シンデレラの受難
その日は、金曜日だった。
花の金曜日! 花金!
土日が休みの小学生も、休み前はうれしいものだ。
学校から帰ってすぐに、鏡の中から声がかかった。
わたしは、長袖のTシャツに動きやすいキュロット姿。
あのあと、すぐに元どおりに交換したので、いつもどおり、わたしは赤いシュシュで髪をまとめている。
え~? 交換のままでよかったのにぃと言っているミヤは、わたしとそっくり同じ服装で、元の青いシュシュだ。
いつもどおり、わたしたち三人は、青い空間を泳いで移動する。
そして、赤く輝く四角い穴――物語の世界へ飛びこんだ。
出たところは、森の中。
月が明るく輝く夕暮れ時。
「え? 夕方? こんな時間って、はじめてじゃない?」
こわごわと、わたしはイツキへ聞いてみる。
物語の情報を知っているのは、この中ではイツキだ。
問われたイツキは、手もとの本へ視線を落としながら、眉間にしわを寄せる。
――え? そんなにむずかしい童話なのかな?
わたしとミヤは、顔を見合わせる。
イツキが、重い口を開いた。
「ここは『灰かぶり』の童話の中だ」
「え?」
「わかりやすくいえば、『シンデレラ』だな」
「シンデレラ!」
驚かないわけがない。
シンデレラといえば、王道の童話、本物の王子さまが登場する物語じゃないですか!
でもどうしてイツキは、そんなにむずかしそうな顔をしているのだろう?
「イツキ、なにか不都合でもあるの?」
同じことを考えたのだろう。
わたしの疑問を、ミヤが聞いてくれる。
イツキは、小さくうなずいた。
「童話の中でも『シンデレラ』は、パターンがいくつもある。諸説あるが、今回の童話は、グリム童話寄りの原作に近い内容のようだ」
「原作に近いって? だって、シンデレラの話って、継母たちにいじめられているシンデレラが、魔法使いのおばあさんの魔法でドレスに着替えて、カボチャの馬車で花嫁選びのための舞踏会に行って、王子さまと踊ったあとガラスの靴を落としてくるお話だよね?」
「まあ、ざっくり説明すればね。ただ、かぼちゃの馬車は、ペロー童話集がベースで、あとから作られた映画の印象が強いんだ。今回のグリム童話では、魔法使いは出てこない。仲良しの小鳥が持ってきたドレスと靴を身につけて、シンデレラはかぼちゃの馬車を使わずに自力でお城に行くんだよ」
「へえ! そうなんだ。魔法使いが出てこないのね。それに、自力で歩いていくのか……」
「あとは、少し残虐性が強いんだ」
続けたイツキの言葉に、わたしは黙りこんだ。
それって、危険なことなの?
あらかじめ、その怖そうな部分は聞いちゃったほうがいいの?
すると、ミヤが手を叩いて、みんなの注目を集める。
「ここで考えていても、どうにもならないと思うのよね。まず、状況の確認をしない? シンデレラが、どんな状態で困っているかを知らなきゃ」
「そうだよね」
わたしは、ホッとしながらうなずいた。
「森の中でしょ? 時間は、そろそろ夜でしょ? イツキとしては、どのあたりなのか、予測できる?」
「たぶん、舞踏会の日だ。これから城でダンスパーティーが催されるんだろうな」
そう言いながら、耳をすましたイツキは、森の中を通る道の一方向を指さした。
指し示すほうをじっと見ると、小高いところに絵本で見たことがある、いかにもなお城が建っていた。
あたりが暗くなってくる中で、浮かびあがるように、お城はぼんやりと明るい。
そして、耳をすませばたしかに、にぎやかな音楽が風に乗って流れてくる。
「一番考えられるのは、シンデレラが、なにかのトラブルでお城の舞踏会に行けなくなっていることじゃないかな」
「まあ、その可能性が高いだろう」
「だから、まずシンデレラを探そうよ」
ミヤの提案に、わたしとイツキはうなずいた。
お城とは逆の方向の道を、歩きだす。
そしてすぐに、わたしは、森の中で白っぽい人影に気づいた。
慌てて、ミヤとイツキの服のそでを引っ張って知らせる。
