赤ずきんを助けなきゃ!
思わず悲鳴をあげそうになったわたしとミヤの口を、ばっとイツキが両手でふさいだ。
そのイツキも、さすがに血の気が引いたように蒼ざめている。
やがて、全員が落ち着いたころに、イツキはそっと手を放した。
ミヤが、口火を切る。
「――あれ、オオカミ、お腹が大きいよね……?」
「おばあちゃんと赤ずきんちゃんは、もう食べられちゃったってことだよね……?」
さやきあうミヤとわたしの声は、心なしか震えている。
そしてイツキが、肯定するようにうなずいた。
「ああ。たぶん、ふたりが食べられたあとだ。物語は、このあと猟師がやってきてオオカミを撃ち殺し、赤ずきんとおばあさんを助けることになる」
「でも、童話のストーリーが狂わされて困っているんでしょう? ってことは?」
「ぼくの予想では、猟師がここへ来ない可能性が、高いんじゃないかなと思う。そうなると、正しい結末を迎えられず、いつまでもこの物語は終わらない」
イツキの言葉を聞いて、わたしとミヤは、そっくりな顔を見つめあった。
ミヤが困った表情を浮かべている。
だから、きっとわたしも、同じ表情なのだろう。
けれど、すぐにミヤが立ちあがった。
「わかった! わたしが猟師さんを探しに行ってくる! ふたりはここで待っていて!」
そう告げると、歩いてきた道とは別のほうへ一気に走りだした。
慌ててわたしは、ミヤを引きとめようと立ちあがりかける。
「あ、ミヤ! 待って!」
「静かにしろ」
イツキが、わたしの頭を押さえこんだ。
勢いづいて、わたしは地面に尻もちをつく。
「ひゃん!」
「声を出すな。オオカミが起きたらどうするんだ」
そう続けたイツキの言葉に、わたしは慌てて自分の口を押えた。
そして、イツキとふたりでそおっと、窓から家の中をのぞく。
どうやら、ミヤやわたしの声で、オオカミは起きなかったようだ。
「ミヤが無事に、猟師を連れてきてくれたらいいが……。それまでぼくたちは、ここでオオカミを見張ろう」
イツキの言葉に、わたしは黙ってうなずいた。
大きくて黒っぽくて毛深くて。
窓の外から眺めているだけで、オオカミは怖かった。
それでも、ミヤが猟師さんを探しに行ってくれている。
ここは、怖いのをぐっと我慢して見張らないとね。
窓からおそるおそる、ちらちらと中の様子をうかがっているわたしの横で、イツキが、ふと口を開いた。
「さっき――ふたりがそろって花畑に飛びこんだときには、ぼくは正直、めまいがしたね」
「え?」
突然の言葉に、わたしは心臓がどきりとする。
最初に足を引っ張るなと言われたことを思いだして、一気にわたしは蒼ざめた。
うつむき気味に上目づかいで、わたしはかすれた声をだす。
「――その、ごめんなさい」
「でも」
イツキは、とくに怒ったような表情を見せずに、淡々と言葉を続けた。
「ミヤは、ぼくの考えを感じとって、すぐに行動に移してくれる。いきなり突っこんでいくところもあって失敗もするが、ぼくの手足となって、アシスタントの役割を担ってくれている。彼女には感謝をしているんだよ」
「――うん」
「でもね、本当に、止める間もなく突っ走っちゃうんだよね……」
呆れたという感じを漂わせて、イツキは額に手をあてて首を横に振った。
「きみが、性格までもミヤそっくりで、ふたりそろって一緒に突っ走ったらどうしようかって思っていたんだ。よかったよ、きみがミヤと真逆のタイプみたいで」
そして、イツキはホッとしたようにため息をついた。
わたしは、なんて返事をしたらいいのかわからなくて、あいまいに笑みを浮かべる。
人見知りであがり症、ミヤのように、ただ積極的に行動に移せないだけだ。
やっぱりわたしとミヤは、見た目はそっくりだけれど、左右対称だ。
性格も、どうやら鏡のように正反対みたい。
わたしとイツキは、ミヤを待ちながら、小声で話をしていたけれど。
――ふと、気がついた。
背筋に悪寒が走る。
もしかして、オオカミのいびきが、止まってる……?
