エピローグ

 七月とは思えないほど今日は暑いらしい。

 先程までリビングで見ていた朝の情報番組の天気予報士の言葉を思い出しながら、薄いくせに通気性の悪い制服に着替えてる最中、机に置いていたスマートフォンが振動する。


「あー、忘れるとこだった」


 スマホ自体。ゲームもやらないし、中学時代はそもそも持っていなかったから問題はなかったんだけど、これからは少しは入り用になる場面も増えるっぽい。

 今日も白露さん――まだ何で振動したか見てないが、この時間帯なら白露さんだろうという十割がた当たる予測――のお陰で思い出せたのだけど、忘れないようにするならいつも持ち歩くところに入れといた方がいいかなぁ? と思いながら、通知を見る。やはり白露さんだ。そろそろ家を出るらしい。

 僕も数分もすれば出るので、その旨を打って送信……して思った。家でそうするなら、別に忘れても問題ないな? と。


「……」


 即既読がついてかつ返事のスタンプ(謎の白いキャラがサムズアップしてるイラスト)が秒で送られてきたことに、何故か身震いがする。これが……恋?

 とまあ冗談はさておき……白露さんと連絡先を交換してからはや一週間。この既読速度と返信速度に恐怖を覚えてる自分がいる。


■■■■


「おはよう。津木華君!」


 通学路に快活な声が響く。


「おはよう。ごめん、少し遅れた」

「ううん! 私もさっき来たところだから大丈夫だよ!」


 白露さんのお世辞か本当か分からない言葉に、思わず肩が震える。

 それに目ざとく気づいた白露さんは、何故か驚いた様子を見せて「ど、どうしたの?」と聞いてくる。


「いやね、白露さんの返事が待ち合わせするカップルみたいだなって」

「え……あ!」


 自分でも自覚はなかったのか、指摘された白露さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「き、今日も暑くなりそうだね」

「白露さんはもう茹ってるけどねー」

「そっ、それは触れないお約束だと思うなっ」

「はははっ」


 自爆した人に何言われてもねぇ? え、誘爆したのは僕? 導火線とチャッカマンまで用意されてそれはない。

 それから暫く笑っていると、本気で機嫌を悪くしたのか、頬を膨らませて先に行かんと歩みを進め始める……僕と手を繋いで。

 それはそれで恥ずかしくない……? とは思いながらも、僕も繋ぎ返すと、白露さんはうつむいたまま口角を吊り上げる。

 最近はいつもこんな感じだ。具体的には連絡先を交換してから、より自然体に接してもらえるようになったというかなんというか……あれから、白露さんは好意を隠さなくなった気がする。学校でも声をかけてくるようになったし、下校も一緒にするようになった。交換した連絡先は休日も稼働しており、夏休み中には二人で出かける予定なんかも立てていたりする。

 当事者が云うことじゃないけど、これで付き合ってないとか嘘だよね。


「けど告白してないのは、どっちもヘタレだからかねぇ」

「? な、何か言った?」

「んー、僕らって付き合っても上手くいきそうだなって」

「つっ――!」


 白露さんが立ち止り、手を離しかけるけど……ここであえて強く握ってそれを阻止。まあ止まる事は予想できなかったんで少し引っ張られたりしたけど。


「そっ、それって……告白……?」

「……自分で言っといてアレだけど、指摘されると恥ずかしいもんだね」

「ご、ごめん」

「謝らなくていいって。それに、撤回する気はないし」

「そうなんだ……って、えええええ!?」

「……白露さん。近所迷惑」

「それはごめんっ! だけど、それってっ、それってぇ!」


 半泣き気味に白露さんは叫ぶ。その様子は愉快で笑みが零れそうになるけど……撤回する気がないのはマジ。そもそもその気がなければ言わないし。


「あのね、僕は鈍感じゃないんだよ?」

「!」

「ま、これまでの言動が全て嘘なら、また別の話になるんだろうけど」

「そんなことない!」


 必死な様子は僕の笑いの琴線を軽々しく越えてきた。

 僕も鈍感じゃない。これまでの白露さんの言動やそのご友人の様子、あとはまあ、追及するのを忘れてたけど電車通学組の言葉ね。あれらを踏まえればほとんどの人間が同じ結論に辿り着くのではなかろうか? それに最近の態度もだ。露骨に話す回数増えたし、からかう度にいい反応するし。

 そんな僕の姿を見てか、今度は拗ねるとかじゃなくて、大きくため息を吐いた。


「あーあ……私から言いたかったのになぁ」

「さっさと言わないのが悪い」

「それはそうかもだけどー……」


 納得いかないと言った風な表情を見せる白露さんに、僕は「そろそろ行こう」と繋いだままの手を引っ張る。


「つ、津木華君?」

「何?」

「返事とかは……」

「今言えるの?」

「っ……そ、その」


 だと思った。

 どもり俯く白露さんと肩を並べた僕は、一つ面白い提案をしてみることにした。


「それじゃ、返事が来るまで少しゲームしよっか」

「……ゲーム?」

「そ、今日から毎日、白露さんが返事できなかった日は滅茶苦茶に褒めまくるってゲーム」

「!!!??」


 白露さんの目が大きく見開かれる。


「可愛い反応だね」

「――っ!! 先行きますっ!」


 素早く手をほどき、白露さんは走り去っていく。

 いやぁ元気だなぁ。


「……って、僕もそんな余裕なさそ」


 時間的にも、心情的にも。

 心なしか耳まで暑くなってるのを感じながら、軽いジョギング程度の速度で、通学路を走り始めた。


「な、なんで追ってくるの!?」

「もう遅刻寸前よー」

「嘘っ!?」


 気づいてなかったんかーい。

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好きのまにまに、恋路日和 束白心吏 @ShiYu050766

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