黒い森の魔女と対決

 真っ暗な森の奥へ逃げこんだ、黒いフードを追いかけて、わたしもいつの間にか、森の中を走っていた。

 ふくろうらしき鳴き声が響き、あたり一面の闇の中で、黒いフードを見失ったわたしの足が止まる。

 そして、ひとりで来てしまった心細さと後悔に襲われた。


 どうしよう?

 黒い森の魔女が、どこに行ったのかわからない!

 これは、追いかけるのをあきらめて、イツキとミヤのところへ引き返したほうがいいかもしれない……。


 そう思ったわたしは、引き返そうと振り返る。

 そして、わたしの真後ろに、背が高い黒フードの魔女が立っていることに気づいて、息をのんだ。

 怖すぎて、声がでない!


 口を両手でおおいながら、わたしは一歩、あとずさった。

 その距離を一瞬で縮めるように、黒フードの魔女は、わたしの目の前に近づいた。

 恐怖で固まったわたしの顔を、下からすくいあげるようにのぞきこむ。


「――おや? そっくりな顔をしているが、いつも、あの男の子と一緒にいる、元気な女の子じゃないのか?」


 その声は、とてもステキで心地よい、魅惑的なイケてる低音ボイス!

 イケボ男子だわ!

 って?


「黒い森の魔女なのに? 男の人?」


 驚きのあまりに、わたしは叫んでいた。

 そんなわたしの様子が面白かったのだろうか。


「あはははっ!」


 黒い森の魔女は、肩を揺すって、笑い声をたてた。

 その笑い声も、くらくらとめまいがするくらいにステキ。


 口をポカンとあけたままのわたしへ、黒い森の魔女は笑いながら、かぶっていたフードを後ろへおろした。

 フードの中に隠れていたのは、たぶん、ハタチは超えていないだろう若い男の人の顔だ。

 イツキとは違ったタイプで、整った顔とストレートな感情表現――これは、チャラいと表現できそうな華やかな印象。


 テレビのアイドルにでてきそうなカッコいい顔で、イケボなんて。

 これは、シンデレラじゃなくても、耳もとでささやかれたりしたら、コロッと言いなりになっちゃいそう!


「ああ、魔女ね。それは、そっちが勝手に『黒い森の魔女』って呼んでいるだけだろう?」

「う、あ、そうかも……」


 本当にそうかもしれないので、わたしは反論できない。


「それに、魔女を意味するウイッチって言葉は、もともと性別がないんだ。男に使ってもいい言葉だよ」

「そうなんだ……」


 ぼんやりと返事をしたわたしを、黒い森の魔女は、面白そうに眺めてくる。

 そして、さらに顔をずいっと、わたしのほうへ近づけた。

 わたしは、気圧けおされるように一歩さがる。


「ふうん……その様子だと、きみはあのふたりから、俺のことも含めて詳しいことを、なにも聞かされていないんだ」

「それって、どういうこと?」


 わたしは思わず聞き返す。

 けれど、体の奥でこれ以上、魔女の声に耳を貸さないほうがいいと、訴えている。

 その勘に従って、さらに距離をとろうと一歩さがったとき。

 探る目をしながら、魔女は念を押すようにささやいてきた。


「この世界のこと、よく知らないんだろう?」


 どきりと、わたしの心臓が大きな音をたてる。

 その不安を消すように、わたしは急いで口を開いた。


「この世界の事情は、ちゃんと聞いているもの! 魔女こそ、どうしてこんなことをするの? 物語が進まなくなって困っているんだから!」


 焦るように言い返したことで、魔女は、わたしの弱いところを見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべる。


「どうして? 悲しい物語や、苦労する物語があるのは、おかしいと思わないのか? きみは、疑問を持たないのか?」


 そう聞かれたわたしは、すぐに言葉が見つからない。


「それは……」

「たとえば、さっきのシンデレラ。誰が、わざわざ靴を落としていく必要があるのさ。そのまま、王子の手をとって、ハッピーエンドを選べばいいだけじゃないか。だから、王子にささやいたのさ。シンデレラの手を放すな。彼女の手をずっと握り、帰さなければいいって」


 ――ああ、だから物語が進まなくなっていたんだ。

 この『黒い森の魔女』が、邪魔をしていたんだ!

 わたしは、イツキの言葉を思いだしながら口を開く。


「そんなの、あなたの勝手じゃない! 物語は正しく進むべきよ。シンデレラも、王子さまに探しにきてもらって、見つけだしてもらいたかったはずだから」

「それは、シンデレラがそう言ったのか?」


 つっこまれて、わたしは反論しようとしたけれど。

 言葉に詰まる。

 だって、イツキ自身、個人の考えだって言っていたんだもの。


 わたしの様子に、図星と睨んだらしく、魔女は勝ち誇るように笑った。


「ほーら。すべての物語が、作られたとおりの話をなぞる必要なんて、ないだろう? まあ、きみは正しいことだと教えられ、それをそのまま信じている、純粋なお嬢さんってことだろうけれど」


 そして、魔女は、なにかを思いついた顔をして、ジッとわたしを見る。

 その視線が怖くて、わたしは全身を震わせた。


「――もしかして。きみって、あのふたり自身のことも、詳しくきいていないんじゃない?」

「それは……」

「ああ、やっぱり! そうだと思ったよ」


 たちまち魔女は、にやりとした企みの笑みを浮かべた。

 これは――このまま聞き続けちゃいけない!

 いけないって、わかっているのに。

 怖いもの見たさと、魔女の耳に心地よい声に負けてしまう。


「なにも知らされていないってことは、それは、きみを信用していないってことだろう? きみを信用していないし、オドオドとしているきみに、それほど期待もしていない。きみ、あのふたりに、利用されているんじゃない?」

「そんなこと……!」

「それじゃあ、きみとそっくりな活きのいい女の子、彼女は何者なんだい?」

「ミヤは……」


 わたしは、焦った。

 このままじゃ、言い負かされる気がして、急いで言葉を探す。


「はっきり聞いたことはないけれど、ミヤは、正体を聞いたらたぶん、笑って答えてくれるはずよ。鏡に映った、わたしの分身だって……」


 そこまで口にして、わたしは怖くなった。

 これって、魔女の思惑どおりに、誘導されているんじゃないかな?


「ああ、なるほど。そういうことか。彼女は、鏡に映ったきみの分身なんだ? それって、きみが本物で、彼女は影ってことだよな。でも、考えてみろよ。元気な彼女と、内気そうなきみ。入れ替わったほうが、うまくいく気がしないか?」

「――え?」


 その言葉を聞いたとたんに、わたしは、ぞわっとした寒気を感じた。

 全身に鳥肌が立つ。


 ――まさ、か、そんなこと……?


 わたしの混乱した様子に満足したらしく、魔女は面白そうに声を立てて笑った。

 そして、わたしを見る目を細めると、身をかがめた。


「きみが、まだあのふたりに協力する気があったら、また会おう。でも、次に会ったときは、ただでは帰さないけれどね」


 耳もとでそうささやくと、魔女は、わたしからスッと離れる。

 そして、闇の中に溶けるように姿をくらました。


 わたしは、なにもできなかった。

 なにもできずに黙って、ミヤが探しにくるまで、その場に立ち尽くした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る