童話の中で、お宝探し!

「このあたりかな~?」

「それとも、こっちのほうかな~?」


 わたしとミヤは、地面にはいつくばり、まさしく草の根を分けて探し物をしている。

 泥だらけ!

 でも、わたしとミヤは、あらかじめ体操服に衣装チェンジしているから、汚れても大丈夫なんだけれどね。


「ここのあたりだと思うんです! ここにくるまでは、ちゃんと手でしっかりと懐中かいちゅう時計を持っていたんです!」


 大きな赤い目をうるうるとさせて、いまにも泣きそうな表情になりながら、草をかき分けているのは二足歩行の白ウサギだ。

 おしゃれなチョッキを着て、わたしたちと同じ人間の言葉を話している。


 そう。

 いまいる世界は『不思議の国のアリス』で、困っているのは白ウサギだ。

 物語としては、序盤も序盤。

 白ウサギがアリスと出会わないと、物語がはじまらない。

 そして、白ウサギは、待ち合わせの時間をたしかめるための、大事な懐中時計を失くしてしまったという。


「ここにくるまでは、間違いなく手に持っていたんだね?」

「はい。た、たぶん、間違いなく。この手で持っていた、かな、と……」


 きれいな顔に、無表情で不愛想。

 ひとり、小さな切り株に優雅に腰をおろし、片手に開いた本を乗せて、冷ややかな視線を向けたイツキに、白ウサギは、しどろもどろになりながら返事をする。


「どうして、手に持っていたのに落としたのかな?」


 そんなに責めている口調じゃないのに、イツキの表情が冷たいせいだろうか。

 白ウサギは、違う意味で泣きそうになりながら答える。


「ええ……。遅刻しそうだったので、急いで走っていたら、前からやってきた人とぶつかってしまいまして。お互いに謝ってすれ違ったのですが、気がついたらもう、手の中から懐中時計が消えておりまして……」


 白ウサギの言葉に、耳をそばだてていたわたしは、ハッとする。

 顔をあげて、イツキとミヤを見ると、ふたりともわたしを見返してきてうなずいた。


「ぶつかったのは、きっと『黒い森の魔女』だ。はじめから白ウサギの懐中時計が狙いで、わざとぶつかったんだな」


 イツキはそう判断したようだ。

 そのままイツキは切り株に座ったまま、ジッと考える表情をする。

 わたしは、草の中に手を突っこんで探しながら、横目でイツキを盗み見た。

 モデルのように見た目も服装もカッコイイ彼は、考えることはしても、みずから草をかき分けて探す気などなさそうだ。

 なので、近くで探しているミヤに、わたしは小声でささやいた。


「ねえ。イツキって、体を動かすことが面倒くさいタイプなの?」

「そうね。肉体労働には向いていないよね。でも、こういう体を使うことは、わたしの担当だからね。適材適所ってことよ。イツキには知識のほうで頑張ってもらえたらいいわ」


 あははっと笑い声をあげて、ミヤは返事をした。

 ミヤは気にしていないけれど、今回のような探し物では、人数が多いほうが早く見つかると思うんだけれどなあ。

 もし、わたしが手伝っていなかったら、ミヤがひとりで探していたのかな?

 イツキは、あれだよ。家来を働かせる、見た目も性格も王子さまってやつだよね。

 そんなことを考えていたら、白ウサギの情けない声が聞こえた。


「ああ、もうこんな時間だ。懐中時計がないからわからないけれど、きっと遅刻する時間に違いない。公爵夫人に怒られる」


 立ち尽くす白ウサギは、赤い目に両手をあてて、さめざめと泣きだした。

 わたしとミヤは立ちあがり、辛くなってきた腰を伸ばしながら白ウサギに目を向ける。

 そして、その先にある高い木の存在に、わたしは気がついた。

 なんだか――妙に気になる木。なんでだろう?

