第7話 6
妾は食堂の中を振り返る。
アリアの三曲目が始まるところだった。
母への感謝を唄う歌。
それまでギターがメインだった曲調が変わり、ピアノが主旋律となる曲だ。
ヤシマは一瞬目を見開いてアリアを見たが、アリアは苦笑して肩を竦め、それから妾を指差した。
その仕草に、ヤシマもまた苦笑。肩を竦めてギターを掻き鳴らす。
「そうだな。あの二人――いや、ウツロも含めて三人だな。あやつらを保護したのもあの頃だ……」
「そういえばリーシャが、四公とそのウツロさんはトヨア皇国ができる前から、ヒノエ様に従ってるって言ってましたね」
「うむ。あやつらを拾った頃はまだこの地にあったのは国ではなく、あくまで搭乗員の子孫達が暮らす共同体という体だったのよ」
法はあっても統治者はおらず、各分野の専門家による合議で日々を成り立たせておったな。
「この頃の妾は、各地に散った開拓者達の子孫に力を貸す為に大陸中を周っておった。
もはや妾の事を知る者がおらん土地もあって、時の流れを思い知ったわ」
そういった土地では、原始的な国――といっても、現代から比べると市や大きな街程度なのだが――が興っていて、開拓者のリーダーの直系を王に据えて独自に発展しておいった。
そうミィナに説明すると。
「アーガス王国なんか中世風ですもんね。技術とか残さなかったんでしょうか?」
不思議そうに訊ねてくる。
「子孫の劣化が進んでおったのよ。
魔道器官の出力はかつての十分の一以下となり、動かせぬ機器も増えとった」
現在、魔道器と呼ばれとる魔道科学の機器は、使用者の魔道器官に接続して用いられる。
<大航海>時代の我らの魔道器官を基準に造られとるそれらは、退化した者達には使用できなかったのだな。
「ああ、リーシャから聞きました。ヒト化って言うんでしたっけ?」
「うむ。魔道を日常的に用いる血筋はともかく、使わぬ者達はどんどん劣化が進んでいったようでな。
現代の王や貴族となった連中も、当時のヒトの中では比較的劣化が比較的少なく、魔道に優れていたからだろうな」
もはやこの地に戻る能力も知識も失われて、連中はまるでホームの――まだ人類が宇宙に飛び出す遥か以前の、太古の生活をしておったよ。
「笑えるのは、妾の創作の一部が神話や伝説として伝わっておった事だな。
――泣き虫竜と猫船長って知っとるか?」
猫をモチーフにしたキャラを主人公にした物語だ。
船乗りだった彼は、ある日嵐で遭難してしまい、とある島に流れ着く。
なんとか島を脱出しようと辺りを探るうちに、島で眠っていた竜と出会うのだ。
「知ってます! 文字を覚えるのにマウリおばさんがくれた絵本の中にありました!
長い生に疲れた竜に、世界は楽しいよって猫船長が教えてあげて、ふたりで一緒に島を出るんですよね!
あれ、ヒノエ様が作ったお話なんですか!?」
「今に伝わっているのは、当初とは終わり方が変わっておるがな……」
「へえ~。本当はどんな終わりなんですか?」
興味深げに訊ねるミィナに、妾は首を振った。
本来ならば竜は、猫に協力はするものの、結局は自身の持つ力が外界に及ぼす影響を恐れ、猫を送り出して再び眠りに就くのだ。
いずれ戻ってくると告げる猫を待ち続けて……
「今の終わりの方が良いデキだ。わざわざ不出来なモノを引っ張り出す必要もなかろう」
「あ~、黒歴史ってヤツですね。ちぃちゃんのお姉ちゃんもそういうのは深く追求しちゃいけないって言ってたっけ……」
「――む、ま、まあ、そんなところだ」
あの締めは、あれはあれで傑作だと信じておるのだが、確かに振り返ってみれば当時の鬱屈とした気持ちが物語に表れている気もして気恥ずかしくなってくる。
深く追求しないというのならば、自らほじくり返す必要もなかろう。
「あー、話を戻すと、だ。
使えぬ技術は当然失われていく。代を重ねる度に、知識もまた散逸したのだろう。
だからこそ妾は、もはや妾が干渉すべきではなく、彼ら自身の発展に任せるべきと考えて、数百年ぶりにこの地に帰って来た。
そして、驚いたよ……」
この地にはフソウが残しておいたし、再生した搭乗員の直系がまだ残っておったから、よそより劣化は緩やかだったのだがな。
……それが仇となった。
「劣化した者達をヒト化と呼び、排斥――いやもはや差別だな。劣等種としてひどい扱いをしておった……」
ブチギレたよ。
妾にしてみれば、劣化しておっても見知った仲間達の子孫だ。
ただ魔道的、肉体的に弱いというだけで、人類の末裔であることには変わりない。
だというのに、連中は同じ人類を違う種として扱っておったのだから。
「――わざわざ法まで作り、排斥する事を正当化しとった。
だから……妾は議会を、議員達を皆殺しにし、自ら皇として立つ道を選んだのだ」
合議制だった議員達の子孫は世襲を重ねる事で権力に酔い、自らが保有する知識を民達から秘匿しておって、共同体は妾が旅出った時より衰退すらしておった。
「じゃあ、トヨア皇国ってその時にできたんですか」
「ああ。放置しておいたら、共同体は各地に興ったばかりの国々さえ劣等種として侵略しかねん勢いだったからな」
この地に残るフソウと、それに付随する技術と知識。
それらを正しく管理する為に、妾は皇となったのよ。
妾は再び食堂のステージで唄うアリア達を見る。
「アリア、ハヤセ、ウツロはな、親が劣等種として排斥されておった子供達でな。
本人らは先祖返りなのか、強い魔道器官を持って生まれたせいで、親に虐待を受けておった」
荒れ果てた貧民街で、ケイやハヤセと共に三人を保護した頃の事はいまでも覚えとる。
与えた部屋の隅で身体を縮こまらせ、暗い目で虚空を見つめる子供。
「みな、この城に来たばかりのおまえと同じ目をしとったよ」
だからこそ、三人は必要以上にミィナに感情移入してしまうのだろうな。
「じゃあ三人にとってヒノエ様は、お母さんなんですね」
目を細めて羨ましそうに、ミィナはアリアを見つめる。
「まあ、最近のあいつらは口うるさい小姑みたいだがな。
ガキの頃は、そのように思ってくれていたかもしれん」
なにやら気恥ずかしくて、妾は顔を逸らしながら応えた。
「あれ? でも、三人も搭乗員の人達より劣化してるんですよね?
なのに長生きなのは、先祖返りだからですか?」
「いや、それはな――」
「――私達が陛下の眷属となったからですよ」
と、妾の言葉を遮ったのは、テラスへとやって来たアリアだった。
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