので、名称の〈枕〉として「東京名物」という形容語句が付いている分けだ。

 この「古本まつり」では、トーク・ショーや、チャリティー・オークション、古書即売会など様々なイヴェントが行われるのだが、なんといっても、メインとなる催しは〈青空古本市〉であるように灯には思われる。


 事実、灯の今回の神保町訪問の主目的も、その「青空掘り出し市」であった。

 だが、ここで注意したいのは、紙は水に弱いため、古本の青空市は、雨の場合には中止になってしまう点だ。

 とまれ、この年の十月末日の木曜日は、運よく天候に恵まれ、灯は無駄足を踏まずに済んだのであった。 


 この青空古本市は、「九段下」方面、すなわち、「靖国神社」や「武道館」を背にして「靖国通り」の右側の歩道における、「靖国通り」と「専大通り・雉子橋通り」の交差付近から、「神保町交差点」を経て、明治大学下の「駿河台下」までの間で行われる。


 その距離は、なんと五〇〇メートルっ!

 とにかく長い、という印象を、この本の祭に初参加した大学一年生の頃から灯は抱いてきた。


 そして、この時期の靖国通り南側の情景は〈圧巻〉なのだ。


 そもそも、九段下を背にした靖国通りの右側、すなわち、南側は、「神保町古書店街」として、古書店が軒を連ねているのだが、この祭の間には、その実店舗と向き合うように、歩道の道路側には古本の露店が設置され、あたかも〈古本の回廊〉の如き空間が現出する。


 さらに、である。

 前の年、二〇二三年の秋に灯が神保町の古本まつりを訪れた際には、運悪く、突如、小雨が降り出してしまった。その瞬間、水に弱い本を雨から守る為に、各ワゴンを担当しているスタッフが、同時かつ一斉にブルー・シートを本の上に被せた光景に、灯はある種の感動を覚えたのだった。


 そして、灯は思ったのだ。

 映像でしか見た事はないんだけど、これって、なんかセーヌ川沿い名物の屋外書店、〈ブーカン〉みたいだな、と。

 パリの青空書店の壁や屋根は深い緑色に統一されているのだが、古本まつりの青空書店は、雨の時には〈シート・ブルー〉に統一される分けだ。そんな着想をし、独りで爆笑した過去の自分の事も灯は思い出したのであった。

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