第7話 7

 やってきたアリアの後ろには、ヤシマとハヤセの姿もあった。


「――なんだ、もう良いのか?」


「いつまでも私達が居座っては、みんなも楽しめないでしょう?」


 アリアはクスリと笑いながら、両手に持った料理の大皿を掲げて見せた。


「そうそう。良い上司ってのは、適度に部下にハメを外させてやるもの。そう教えてくださったのは陛下ですよ」


 ヤシマもまた、料理の皿をテーブルに乗せながらそう微笑む。


「年寄は年寄りで楽しもうってワケさ」


 ハヤセが両脇に抱えた酒瓶を並べる。


「ま、たまにはそれも良いだろう。

 ミィナ、紹介がまだだったな、こいつは最後の四公――宰相も務めとるヤシマだ」


 妾は鼻を鳴らして、ミィナにヤシマを紹介した。


 ふたりは互いに名乗り合って、握手を交わす。


 三人が席につき、グラスを打ち合わせた。


「ええと、それでアリアさん達がヒノエ様の眷属って?」


「ああ、そのままの意味ですよ。

 肉体的、魔道器官的に僕達は陛下の血族となったのです」


 酔っとるのか、ヤシマは自慢げに胸を張りながらそう応えた。


 アリアが苦笑する。


「それじゃわからないわ。

 陛下に保護してもらった時、私達三人はボロボロで……死にかけていたんです」


「そうそう。フソウへの入り口は議会のクソ共が閉鎖してて、医療室に運び込む事もできなくてな」


 ヤシマがアリアの言葉を引き継いで説明を始めた。


「そこで、今にも死にそうなガキ共の為に、陛下は自らの血を与えたのよ」


「……血を?」


 不思議そうな表情を浮かべるミィナに、妾は補足する。


「妾のこの身体は、極小素材ナノマテリアルで構成されておる。故に血を呑めばそれは万能素材として、身体を癒やす事ができるのよ」


 極小素材ナノマテリアルは、ミィナが使っとった聖櫃を含む、再生器にも使われとるものだ。


「あの時は緊急時だったからな。こやつらを救うのに他に手段がなかった。

 ……結果、こやつらを妾に付き合わせてしまう事になろうとは、思いもしなかったがな」


「――そんな! 私は陛下に救って頂き、永きに渡ってお仕えできて幸せです!」


「――僕もですとも!」


 アリアとヤシマが前のめりで断言する。


「ミィナ、陛下の血を受けた者は、その万能素材が身体を造り変えて、<妖属バイオロイド>の特性を宿す事になるのよ」


 ふたりの勢いに苦笑しながら、ハヤセがミィナにそう説明する。


「俺自身も、陛下と一緒に異種起源遺跡を巡ってた頃に大怪我して、血を呑ませてもらった。

 あの時はまだ、そんな効果があると思っていなくてな? 俺が長生きなのは、単に第一世代だからだと思ってたんだがな」


「妾も正直、そう思っとった」


 おかしいな、と思ったのは、この地に戻って来てからだ。


 とうに第一世代はみな亡くなっておって、一番の年寄りの第三世代がひとりだけ残っておるだけでな。


 第一世代など、数百年前にはみな亡くなったと教えられた時は、ハヤセが生きておる事を不思議に思ったものよ。


「てっきり、俺が鍛えまくってる結果だと思ってたんだがなぁ……」


「あの時までは、妾もその可能性を考慮してたんだが、今にして思えばんなワケないわな」


 頭を掻いて苦笑するハヤセに、妾も苦笑。


「新たに妾の血を受けた三人が、いつまでも若いままなのに気づいて、妾は我が血の副作用を識ったのよ」


 妾同様に不死なのか――それともいずれは老いるのかまでは、いまはまだわからん。


 だが、少なくとも四公とウツロは、二千年前の姿のままなのだ。


「ま、そうしてこやつらと共に、妾はトヨア皇国を興して今に至るわけだが……

 ――話を戻すとな、妾は今でも時折、夢に見るのよ……」


 妾は新たに酒を注いだ盃を持ち上げ、ハヤセ、アリア、ヤシマの三人の前を順に巡らせる。


 この場に居ない、ケイやウツロも含めて、長く長く妾に仕えてくれた者達だ。


「この地に満ち満ちた人類が発展して行き、やがては自らの力であの憎き月をも討ち倒して、再び外の世界に……あの未知に満ち溢れた星の海へと船出してくれるのではないか、とな……」


 その時に妾もまた、愛おしい我が子らと共に戦列に加わる事ができたなら、これほどの幸せはないだろう。


「……ヒノエ様は帰りたいのですか?」


 ミィナが妾の顔を見つめて問うてくる。


 妾は首を振った。


「――望郷ならば、ホームを失った遥か過去に諦めたよ」


 あの頃に戻りたいという気持ちは、今も確かに残っておる。だが、ホームはもう戻っては来ないのだ。


「この気持ちは望郷ではなく……子を思う親の気持ちなのだろうな」


 大切な仲間達の子孫だからな。


「正しく成長し、幸せになってくれれば良いと……そういう類の願いなのだろうな」


 月を越えて船出して欲しいというのは、あくまで妾の望みだ。


「より長く、人類として生き続けられるのならば、なにも外に出なくとも構わんのさ」


 トヨア皇国の皇として立ち、国の発展を見守ってきた今の妾にとって、それ以上に願うのは、より長く、強く生き続けて欲しいというものだ。


「あらゆる憂いから解放され、ただみなが幸せに笑っておれるなら――それが妾が夢見る光景なのよ」


 鼻を鳴らしてそう結べば、ミィナ以外の三人が深々とうなずく。


「そしてその実現こそが陛下の眷属たる、俺達の仕事ってな!」


 ハヤセが片目をつむってニヤリと笑う。


「……良いなぁ……」


 ミィナがポツリと呟いた。


「みんなが笑っていられる世界……それって、すごく良いなぁ……」


 細い肩を震わせ、その透き通った青い瞳をきらめかせて、ミィナは拳を握り締めながら続ける。

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