#2「魔族より」

「それで、結局逃げられたの……?」

 エレンが尋ねると、サービスは無言でうなづいた。




 ――時刻は昼過ぎ。

 サービスは街にある酒屋で上司のエレンとランチタイムを過ごしていた。

「なんで駆除しとかないのよ……。これでも私たち、退治屋でしょ?」

 エレンは呆れたように言うと、グラスを持ち、黒ワインを一口飲んだ。

「…………だって、戦う気なくなっちゃって……」

 サービスもコップの水をちょびっと飲む。

「いやいや、そっちも殺されそうになったんだからさー。……もー、お人好しなのかバトルジャンキーなのか分かんないよ……」

 呆れられても、サービスは顔色一つ変えず、ただ料理を待っていた。

「……とにかく、明日も午後から仕事入ってんだから。そういうのはほどほどにね」

「わかり、ました」

 そのとき、「おまたせしましたーっ」という声とともに、料理が運ばれてきた。

 テーブルに皿が置かれた直後、フォークとナイフを手に取ってステーキをガツガツと食べ始めるサービス。

 エレンはため息をついたが、やがて皿の上の料理を食べ始めるのであった。




 * * *




 店を出てエレンと別れると、サービスは家への帰路を歩み出した。


 ――なにも見つからない、なにも手に入らない毎日。

 ただただ時間だけが過ぎていき、”宝物”の在り処は分からない。

 そんな「空っぽ」から気を紛らわしてくれるのは、やはり”戦い”だった。

――『殺す』

 自分に対して明確な”殺意”を向けてくる物をズタズタに壊すのが、何よりも快感なのだ。

 だが、先程の魔族は違った。

――『仲間を守りたい』

 それが、あの赤ピンク髪の魔族が、サービスと戦う理由だった。

 あの魔族にたいした”殺意”はなかったのだ。

「……そんなんだから、冷めたんだ」

 だから、左腕だけで済ませた。

 確定した”殺意”がない相手なんかに、余計エネルギー使いたくなかったから。

「……明日の仕事は、もう少し”殺意”ぶつけてくる奴だといいな……」


 そんな独り言を呟きながら、ちょうど噴水広場に差し掛かったとき――。

 見覚えのある人物――いや”魔族”がいた。

 人型、黒いローブ、赤ピンクおかっぱぱっつん……。

「ハァ、どこよあいつ……」

 普通に噴水の縁に座っていた。

「……あと、貰ったはいいけど、これ、味しないわね……」

 しかも、ちゃっかりネギまで持っていた。

 「どこから奪ったんだろう」と思いつつも、サービスは見てみぬフリをして魔族の前を通り過ぎたが――

「あ!」

 普通に気づかれてしまった。

「ま、待ちなさい! ちょっと!?」

 しかし、すでに建物の隙間に入って相手の視界から外れていたため、案外簡単に巻けた。




 ――と、思っていたがである。

 結局、家を特定され、強引に押し入られてしまった。


 狭くて汚い床壁に、窓は割れ、家具はボロボロのベッドだけ。

 そんな貧乏な家だったが、魔族は文句一つ言わなかった。

 私がベッドの上でゴロンとすると、魔族はその近くに来て、正座した。

 そして――

「――改めて、さっきは私のことを見逃して、くれて……、その……」

「……『ありがとう』?」

「ちっ! ちがうわよッ!」

 魔族は一瞬顔を赤らめたが、「……コホンッ」と咳払いをすると、再び口を開いた。

「……自己紹介が遅れたわね。私は、エバラ・イビラッター。見ての通り人型の魔族。ちなみに今、このローブの下は全裸」

 「最後の情報、必要だった?」などという言葉は口にはせず、エバラが言葉を区切ったタイミングで、サービスはむくっと起き上がった。

「帰っていいよ」

 それだけ言って、またベッドに寝る。


 サービスが眠ってしまい、魔族はしばらくポカンとしていた。

 やがてドン引いた様子でまじまじとサービスを見た。

「……えぇ、普通寝る……? 魔族いるのに……」

 不用心にもほどがある。

 もっとも、エバラもかなり不用心だが。

 仕方なく、ローブのポケットに入れていたネギを取り出す。

「……これで、なにか作るか……?」

 だが、この家には調理台もなければ食材もない。あと食卓もない。

「……でも、これぐらいもできなきゃ……」

 考えに考えた結果、魔族は――




 * * *




「……う、ううん……」

 サービスはベッドの中で目を覚ました。

 外はすでに夕暮れで、サービスは薄いかけ布団を引っ剥がすと、起き上がって伸びをした。

「……そろそろ夕食、食べに行くか……」

 そう呟いてベッドから降り、立ちながら目をこするサービス。

 そのとき――

「じゃ、じゃじゃーんっ!」

「……?」

 あの魔族の声……。

 「まさかまだいたの?」と思いつつ、ひとまず姿をとらえる。

 ――そこにあったのは、予想外の光景だった。

 素朴な木製テーブルの上に、白い皿。皿には、こんがり焼けた筒状の肉がのっていた。

「……んん?」

 状況が飲み込めず混乱しているサービスに、エバラはソロリソロリと歩み寄る。

「……その、これ、お礼……。私の、左腕の、残った肉……。冷める、前に、召し上がれ……」

 シドロモドロでとんでもないことを喋るエバラ。

 皿にのった肉は、俗に言う”魔族の肉”らしい。

「…………ッ!」

 サービスは言葉も出ないまま、されるがままに、そのまま魔族肉を食べたのであった――

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夜道不注意サービスちゃん! イズラ @izura

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