公園で待ち合わせ
「遊びに行ってきます!」
わたしは、リビングで午後のワイドショーを見ていたお母さんに声をかけると、玄関から飛びだした。
家から歩いて五分くらいの場所に、二階建ての児童館がある。
雨が降る日は、早智と児童館で遊ぶ。
児童館は、靴を脱いであがる部屋には、オルガンが置かれていて自由に弾けるし、たくさんの積み木で家を作ることもできる。
そのオルガンでわたしは、名前の知らない上級生の女の子から『ねこふんじゃった』を伝授してもらった。
別の部屋は図書室になっていて、漫画雑誌を含めてたくさんの本が並んでいる。
それに、受付のお姉さんに言えば、ふたりで遊べる卓上ゲームを貸してもらえて、机といすが並んだ部屋で遊ぶこともできた。
その児童館の向かい側に、大きな公園がある。
ジャングルジムや砂場、ブランコや滑り台や鉄棒はもちろん、大きなグラウンドもある、低い木々に囲まれた広い公園だ。
公園の出入り口は、それぞれ通りに面して三か所もある。
ジャングルジムのそばにある藤棚の下には、木でできたテーブルと背もたれのないベンチが置かれている。
季節になると、本当に紫色のきれいな藤の花が頭上をおおうので、わたしと早智のお気に入りの場所だった。
待ち合わせの公園へ到着すると、入り口から見える大きな凸型のジャングルジムは、もう占領されていた。
よく見ると、流星が率いる見知ったクラスの男子だ。
どうやらジャングルジム鬼ごっこをしているらしく、七、八人の男子がジャングルジムの上や横、中を身軽に動きまわっていた。
わたしは、心の中でサル山みたいと考える。
もちろん、ジャングルジムの一番高いところで、見下ろすようにしゃがんでいるのは、サル山のボス、Tシャツ短パンの流星だ。
わたしに気づいたみたいだけれど、すぐに視線をそらして素知らぬ顔をする。
その様子を、わたしも横目に見ながら藤棚へ向かうと、ちょうど早智も反対側の入り口から姿を現したところだった。
早智は、普段からおしゃれだ。長袖のTシャツにウエストをきゅっと締めたパンツルック。
とても大人っぽい。
「日咲、待った?」
「ううん。わたしもいま来たところ」
手を振りながら、わたしは早智へ近寄っていく。
早智は、小さな袋を持ってきていた。
「お母さんに買ってもらったの。日咲と一緒にしようと思って持ってきたのよ」
そう言いながら、早智が袋から取りだしたのは、シャボン玉セットだった。
「わあ、シャボン玉だ」
「二個セットだったから、ちょうどいいと思って」
早智は、さっそくパックされている台紙を手で破る。
そして、シャボン玉液が入ったピンクの入れ物と、青い吹き棒を取りだして、わたしに手渡してくれた。
わたしと早智は、藤棚の下のベンチに並んで座ると、シャボン玉液の入れ物のフタを開けた。
先が広くなった吹き棒を、そっと沈めてから、軽く吹く。
一瞬で、たくさんのシャボン玉が吹き棒の先から飛びだした。
「すごい」
「きれい!」
公園の中に吹く風はゆるやかで、いくつもの虹色の玉が目の前にふわふわと漂っている。
シャボン玉は、近くのジャングルジムや、少し離れた砂場のほうまで飛んでいった。
すると、砂場で遊んでいた子どもたちが、シャボン玉に気づいたようだ。
「あ、シャボン玉だ」
小学一年生だろうか。
男の子と女の子が五人ほど、声をあげながら寄ってきて、浮かぶシャボン玉の中へ突っこんできた。
わたしと早智は、すぐにシャボン玉を量産する。
けれど、最初は楽しく、シャボン玉が飛ぶ中で手を振り回していた男の子のひとりが、わたしと早智に近寄ってきて、吹き棒の正面に手をかざしてきた。
これでは、シャボン玉がうまく作れない。
わたしは、早智へ目配せをした。
すると、早智も近くの無人の滑り台へ視線を走らせてから、うなずいた。
どうやら、同じことを考えたらしい。
