シンデレラのさらなる困りごと

「イツキ、どんな様子かな?」


 わたしとミヤは忍び足で、待っていたイツキのそばへ近づいた。


「ああ。たったいま、小鳥たちがドレスと靴を持ってきたところだ。やっぱり小鳥たちのほうで、トラブルがあったのか」

「うん。小鳥たち、捕まって鳥かごに入れられていたのよ。たぶん『黒い森の魔女』のしわざだと思う」

「やはりな」


 ひそひそとイツキへささやきながら、わたしとミヤは木の陰からシンデレラのほうを、こっそりうかがった。

 すると、ドレスを受け取ったシンデレラが、ちょうど着替えようとしていて……。


「これはダメ!」

「イツキは絶対に見ちゃダメ!」


 慌てて、わたしとミヤは、イツキを木の陰に引っ張りこんだ。

 そして、ふたりで立ちふさがり、着替え中のシンデレラのために壁になる。

 さすがに、女の子の着替えの、のぞき見は禁止だ。


「なんだよ。減るものじゃないし」

「それ、本気で言ってる?」


 真顔で言ったイツキを、珍しくわたしのほうから睨みつけた。


「イツキ、たぶん彼女の清らかさが減っちゃうと思うなあ」


 ミヤは面白がっているらしく、しゃべる声が笑っている。

 そんなことを言っているあいだに、シンデレラの着替えが終わったようだ。

 振り向いたときには、豪華なドレスに身を包んだシンデレラが、すそを両手で持ちあげて、お城のほうへ駆けていくところだった。

 その後ろ姿を見送りながら、わたしはイツキに確認する。


「これで、物語はちゃんと元通りになったはずよね」

「ああ。おそらくね」

「それじゃあ、撤収ね! 今回も楽勝楽勝!」


 元気にミヤが声をあげる。

 それを合図に、わたしたち三人は、この世界に入ってきた四角い穴のところへ戻り、向こう側へ順番に飛びこんだ。



「――ちょっと待て」


 青い空間に入り、さあ、泳ぎだそうとしたとたんに、イツキが待ったをかけた。


「どうしたの?」


 わたしとミヤが振り向いて、その停止の意味に気がつく。

 出てきた四角い穴が、まだ赤く光っていたのだ。


「え? これって、まだ終わっていないってこと?」

「そういうことだ。『黒い森の魔女』のイタズラは、あの一か所じゃなかったってことか」

「すぐに引き返そう!」


 ミヤが素早く反応して、すぐに赤く光る穴に近寄る。

 そして、もう一度穴へ飛びこんでいった。


「あれ? もしかして、さっきとは違う場面になってる?」

「ああ、あれから時間も経っているみたいだな」


 空を見上げて、イツキは月の位置を確かめる素振りを見せる。

 わたしたち三人が出てきた場所は、なんとお城の門のそば。

 さっきまで遠くで聞こえていた華やかな音楽が、いまは大きな音で、お城の中から流れてきていた。

 イツキは、確認するように、手の上に本を開いて視線を落とす。


「たぶん、城の中の舞踏会で、シンデレラが困っているんだろうな」

「どうするの? お城の中って、一般人がっていうか庶民が入れるものじゃないよね」

「いや。今日は大丈夫だ。花嫁選びのために、この国に住むほとんどの少女が城に集められているんだから。あとからやってきた招待状を持たないシンデレラでも入れたくらいだ」

「ああ、そうか」

「だったら、わたしたちも忍びこめるってことよね」


 やった!

 お城の華やかな舞踏会!

 きれいなシンデレラと、きっとカッコいい王子さまを、わたしも見ることができるんだ!


