わきあがる不信感

「急に日咲がお城の外まで駆けていくから、びっくりしたよ。でも、ちゃんとシンデレラが靴を落として逃げるまで、王子さまを引きとめることもできたし。こうして確認しても、物語はちゃんと進んだみたいだし、終わりよければすべてよしってことよね!」


 青い空間のなかで、出てきた四角い穴を振り返りながら、ミヤは満足そうにまとめる。

 エラー表示のような赤い光が消えた四角い穴は、安心して見ていられる白い色だ。


「シンデレラが靴を落とすところまで狙われたそうだから、今回は珍しく、ひとつの物語で三度の邪魔が入ったことになる。よく、すべてを修正できたものだ。日咲の機転のおかげだな」


 イツキもホッとした表情で、小さくうなずく。


「それじゃあ、帰ろうか! 今回は長時間だったものね。みんな、お疲れでしょう?」


 ミヤが朗らかな声で言うと、先頭を切って青い空間の中を泳ぎだした。

 そんな中で、わたしは、ずっと胸の中で考えていた。


 わたしは、このふたりのことを、なにも知らない。

 鏡の中から誘ってきた、わたしとそっくりなミヤ。

 童話の世界を、自由に行き来できるイツキ。

 このふたりは、ただ、鏡の中の住人っていうだけなのだろうか?


 イツキの願いは、プライベートだからって、教えてもらえなかったけれど。

 考えたら、ミヤの願いを聞いたことがない。

 願いも目的も持たずに、ボランティア精神だけで、こんな大変なお手伝いを続けられるものかな?


 まさか――ミヤの狙いは本当に、鏡の中の自分とわたしと、入れ替わることなの?

 そういえば、前回の浦島太郎のとき、ミヤが執拗に赤いシュシュにこだわっていた気がする。

 元に戻したら、すごく残念がっていた。

 もしかして、そんな思惑があったから?


 黒い森の魔女からよけいなことを聞いてしまったせいで、どんどんと、悪い方向に考えてしまう……。


 わたしの顔色が、悪くみえたのだろうか。

 部屋につながる楕円形の穴の前で、ふいにミヤが、わたしの顔をのぞきこんだ。


「日咲、どうしたの? 疲れちゃった?」

「ああ。元気がないな。大丈夫か?」


 イツキにさえ心配されちゃった。

 けれど、わたしは黙って、力なく首を横に振る。

 ミヤが心配そうな表情を見せつつも、わざと明るく声をあげた。


「うん、日咲、部屋に戻ったら、しっかり休んでね。また次も手伝ってもらっちゃうんだから。日咲の活躍、期待してるぞよ」


 茶目っ気たっぷりでウインクをしたミヤに、わたしは、ポツリと告げた。


「――お手伝いは、ちょっと考えさせて、ほしい」

「え?」


 わたしの言葉に、ミヤはもちろん、イツキも意外そうに驚いて目を見開いた。

 慌てて、わたしはいいわけをするように続ける。


「あ、べつに、ふたりのせいじゃないの。前から考えていたことなの。えっと、わたしって、ほら、自分に自信が持てないでしょう?」


 魔女の言葉の影響だと、なんとなくふたりに気づかれたらいけない気がしたから、うつむいたまま早口で言葉をつづる。


「そりゃあ、ふたりは、ずっと前から一緒で、童話の世界を助けてきていて。わたしは、まだまだ一緒にいる時間も少ないからだけれど……。わたし、ふたりのことは、名前だけしか知らないもの。なんだかさびしくて……」


 しゃべっているあいだに、そんなつもりはないのに。

 ポロっと涙が、わたしの目からこぼれおちた。

 ミヤとイツキが、息をのむ気配がする。


 慌てて両手を、顔の前で左右に振ったけれど。

 乱れた感情のまま、口が勝手に動いてしまう。


「ふたりのことを、なにも知らされないのは、まだわたしに信用がないのかなって。ひとりだけ、なんだかさみしくて、つらくて、不安になっちゃうの。でも、ふたりのせいじゃない。わたしの、自分自身の気持ちだから。ただ、ひとりで、少し考える時間がほしいの……」


