困っている童話の世界を救うこと

「ぼくたちは、この童話の世界では存在しちゃいけない。これ以上干渉しないように、このままこの場を離れよう」

「うん」


 イツキの言葉に、わたしとミヤはうなずいた。

 そして、猟師さんが扉を開けて、眠っているオオカミと対峙するタイミングで、そろそろと家から離れる。

 そのあと、やってきた道を一気に駆け戻った。


 わたしは、草むらの中に、この童話の世界に入ってきた四角い穴を見つけて安堵した。

 これで、童話の中に閉じこめられずに、家へ帰れるんだ。

 まずはミヤ、続いてわたし、そしてイツキの順番で、四角い穴に滑りこむ。

 暗く青い空間に飛びこんで、ひと泳ぎしてから、わたしは後ろを振り返った。


 出てきた穴は、最初に見たときのような赤い光ではなく、周りの四角い穴と同じ白い色に変わっている。

 そうか。

 あの助けを求める赤い色は、物語の内容が元通りになると白色に変化するのか。

 そして、イツキとミヤは、正しい物語が進むように手助けしているんだ。

 見ていたらわかるって言われたとおり、わたしはそう解釈する。

 でも、なんで来るはずの猟師さんが、おばあさんの家に来なくなっちゃったんだろう?

 考えこんだわたしだけれど。

 そんなわたしの顔を、ミヤがのぞきこんだ。


「日咲、手伝ってくれてありがとう!」

「え? ううん、あんまり役にたてた気がしないんだけれど……」


 慌ててわたしは顔をあげる。

 ミヤは、わたしの両手をとって、満面の笑顔を見せた。


「でも、わたしがいないあいだに、オオカミを寝かしつけてくれたんでしょう? 日咲ってすごい! 歌がうまいのね。わたしって、他人に聞かせられないくらい音痴なのよ」

「たしかにミヤの歌は、オオカミが飛び起きそうだよな」


 思いがけず、イツキが同意するようにうなずいた。


「え~。ひど~い! 本当だから否定しないけれどね」


 アハハと声をあげて、ミヤは笑った。


「それで日咲、どうだった? これからも手伝ってくれるかな?」


 急に真面目な表情になって、ミヤはおそるおそる聞いていた。

 わたしは、ミヤとイツキの顔を交互に見る。


「――童話が困っているって意味も、手助けをするってことも、わかったけれど」

「うん」

「その……。どうして童話が困ることになっているの? こういうことはよくあるの? どうしてイツキが、その手助けをしているの?」


 わたしは、疑問に思ったことを口にだしてみた。

 だって、困っている童話を助けることは、たしかにいいことだと思う。

 けれど、わけもわからないままに、手伝えないと思ったから。


 すると、ミヤは少し驚いたように目を見開いた。

 それから考える顔になって、口を開く。


「それは、わたしじゃなくて、イツキが答えたほうがいいと思う。わたしはイツキの考えに賛同して、イツキのアシスタントをしているから」


 そう言われたわたしは、イツキに顔を向ける。

 すると彼は、きれいな顔に、怖いくらいに無表情で言った。


「そうだね。なにもわからないまま、安請け合いはよくないよね」


 それから、イツキは、どこから話そうかというような表情になる。

 やがて、ゆっくりと口を開いた。


「――ある日。ぼくに、メルヒェンの神託が降りたんだ」

「え? メルヒェン? 神託? 神託って、神さまのお告げってこと?」

「そう。メルヒェンの神は、ぼくに、困っている物語の手助けをするようにと告げた。そのとき、ぼくは鏡の中を通って物語に入る力を授かった。きみたちも、ぼくと一緒なら自由に鏡の中を移動できるようになる。それから神は、物語を助け続けていたら、いつかぼくの願いを叶えてくれると約束してくれたんだ」


 ――メルヒェンの神。

 わたしも、こうして鏡の中の世界に入っているし、童話の世界にも行ってきた。

 イツキに語りかけてきた神の存在は、否定できない。


「――イツキの願いって?」

「それはプライバシーに踏みこむから、いまは言いたくないな。それと、もうひとつの質問。童話が困っている原因だけれどね」

「――うん」


 なんだかはぐらかされた気がするけれど。

 やっぱり個人情報は、出会ったばかりのわたしに、簡単に話せるものじゃないよね。

 そう考えて、わたしは、イツキの次の言葉を待った。

 イツキは、いかにも困ったというように頭を横に振りながら言った。


「童話のストーリーを、わざと変えているヤツがいるんだ。目的はわからない。愉快犯か、なにか狙いがあるのか。ぼくたちは、そいつを『黒い森の魔女』って呼んでいる」

「黒い森の魔女……」


 なんだか、とても強くて怖そうな感じがする。

 その表情を読み取ったのか、ミヤが両手でわたしの肩をぱんぱんと叩く。そして、わたしの顔をのぞきこんだ。


「大丈夫だって。わたしたちが担当している範囲で、確認されている『黒い森の魔女』はひとりだけみたいだし。『黒い森の魔女』が童話にイタズラしているあとを追いかけて、こうして修正している状態。だから、そこまで数が多いわけじゃないし難しいわけでもない。でも、もうひとり仲間がほしかったから、わたしは日咲を推薦したの」

「その『黒い森の魔女』がストーリーを変えているのを、イツキとミヤは、戻して助けているんだね」

「そう、だから日咲、これからもわたしたちと一緒に手伝ってほしい!」


 ミヤが、顔の前で両手を合わせてお願いしてくる。

 わたしは、決心した。


 困っている童話を助けることは、きっといいことだ。

 ちょっと『黒い森の魔女』が怖いけれど、直接わたしたちと戦うわけじゃなさそうだし。

 それにミヤの話では、『黒い森の魔女』はひとりだけみたい。

 だから、それほど頻繁に童話を助けにいくわけでもなさそう。

 第一、鏡の中を通って助けにいっているあいだは、時間は止まっているって話だ。日常生活に影響もないだろう。


 わたしは、ミヤとイツキに向かって、大きくうなずいた。


「うん。わかった。わたしも、これからも手伝う」

「やったあ!」


 ミヤが飛び跳ねる動作をしながら喜んでくれる。

 イツキも、無表情だったきれいな顔を、ちょっぴり和らげて、わたしにうなずいた。


「こちらこそ、これからもよろしく」



「それじゃあ、日咲、またね!」


 手を振って見送るミヤに手を振り返して、わたしは、楕円形の白い穴へ、そろそろと足を踏みいれる。

 するっと体が通りぬけて、わたしは自分の部屋に戻ってきた。

 すぐに振り返って、鏡をのぞく。

 そこには、見慣れたわたしの顔が映っている。


「――ミヤ?」


 鏡の中のわたしは、同じように口を動かしている。


「ああ、そうか。鏡に映っているわたしのシュシュが、赤色だもの。鏡には、いまはミヤではなくて、わたしが映っているんだ」


 残念な気持ちで、わたしは言った。

 ちょっと不思議な体験を、どきどきしながらも、わたしは楽しんでいたのだろう。


「仲間か……。また、ミヤとイツキは誘いにきてくれるのかな?」


 壁にかけていた時計を見ると、学校から帰ってきたときから、本当にまったく時間が経っていなかった。

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