「日咲。忍びこむなんて面倒なことはしない」

「え?」

「正面から、堂々と入るんだ」


 そう言いながら、イツキは企んだ表情となって、ミヤに目配せをした。


「あ、なーるほど! 了解です!」


 ミヤは、ピシッと敬礼をしてみせる。

 わたしが首をかしげているあいだに、ミヤはくるりと一回転をしてみせた。

 たちまちミヤの普段着が、シュシュの色とおそろいの、青色のすてきなフリフリレース付きのドレスに早変わり。

 決めポーズをしたミヤを見ながら、イツキがわたしへ命令する。


「日咲、なにをぼんやりしている。早く着替えろ」

「え? わたしも? ドレスに?」


 戸惑うわたしに、ミヤが笑顔で口を開く。


「大丈夫。ほら、わたしを見て、同じドレスを思い描きながら変身よ!」


 そう言われて、こわごわと変身。

 わたしも色違いの赤いドレスに、どうにか着替えることができた。


「わあ、すごい! こんなドレスを着るなんてはじめて!」

「ほら、用意ができたら行くぞ」


 なんて言葉に、イツキを見たら。

 いつのまにか、普段から王子さまのイツキが、より王子さまらしく衣装チェンジをしていた。

 思わず見とれてしまうくらい、凛々しくカッコいい。


「ぼーっとするな」


 冷ややかな表情に鋭い視線を向けられて、わたしは慌てて、イツキとミヤのあとについていった。


 門番の前を、顔だけ平然を装って通り過ぎる。

 部外者だとバレて呼び止められないか、わたしは心臓がバクバクした。

 でも、吹き抜けの大広間に一歩入ったとたんに、その華やかさに目を奪われる。


「すごい、すごい、すごーい!」

「パーティーだ!」


 わたしとミヤは、パッと目を輝かせた。

 あちらこちらの壁には、大きなガラスの壁掛けシャンデリア。

 ドレスで色とりどりに着飾った人たち。

 目の前で音楽を奏でる管弦楽団。

 テーブルの上にあふれる美味しそうな料理。

 そして、流れるワルツに合わせて、広間の真ん中で踊るふたり。


 そのふたり、片方はシンデレラで、お相手は花嫁選び中の王子さまだろう。

 金銀の刺繍を施した豪華なドレスに身を包んだシンデレラは、とてもきれいだ。

 これは、王子さまが一目惚れするのもうなずける。


「この花嫁選びの舞踏会は、今日で最後の三日目ね」

「でも、王子は三日間ずっと、あの女性とばかり踊っているわ」

「仕方がないわ。あの美しさ、衣装のすばらしさ。きっとどこかの国のお姫さまなんだわ」


 周囲から感嘆のため息がもれるほど、ふたりのダンスはステキだった。

 瞳をキラキラとさせながら、うっとりと眺めていたわたしとミヤに、イツキがささやく。


「この物語のシンデレラは、魔法使いがいない。だから、十二時で魔法が解けるという話もなく、急いでシンデレラが逃げだす必要がない。でも、シンデレラは、王子の手を振り切って家に逃げ帰る。そのとき、靴を落としていくんだ」

「どうして逃げなきゃいけないんだろう……?」


 わたしは、ふと疑問に思った。

 そのままイツキへ、ささやくように聞き返す。


「魔法が解けて、みすぼらしい灰かぶりの姿に戻るわけじゃないんでしょ? だったら、このまま、王子さまの求婚を受けたらいいのよね? どうして逃げちゃうの?」

「それは――ぼく個人の考えになるんだけれど」


 イツキは、考える表情になりながら言葉を続ける。


「シンデレラは無意識に、大人の恋愛の駆け引きを、おこなっているんだと思う。ただ、この場でプロポーズをされて受けるのではなく、逃げた自分を、追いかけて探しだしてくれる王子を期待しているんだ」

「え? そうなの?」

「大人の恋愛、駆け引き。さすがイツキは大人だわ」


 驚くわたしと、興味津々のミヤは声をあげる。

 イツキは、そんなミヤをひと睨みする。


「だから、ぼくの見解だよ? この物語の王子とシンデレラは、意外と言いなりじゃなくて、ちゃんと意思を持って積極的に行動するんだ。ただ家来に任しているだけの王子ではなくて、昨日も一昨日も、みずからシンデレラを追いかけて見失っている。シンデレラも、追いかける王子から二度も逃げきっている。ぼくは、そんな人間味のあるふたりで好きだな」


 そんなことを言っていたら、広間の中央では、ちょっとしたトラブルが起こっていた。

 曲が終わり、踊りが止まっても、王子さまがシンデレラの手を放そうとしないのだ。

 王子さまは両手でしっかりと、シンデレラの両手をつかんだままで、大広間の招待客も、異変を感じたらしい。

 しだいに、ざわざわとしてきた。


「もう、わたしは帰らなくては……」

「あなたがどこの誰だか教えてくれるまで、今日は絶対に帰しません」


 ふたりから、そんなやり取りが、かすかに聞こえてくる。


「なんか、様子がおかしくない?」


 ミヤがイツキに、確認するように聞く。

 イツキは、小さくうなずいた。


「たしかに。王子は積極的だが、それでもシンデレラは振り切って逃げだすんだ。そして、三日目の今日は、階段には、ベタベタした松脂まつやにが塗られていて、靴がくっつき置いていくハメになる。このまま王子の手からシンデレラが逃げだせないと、物語が進まなくなる」


 イツキの説明を聞いたミヤは、くるんと、わたしのほうに顔を向けた。


「よし! 日咲、わたしたちがシンデレラを助けにいくよ!」

「え? 助けに? わたしたちが?」

「そうよ。だって、周りの人は、見ているだけで誰も動けない物語の登場人物だもの。わたしたちしか、助けられないわ!」


 そう言うと、ミヤはわたしの手を引っ張りながら駆けだした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る