そして、ちょっぴり勇気をだして
次の日の音楽の時間。
音楽の教科書に載っている課題曲の一番が、テストになっている。
出席番号順に、クラスの三十人がひとりずつ、黒板の前まで出て歌った。
九条という苗字は、八番目だ。
でも、最後までどきどきしながら待っているより、早くテストを終わらせたほうが、わたしとしてはよかったかも。
「はい。九条さん、大きな声がでていましたね」
ピアノで伴奏をしていた先生が、にっこり笑ってそう言ってくれた。
うまく歌えた!
ほっとした!
一気に脱力したわたしは、黒板の前からいそいそと、机の代わりになっている自分のオルガンのところへ戻っていく。
「さすが日咲、とっても上手だったよ。びっくりするくらい、いつもより大きな声がでていたし」
阿加井という苗字で出席番号がトップだった早智が、さっさと終わった余裕の表情でささやいてきた。
わたしは、早智に笑顔を向ける。
たぶん、昨日の鏡の中で、イツキに見られながらも歌でお手伝いができたことが練習になって、ちょっぴり自信につながったんだと思う。
たったそれだけのことで勇気がでるわたしって、単純かな?
そんなことを思いながら、わたしは自分の席に着く。
そのとき、なにかが頭に飛んできて、ぶつかった。
頭を押さえながら、飛んできた方向へ視線を向ける。
すると、わたしは、片足を椅子に乗せた態度の悪い流星と目が合った。
どうやら、流星は斜め後ろから、わたしに向かって千切った消しゴムを投げていたらしい。
消しゴムを投げてくるって、どうして?
どういう意味があるの?
怪訝な表情になっていたわたしだけれど。
意外にも流星は、わたしに向かって、ニッとした笑みを浮かべてみせた。
それから、おもむろに口を開く。
「なんだよ、日咲。でかい声がだせるじゃねーか」
思いがけない言葉に、わたしは、すぐに返事ができなかった。
あれ?
これって?
わたしは流星に、ほめられてるの?
あのガキ大将の流星に?
ぐるぐると考えながら、口を開こうとしたとき、流星は続けて言った。
「それだけ大きな声がだせるんなら、次のドッジボールのとき、でかい声でパスって言えるよな? いつもの蚊の鳴くような声じゃなくてさ」
そして、ちょっと意地の悪い笑みになって、流星はわたしをジッと見つめてきた。
わたしはといえば、結局なんの返事もできずに、ヘビに睨まれたカエル状態。
千切った消しゴムを投げつけられる、冷や汗たらりのガマガエル!
――これって、またドッジボールで声がだせなくて、流星に怒られるパターンじゃない?
え~。
勘弁してよお……。
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