わたしと早智は、シャボン玉液の入れ物にフタをすると、すぐに滑り台へ走っていく。
それから、滑り台の階段をのぼり、てっぺんで横向きに並んで座ると、改めてシャボン玉液のフタを開けた。
今度は、一年生の男の子に邪魔をされることもなく、たくさんのシャボン玉を飛ばす。
「高いところからシャボン玉を飛ばすと、すごく遠くまで飛んでいくね」
「公園の向こうの入り口まで、消えずに飛んでいくかもよ」
虹色の玉は、ふわふわと高く低く、あちらこちらへ飛んでいく。
その中の、遠くまで飛んでいくシャボン玉のひとつを目で追っていると、その先のグラウンドで、数人の男子が集まっていることに気がついた。
この公園は大きい。
だから、校区外の小学生も利用している。
その集まっている男の子たちは、身長から、高学年グループと、下級生グループがいるようだった。
七、八人くらいの高学年グループは、たぶんわたしと同じ五年か六年生だろうけれど、どの子も見たことがない顔だ。
対して、六人ほどいる下級生グループは、体育の授業があった日だったのだろうか、体操服を着ている。
ひと目で、わたしと同じ小学校だとわかった。
それぞれサッカーボールを抱えたそのふたつのグループから、穏やかな雰囲気が感じられない。
「グラウンドの取り合いかな?」
「そうかも」
早智も気づいたみたいだ。
わたしたちは、小声でささやきあう。
そのとき、前に出ていた他校の男子が、下級生のひとりの肩を押した。
その子は、バランスを崩して後ろに尻もちをついた。
見ているうちに、男子たちは殺気だつ。
でも、どう見ても下級生グループのほうが、体格も勢いも不利だ。
もめていることに気がついても、女の子であるわたしたちは、ただ、息をつめて見守ることしかできなかった。
そのとき。
ジャングルジムから、流星が飛び降りた。
シュタッと地面に着地すると、そのまま下級生のいるグラウンドのほうへ駆けていく。
そのあとに続き、ばらばらっとジャングルジムから飛び降りた流星の子分たちも走っていった。
声は聞こえないが、どうやら流星は仲裁に入ったようだ。
同じ学校の下級生をかばうように立ち、なにやら他校の男子と話し合いになっている。
「――流星、やるね。相手って、六年生じゃないかな? ちょっと流星のほうが、背が低いみたいだし」
早智が、見直したといわんばかりにつぶやいた。
「うん。ただのいじめっ子や、乱暴なガキ大将じゃないよね。面倒見がいいから」
流星の評価を、少しだけあげたわたしも、早智の言葉にうなずいた瞬間。
流星が、相手の男子に頭突きを食らわせた。
それを合図に、流星たちと他校の男子たちが殴り合いの乱闘になる。
わたしと早智は、口をあんぐりとあけて見つめていた。
「――ああ、やっぱり流星だわ」
苦笑するような声で、早智が言った。
「うん。だよね……」
わたしもうなずきながら、ふと気がついた。
ケンカの中に、下級生は混ざっていない。
遠巻きに避難して、上級生のケンカを見守っている。
やがて、五分ほどのケンカで、流星たちは他校の男子を公園から追っ払った。
下級生に満面の笑みを見せた流星たちは、一声かけると、今度はブランコのほうへ遊びの場を移したようだ。
我先に駆けていき、四つあるブランコに次々と飛び乗っていく。
「ガキ大将って、偉そうにすることもあるけれど。下級生がいじめられたら、体を張って守るものだよね」
「うん。だから、ウチの学校のガキ大将は、同級生からも下級生からも、憎まれないんだよなあ……」
わたしと早智はそういうと、ホッとしながらシャボン玉を再開する。
わたしたちの作る虹色の玉は、公園の中をゆっくりと高く吹きあがった。
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