あまり、登場人物に接触しないほうがいいと思ったわたしたちは、木の陰に隠れながら、その人物の様子をうかがった。
「お願い。小鳥ちゃん、わたしはお城の舞踏会に行きたいの。どうか着ていくドレスを落としてちょうだい」
灰にまみれた質素な服を身につけた少女が、枝を大きく伸ばした立派な木にすがりついて頼んでいる。
その横顔は、ハッとするほど整った美少女だ。
「――間違いない。彼女がシンデレラだ。話の中では、あのハシバミの木を大切にしていて、毎日の祈りを欠かさない。あの木にやってくる小鳥が、シンデレラの願いを叶えているんだ」
「そうなのね。それで、この場面でトラブルってことは?」
「たとえば――小鳥がドレスを用意できないとか?」
「小鳥が、現れなくなっちゃったとか?」
イツキの言葉を聞いたわたしとミヤは、思いつくことを口に出してみる。
「だとしたら、ドレスを運んでくる小鳥の様子を、こっそり探りにいくほうがいいかな?」
「そうだよね。小鳥を探しに行こう」
わたしたちの提案に、イツキがうなずいた。
「それじゃあ、ふたりで気をつけていってきてくれ。ぼくはここで、彼女にこれ以上の不安要素が出てこないか見張っているから」
「――彼女、シンデレラって、かわいいよね……」
「ああ? 日咲、なにか言いたいことがあるのか? だったら、ぜひ聞かせてもらおうか」
ちょっとした嫌味だったんだけれど。
イツキに睨まれて、わたしは慌てて逃げだした。
逃げだしたわたしのあとを、笑いながらミヤがついてくる。
「だって。いつもの、自分は動きませんっていう王子さまの態度だったし、シンデレラがかわいいから、残って眺めていたいって思ったのかなって」
「あはは。でも、イツキはいまのところ、メルヒェンの神託が最重要で、恋愛に興味がないみたいだから、そういう気持ちはないと思うな」
「でも、あんなに怒らなくてもいいのに」
ほっぺたをふくらませて、わたしはミヤと駆けながら、周囲を探る。
そのとき、ミヤが足を止めた。
わたしに向かって、唇の前に人差し指を立てる。
その動作で、わたしもぴたりと動きを止めて耳をすませた。
「――鳥の鳴き声かな?」
「うん。それに、なんかバサバサした音も聞こえる」
わたしとミヤは、音がするほうへ、そろりそろりと近づいていった。
すると、大きめのドーム型の鳥かごが、高い木の枝につるされていて、その中で数羽の小鳥が暴れているではないか。
「大変! きっと、シンデレラの小鳥だよ?」
「誰かに捕まっちゃったんだ!」
慌てて駆け寄ろうとするミヤに、思わずわたしは声をあげる。
「待って! こうして小鳥を捕まえたのが『黒い森の魔女』だとしたら、もしかしたら、わたしたちをおびき寄せる罠かも!」
「あ、そうだよね。ここは慎重に近づこう。念のために、日咲はそこで動かないで」
すぐにミヤは応えると、足もとを探りながら鳥かごがつるされた木に近寄った。
わたしたちの心配は考えすぎだったらしく、ミヤは無事に木の下へたどり着く。
幹の状態を確認するように両手で触ると、一気に登りだした。
「ミヤ、気をつけて」
わたしは、周りを警戒しながら応援する。
身軽に鳥かごがつるされた枝まで登りきると、ミヤは手を伸ばし、鳥かごの出入り口を開いた。
たちまち、中に閉じこめられていた小鳥たちが、一斉に飛びだしていく。
「よかった! どの小鳥も、ケガもなにもしていないみたい」
急いで飛んでいく様子を見ながら、わたしはホッとする。
すぐに、するするっと木から降りてきたミヤは、わたしのほうへ戻ってきながら言った。
「飛んでいく小鳥たちのあとを追う必要はないよね。わたしたちは、このままイツキのところへ戻ろうか」
「うん。たぶん小鳥たちは、ドレスを用意して、シンデレラのところに飛んでくるはず」
うなずきあって、わたしとミヤは、待っているイツキのもとへ駆けだした。
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