1.魔族と花とサービスと

#1「花から」

 朝日のもと、陽光に輝く草原の中、少女は独り歩き続ける。

 金髪おかっぱ、前髪を上げて縛ったチョンマゲは上向きにはねていた。

 左手の使い古された剣を引きずりながら、ただひたすら進む。

 何時間ほど歩き続けただろう。

 ふと、少女は立ち止まる。

 そして、やつれたジト目で辺りをしばらく見回した。

 だが、空と雲、太陽、そして果てしない草原以外に見えるものは何もない。

「……は」

 疲れた声で何かを呟こうとした、その瞬間――

「――誰よあんた」

 言葉は、女の声によって遮られた。 

「……っ!」

 少女は驚きと同時に、まるで千の財宝でも見つけたかのような笑みを浮かべた。

 そのうちニコニコとブツブツと何かを呟き始め、紅い瞳は焦点が合わなくなっていた。

「あー、やっぱ名乗らなくていいわ、君……」

 ”声の主”は上空に姿を現し、少女を見下ろしていた。

 黒いローブの人型ひとがただ。

 赤ピンク髪おかっぱ、前髪はぱっつん。


 互いが互いの目を見たその瞬間――

 戦いの火蓋は切られていた――


 少女は「キャハッ!」と狂って笑い、手に持った剣を天に掲げる。

 声の主も不敵な笑みを浮かべ、上空に浮いたまま、右てのひらを地に向けた。

「……命乞いのちごう間もなく、天国に送ってあげるから」 

「『落下夜行ダウンナイツ』」 


 先手を打ったのは少女――――サービス・ダウン・セルフィス。

 夜魔導よるまどう、縮めて夜導やどうの使い手である。




 * * *




「――サービス、正直になるんだ」

 ある日、母さんから言われた言葉。

 「ショージキって?」と問いかけてみたが、母さんは「ふふっ……」と笑い返すだけだった。

 母さんの綺麗な紅い髪。こっそり引っこ抜いては集めていた。

 それを、私の”宝物”に、一本ずつ縫いつけた。

 どんどん赤くなってく、綺麗な、「は」。

 そんな「は」を、これからもずっと愛でていたい。

 私たちは、生まれた頃からずっと一緒にいた。

「は

「は

「は

「は

「は

「は

「は

「は

「は


 ――そんな私の「は」が、奪われた。

 ある朝のことだった。

 ”それ”が家に来たのは。

 『魔族』は私たちを”チミドロ”にした。

 頭を何度も殴られながら、「母さん!」と叫んだ。

 そうだ、もう母さんはいない。

 今度は「……父さん!」と叫んだ。

 誰も来ない。

 そして、 「は」は取られた。

 あの時は、迫りくる”殺意”と”死”の気配で、心がどうかしそうだった。


 そんなことがあったのに、私は今も生きている。

 『魔族』と戦っている。

 今はもう、”殺意”は怖くない。

 だから――


「――――そのっ殺意を――――ッ!」

 相手からの”殺意”に、自分の全力の”殺意”をぶつける。

 それこそが、戦いの”快感”。

 この瞬間だけは、あんな”愛”と”憎悪”はどうでもいい――!

 ただ、自分のためだけに――!




* * *




 ――『落下夜行ダウンナイツ』は、空の向こうに広がる『夜』の一部を切り取り、エネルギーとして引き寄せる。

 引き寄せたエネルギーを対象にぶつけることで、攻撃として相手にダメージを与えることができる夜魔導――

 

 


 圧倒的格差、それが勝負を一瞬で”終わらせた”。

 赤ピンク髪の魔族は左手首を失い、草の上で仰向けに倒れていた。

 一方、サービスは無傷。隣に寝転がり、じっと空を見つめる。


 魔族は「うぅ……」とうなり、どうにかして起き上がろうとした。

 だが、傷だらけの肉体からだが麻痺して動けない。


「……違った」

 サービスが退屈そうな顔で、ボソッ言った。

「……何が?」

 魔族は横目でサービスを睨みつける。

 その瞳は、”憎悪”に満ちていた。

「……まさか、”人違い”とか、言わないわよね……?」

 その言葉に対して、サービスは何も言わなかった。

「……高貴な魔族の、プライドを、傷つけておいて……?」

 怒りを露わにした魔族に対しても、サービスは無言。

「……もう、最悪よ……」

 すすり泣くような声も、青い空が全て吸い込む。

 サービスは何も、何も言わなかった。

 しばらくの間、魔族の泣き声だけが響き渡っていた。

 



 何度もはなをすすり、ようやく涙も止まった。

「……?」

 ふと耳を澄ませてみれば、隣からは「スー……、スー……」と。

「……もう、本当に、最悪……」

 少女は、ずっと前から夢の中だった。

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