イツキも気がついたらしく、わたしと同時に窓から中へ視線を向けた。
オオカミは、まだベッドの上で大の字になって目を閉じていた。
でも、もぞもぞと手を動かしている。
これって――もしかして、起きちゃいそうなの?
起きちゃったら、オオカミは家から出ていっちゃう?
赤ずきんちゃんとおばあちゃんを、助けられなくなっちゃう!
「まずいな。きっと時間が経ちすぎたんだ。このままだと起きてしまうかもしれない」
「どうしよう」
おろおろとしながらも、わたしは、一生懸命考える。
そして、ワラにもすがる思いで両手のひらを組んで、わたしはぎゅっと目をつむった。
「日咲?」
イツキの呼ぶ声が聞こえたけれど、わたしは、自分ができる精一杯のことをする。
ねーんねん ころーりよ おこーろーりーよ
ぼーうやは よいー子だ ねんーねーしーな……
目をつむって子守唄を歌うのは、イツキの向ける視線が恥ずかしいからだ。
でも、オオカミをこのまま眠らせる方法は、わたしにはこれしか思いつかなかった。
「――日咲」
歌い続けて、どのくらいの時間が経ったのだろう。
わたしの耳もとで、イツキのささやく声がした。
「日咲、オオカミは眠ったみたいだ。もう大丈夫だと思う」
「――え?」
慌ててわたしは、目を開く。
そして、口もとを両手でふさいだ。
すぐそばに寄せていたイツキの整った顔に気がついて、そのことに悲鳴をあげそうになったわたしは、どうにか持ちこたえる。
せっかくオオカミが寝ているのに、大きな声をあげたら起きちゃう!
「日咲の機転で助かった」
「そんな……。うまくいくのか、賭けだったから……」
「それでも、思いつきで子守唄を歌うなんて、ぼくにはできないことだ。日咲って、歌がうまいんだな」
そう続けたイツキに、わたしは反射的に答えた。
「わたし、左利きがコンプレックスで、なかなか積極的に行動できないの、でも、歌うことは好き。だから」
ハッとして、顔をあげてイツキのほうを見た。
それまで、無感情で冷たそうだったイツキだけれど。
なんとイツキは、わたしの頭に片手を乗せると、ポンポンとしたのだ。
え? これって、わたし、ほめられてる?
そりゃあ、イツキのほうが年上だろうけれど、なんだかわたし、ちいさな子ども扱いみたいじゃない?
そのとき。
「お待たせ! 遅くなってごめんね!」
遠くから、ミヤの声が聞こえてきた。
声のするほうへ顔を向けると、背の高い大柄な男の人と一緒に、ミヤが手を振りながら近づいてくる。
「よかった! 無事に猟師さんと出会えたんだ」
わたしもイツキも、ホッとした表情になる。
「いやあ、おばあさんの家にオオカミが出たんだって? 迎えにきた、このお嬢ちゃんに聞いて、急いできたんだよ」
猟銃を手にした猟師さんは、わたしとイツキのそばまで寄ってきた。
そして、窓の外から中をのぞきこむ。
「ああ、本当だ。これは急がないと」
そう言うと、猟師さんは家の扉のほうへ回りながら、わたしたちに声をかけた。
「きみたちは危ないから離れていて。いまからオオカミを撃ち殺して、おばあさんたちを助けるから」
「お願いします!」
ミヤの言葉に、猟師さんは手をあげる。
そして、独り言のようにつぶやいた。
「森の向こう側にオオカミが出たって言われたから、あっちを見回っていたんだがなあ。まったく逆の場所にオオカミがいたのか……」
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