一発逆転の名案?

 ――そうだ。

 これ、わたしが亀をいじめる子どもになればいいんじゃない?


 そう思いついたわたしは、亀に向かって駆けだした。


 波打ち際で甲羅干しをしていた亀が、気配に気づいたらしく、顔をあげた。

 亀が、不思議そうな表情を浮かべているように見えるのは、物語の中だからだろうか。

 大人ひとりを乗せて竜宮城まで泳ぐ亀だ。

 大きな亀と、こわごわと近寄る腕力のなさそうな小学生のわたし。

 どうやら、まったく脅威に思われていないようだ。


「え~っと、亀さん」


 一応、声をかけてみる。

 そして、通せんぼするように、亀の前で両手を広げて立ってみた。


「海には行かせないんだから。ほーら、ほーら!」


 これで、亀をいじめているように見えるだろうか?

 一緒に遊んでいるように見られたら、まったく意味がないんだけれど。


 わたしの意図がわかったらしく、ミヤも亀のもとへ駆け寄ってきた。

 困惑気な表情に変わった亀の横で、ミヤは少し考えたあと、亀の甲羅へ手をかける。


「わたし、乗っちゃおっか?」

「え~? ミヤ、甲羅は丸くて大きくて、危ないよ!」

「大丈夫! わたしって、運動神経がいいんだから」

「でも……」


 小学生の小柄な女の子にとって、生き物の背中は大きくて怖いはず。

 そう考えていたけれど、木登りが得意なミヤは、亀によじ登るのもうまかった。

 バランスを取りながら甲羅の上に立つと、ミヤは大げさに声を張りあげる。


「ほら! さっさと歩くのよ!」


 ところが、亀にとって、小学生の女の子を乗せるくらいは、いじめのレベルではなかったらしい。

 甲羅干しを邪魔されて、ちょっと迷惑そうに顔を振ったくらい。

 わたしとミヤは、ため息をつきながら顔を見合わせる。

 いじめているように見えないと、浦島太郎が通り過ぎちゃう。

 すると、ようやく近くに寄ってきたイツキが、ぼそりと案を出す。


「そうだな。亀にはお約束の、ひっくり返しなんてどうだろう?」

「あ、その手があったか!」


 そういえば、亀はひっくり返ったら、なかなか元に戻れないイメージがある。

 かわいそうだけれど、そうも言っていられない。


 案を出したイツキが、しゃがんで亀の甲羅の端に両手をかける。

 でも、すぐに立ちあがると、あっさりと言った。


「ぼくには無理だ。大きくて重すぎる。持ちあがらない」


 ああ、わかっていましたとも!

 イツキの辞書には、重労働という言葉がない王子さまですものね!


 亀から滑りおりたミヤとともに、わたしは、ならばふたりで転がそうと、並んで亀の甲羅の端を持つ。

 すると。

 さすがに不穏な気配に気づいたのか、亀が慌てたように甲羅の中へ顔をひっこめた。


「転がせそうだよ!」

「せーので、一緒にいこうか」


 そう言い合った瞬間、わたしたちは声をかけられた。


「こらこら、亀をいじめちゃだめだよ。かわいそうじゃないか」


 どきりとしながら、振り向いた。

 そこに立っていたのは、まぎれもなく浦島太郎だ。

 いたずらをしている子どもをたしなめる表情で、こちらをジッと見ている。


 浦島太郎が、亀をいじめている子どもたちに声をかけて、亀を解放させること。

 声をかけられることを期待していたとはいえ、実際に咎められると、非常に怖い。

 わたしは顔を引きつらせながら、じりじりと後ずさる。

 申し合わせたように、わたしとミヤは、ふたり同時に身をひるがえした。

 そして、ミヤがイツキの手を取って、引っ張るように駆けだす。

 わたしもつられるように、反対側のイツキの手をつかんで走りだした。

 イツキはつまづきながらも、わたしたちに引きずられるように亀から離れる。


 これで、浦島太郎は亀を助けたことになるはずだ。

 きっと大丈夫! 物語どおりのはずだ!