 そして。


「ねえ、ミヤ、イツキ。あれって、懐中時計じゃないかな?」


 わたしは、高い木の、何メートルも上にある枝の先を指さした。

 枝に鎖が絡まるようにして引っかかっているけれど、先端にぶらさがって振り子のように揺れている銀色の丸いものは、懐中時計っぽく見える。

 わたしの指さす先に視線を向けた白ウサギの表情が、ぱっと明るくなった。


「そうです! あれです! ああ、見つかった!」


 大喜びでわたしとミヤ、そして白ウサギは、木の真下まで駆けよった。


「あんなところに引っかかっているなんて」

「そりゃあ、下ばかり探しても見つからないよね」


 わたしとミヤは、そう言い合いながら、あたりを見回した。

 当然、ハシゴなんて見つからない。


「これ、けっこう高いよね……」


 わたしのつぶやきに、白ウサギはふたたび悲しそうな顔をする。


「ああ、見つかったけれど、どうやってとればいいんだろう?」


 その瞬間、木の幹をなでながら見上げていたミヤが、声をあげた。


「わたしに任せて!」


 そして、ぱっとミヤは幹に飛びついた。


「え? ミヤ?」


 わたしが驚く間もなく、ずりずりとミヤは木を登っていく。

 たちまち、懐中時計が絡まった枝までたどり着くと、くるりと前回りをするように身軽に飛び乗った。

 そのまま、手を枝先へのばす。


「ミヤ! 危ない!」

「うるさい。黙って。日咲の声でミヤの集中力がなくなるから」


 遅れて近寄ってきていたイツキに、わたしは頭を押さえられる。

 慌ててわたしは、自分の口を両手でふさいだ。

 そんなわたしの叫びをモノとせず、うまく懐中時計を拾いあげたミヤは、上から迷うような表情で見下ろした。

 わたしと白ウサギのあいだを、視線が行き来する。


「ん~っと。日咲、お願い!」


 ミヤはそう言いながら、わたしに向かって懐中時計を落としてきた。

 真下で待機していたわたしは、しっかり両手でキャッチする。

 どうやらミヤは、危なっかしいウサギの手よりも、わたしのほうを信じてくれたようだ。

 懐中時計を持ったままだと、木から降りにくかったのだろう。

 あとからミヤは、するすると軽やかに滑り降りてきた。


「ああ、見つけてくれてありがとう! 助かった!」


 無事に懐中時計を手にした白ウサギは、ぺこぺことわたしたち三人に頭をさげる。

 そして、すぐに懐中時計を開いて時間を確かめると、ぴょんと飛びあがった。


「ああ、でも、もう行かなきゃいけない! 遅刻する! 急がなきゃ!」


 そう言うと、さらに一礼して、白ウサギはぴょんぴょんと走りだす。

 このあとの展開を考えると、その道の先には、あのアリスがいるはずだ。

 膝丈のエプロンドレスを着た、金髪の可愛らしい少女なのだろうか。

 とっても会ってみたい!


 なんて、わたしはすごく興味があったけれど。

 ぐっと我慢しなきゃね。

 だって、物語に関係のない人間が、童話の世界に干渉し過ぎたらいけないもの。


 あたふたと走り去っていく白ウサギを見送ったあと、ぽんとミヤが手を打ち鳴らす。

 そして、わたしとイツキへ振り返り、にっこりと笑った。


「無事に解決! さあ、わたしたちも帰ろうか!」


 慣れてきた鏡の中の青い空間を、三人で泳いで移動した。

 上も下も、宇宙に浮かぶ星のように、白い穴が点在する。

 その穴ひとつひとつが、それぞれ童話の世界とつながっているのだ。


 だんだんと、わたしが戻る楕円形の穴が近づいてきた。

 なにげなく、ミヤのほうへ顔を向けたわたしは気がつく。

 ミヤは、土で汚れた体操服姿だった。

 ということは、わたしも同じ状態ってことだ。


「あ、忘れるところだった。戻る前に着替えなきゃ……」

「そうだった! わたしもうっかりしていたわ」 


 小さくて赤い舌をチラッとみせながら、ミヤもわたしとそっくり同じ顔で笑いあう。

 くるりんとふたりで一回転をして、わたしとミヤはおそろいの、明るい水色のワンピース姿になった。

 違っているのは髪を結んでいる、トレードマークのシュシュの色だけ。

 わたしは赤色、ミヤは青色だ。


「それじゃあ、またね!」


 うなずくイツキの前で、わたしとミヤは手を振り合う。

 そして、わたしは楕円形の穴を通り抜けた。


「うん。入った時間から、少しも時計が進んでいない。オッケーオッケー」


 そうつぶやきながら、わたしは自分の部屋から出て、階段を駆けおりる。

 わたしは早智と、学校が終わってから公園で遊ぶ約束をしていたからだ。


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