 わたしは、一気にそう告げると、引きとめられる前に楕円形の穴に飛びこんだ。

 姿見を通り抜けて、自分の部屋に戻る。


「日咲!」


 ミヤの声が追いかけてきた。

 けれど、わたしは振り向かずに、そのままベッドの上へダイブする。

 うつぶせになって、わたしは、胸の中のさみしい気持ちがおさまるのを待った。


 そのまま、わたしは寝ちゃったみたいだ。

 目が覚めると、あれだけ激しく胸の中を占めていたさみしさが、少し薄らいだみたい。

 体を起こして、暗い部屋の中で、ぼんやりとベッドの上で座りこむ。

 何気なく目を向けた壁時計の針は、七時を指していた。


「七時? あれ? 夜の? 朝じゃなくて?」


 急いで、部屋の電気をつける。窓の外は暗くて、いまは夜の七時だとぼんやり考える。

 そのとき、階下からお母さんの呼ぶ声が聞こえた。


「日咲! 夕ご飯よ、おりていらっしゃい!」


 会社から帰ってきたお父さんもそろっての夕食は、わたしの好きなコロッケだった。

 コロッケには、中濃ソースとマヨネーズを混ぜたソースをかけるのが好き。

 でも、今日はソースをグルグルかき混ぜながら、なかなかコロッケにお箸がのびなかった。


「どうしたの? 日咲、ちょっと食欲がないみたいね」


 気がついたらしいお母さんの言葉に、どきりとする。


「ううん。そんなことないよ」


 慌てて首を横に振って、わたしはご飯を食べだした。


 でも、ふと考える。

 もし、ミヤのように、なんでも思ったことを声にだして言える子どもだったら、お母さんもわたしの顔色をうかがう必要もないんじゃないだろうか。


「――ねえ、お母さん。もし、わたしとそっくりで、でも言いたいことをはっきり言える女の子がもうひとりいたら、どう思う?」


 コロッケを見つめながら、思わず口にだしてしまった。

 そして、何気なく顔をあげたわたしは、そのまま固まってしまう。


 なぜなら、お母さんだけではなく、隣に並んだお父さんまで目をまんまるにして、驚いた表情で固まっていたから。


 けれど、すぐに思いなおした。

 娘からそんな話をいきなり言われたら、そりゃあ、びっくりするよね。

 急いでわたしは、言葉を続けた。


「ごめんなさい。びっくりさせちゃって。べつに、おおげさなことじゃなくて……。えっと、友だちに借りた本が、そんな話で。深い意味はなくて……」


 そう言って、わたしは話題を変えようとこころみる。


「今日のコロッケ、美味しい。いくつでも食べられちゃう」


 お父さんとお母さんが、元通りの表情で食べだすまで、わたしは笑顔を浮かべたままご飯をかきこんだ。



「うん、食べ過ぎたかな……?」


 ベッドの上で寝ころんで、わたしはうなる。

 明日から土日で、学校はお休みだ。宿題は明日から真面目にやろう。

 そう考えて、うつらうつらとしかけたけれど。

 これ、このまま寝ちゃうかも。

 先にお風呂に入ってしまったほうがいいかもしれない。

 そう考えて、わたしは跳び起きた。


 あれから、姿見のほうは見ないようにしている。

 お風呂場にある鏡も、気持ちが落ち着くまで、できるだけ気にしないようにしなきゃと考えながら、部屋を出た。


 お母さんに、お風呂に入れるかなって確認するために階段をおりると、お母さんとお父さんの話し声が聞こえてきた。

 なんだか、深刻そうな話をしている。


「ありゃ? お風呂、あとのほうがいいかな……?」


 そうつぶやいて、階段の下で回れ右をしたとたんに、その言葉が聞こえた。


「日咲が、そっくりの女の子だなんて言って、びっくりしたな……」

「でも、知らないはずですよ。日咲が大きくなったら、それとなく伝えようと思っていたことだし……」

「そうだな。じつは日咲には、双子の姉がいたんだってことは……」


 ――姉?

 双子の、姉?


 わたしは、足が動かなくなった。


「もっと大きくなって、受け止められるようになってから、話をしたほうがいいだろうな」

「そうね。今日の、あの様子を見たら、きっとまだ早いと思いますよ」


 わたしは、そろそろと階段をのぼる。

 足音を立てないように、二階の部屋に戻った。

 ドアを閉めて、その場に座りこんだ。


「――いまの話、聞き間違いじゃないよね?」


 寝ぼけているわけじゃない。

 わたしは、自分の両手を固く握りしめながら、つぶやいた。


「わたしに、双子のお姉ちゃん? でも、いたって言い方は、過去形だった。わたしにはお姉ちゃんがいて、もう亡くなっているってことなの? それじゃあ、鏡の向こうにいるミヤは、わたしの影じゃなくて、もしかして、お姉ちゃんの幽霊?」


 わたしには鏡に向かって、その話をミヤに確かめるなんてことが、できるわけがない。


 鏡の向こう側は、幽霊のいる世界なの?

 わたしにそっくりなミヤは、幽霊なの?


 今日はもう、いろんなことが起こりすぎて、頭の中がパニックよ。

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