「これだけ離れたら、大丈夫だよね」

「うん。怖かった……」

「ねー。やっぱり大人から叱られるのって、慣れないよね」


 わたしとミヤは立ち止まり、口々に言いながら息を整える。

 そして、やり遂げた感と任務解放から、顔を見合わせてふたりで笑う。


「――だったら、いい加減、手を放してもらいたいな」


 イツキのムッとした言葉に、わたしは気がついた。

 ああ、そういえば、まだイツキの手を握ったままだった!

 慌ててわたしは、手を放す。

 パッとミヤも手を放して、ちろりと赤い舌を見せた。


「あはは! ごめんごめん。急いで逃げるのに、イツキを置いていくわけにもいかないでしょう? だってイツキって、走る気が全然ないんだもの」


 じろりと睨んだイツキへ、悪びれる様子もなく、ミヤは大きな声で笑った。


「でもまあ、とりあえず、わたしたちがいじめっ子になったことで、うまく物語が進んだんじゃないかな? 終わりよければすべてよしってことで!」


 そのミヤの言葉を聞いて、イツキは本を取りだす。

 そして、小さくうなずいた。


「うん。まあ、元の話に戻れたようだ」

「よかったじゃない」

「ああ、撤収しよう」


 ミヤがイツキへ明るく話し続けたことで、彼の機嫌も直ったみたい。

 わたしは胸の中で、ホッとした。


 三人で、青い空間を泳ぐように移動する。

 そのときに、わたしはミヤへ話しかけた。


「なんて言えばいいのかなあ。いじめるのも、才能がいるんだなって思ったの」

「あ~。そうだよね。わかる。いじめるのって、思いつきとエネルギーがいるよね!」


 ミヤが同意した。

 すると、イツキも会話に加わってくる。


「無意識に相手に、不快な思いをさせることもあるだろうけれど。いじめを思いつくのも実行するのも、さらにいじめを続けるのも、才能と根気と努力が必要だろうな」

「これって、絶対仲良くするほうが、楽だし楽しいよね。わたしは、いじわるをするより仲良くしたいなあ」


 しみじみとわたしが口にすると、イツキは、少し口もとをゆるめた。


「きみは、それでいいんじゃないか」


 イツキの表情も口調もやわらかくなって、うれしくなったわたしは、言葉を続ける。


「クラスで、すぐいじわるをしてくる男子がいるの。わたしは、ミヤみたいに言いたいことも言えないし、イヤってはっきり言えないし」

「大丈夫だって!」


 ミヤが、わたしの背中をポンと叩く。


「やろうと思ったらできるよ。そっくりなわたしができているんだから」

「う~ん。見た目がそっくりでも、性格は正反対だし」


 苦笑いを浮かべて、わたしが言うと、なにかを思いついたように、ミヤはパッと表情を輝かせる。


「だったら日咲、わたしと、シュシュを交換してみようか!」

「え? ミヤとわたしのシュシュを?」


 わたしは、目を丸くして聞き返す。

 ミヤは、にっこり微笑んだ。


「そう。いつもわたしが、日咲のそばで見守っているから! 日咲、そのいじわるな男子にガツンとイヤだって言ってやればいいのよ」


 そう言って、ミヤは自分の青いシュシュをふたつ、髪から抜きはずす。


「ほら、日咲も! 交換しよ!」


 せかせるミヤにつられるように、わたしも自分の赤いシュシュをはずした。

 交換をして、わたしは青いシュシュで髪を束ねる。


「ほらほら、似合う? 似合うよね? だって、わたしと日咲はそっくりだもの」


 赤いシュシュのミヤは、なんだかうれしそうだ。

 わたしは、目の前のミヤが赤いシュシュをしているのを見るだけで、ちょっと不思議な気分になった。


「まあ、いいんじゃない? 見慣れるまで、ぼくがふたりを間違えそうだけれど……」


 わたしとミヤを見比べながら、ぼそりとイツキがつぶやいた。

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