第7話 5
「はじめの千年は、自己進化に費やしたな……」
この星を脱出する為、ひたすらにフソウの進化・改造を繰り返し、その度に長い休眠に陥っておった。
目覚めてはケイが予測した月の戦力とシミュレーション比較を行い、その度に絶望してはさらなる進化を目指すを繰り返しておった。
……何度進化しても一向に埋まらぬ戦力に、妾の心は次第に摩耗していき……
「もはやなんの為に進化を目指しておったのかすら、自分ではわからなくなった頃に、ケイが言うたのよ。
――ちょっとこの星を回ってみない、とな……」
それは、今にして思えばケイなりに気を遣っての事だったのだろうな。
ユニバーサル・スフィアに生きる精神生命体のあやつと違って、妾は肉体の影響を受けるローカル・スフィアに縛られた存在だ。
いかに不老不死に近いとはいっても、ローカル・スフィアに収められた心が壊れかけておって、ケイはそれを心配したのだろう。
なぜ、
「……渋る妾をケイは強引に気圏探査機に乗せてな――ボクらの他に生き残りがいるかもしれないじゃないか、と、そう言いよるのよ」
そこに希望を見出したが、見つかったのは仲間達の成れの果てばかり。
――生存者はおらんかった……
「……結局、今では遺跡と呼ばれとる――
妾はそこから活用できるものをフソウに持ち帰り、進化の休眠に入ろうととしたんだがな……
そこでケイがまた言いおった。
――異星起源種の遺跡を巡ってみよう、とな……」
妾の進化は、あくまで人類の技術体系を発展させたものに過ぎない。月に打ち勝ち、この星を脱出しようとするなら、敵の技術を知るべきだ、と――ケイに説得されて、妾達は再び惑星中を巡った。
「そこでこの星が時空間の研究をしとった、異星起源種の実験場なのだと知ったのだがな。
……妾達は改めて、彼我の戦力差に絶望させられたよ。
人類は<大崩壊>後、<
だが、時間と空間を操る術までは手に入れてなかったからな……」
「あれ? でもヒノエ様、さっきその扇やお酒をなにもないトコから取り出してましたよね?」
「ふっ、よく見とるの。
ああ。あれは異星起源種の遺跡を解析して、ようやく再現できるようになった魔法よ」
妾は酒の入ったひょうたんを揺らして見せる。
「数百年解析して、ようやくこの程度の小物をしまえる程度。
この力を自在に操る防衛機構とは比べ物にならんほどに、ちっぽけな力だがな……」
自嘲気味に哂い、妾はひょうたんから新たに酒を注いだ。
「異星起源種の遺跡を調べれば調べるほどに、その高度な技術を見せつけられてな。
二千年を過ぎた頃には、もはや妾はなにもかもを投げ出して、それはもう自堕落な生活を送っておったよ……」
好きな時に寝て、好きな時に起き、ホームから持ち出せた膨大なサブカルライブラリに没頭しとった事もあったな。
「その頃だったかの?
妾、ある日、謎のハイテンションに襲われて、創作活動に手を出してな?」
「……そうさく、かつどう?」
それまで妾に同情して目に涙を浮かべていたミィナが、言葉の意味が理解できなかったのか首を傾げる。
「ああ、残念な事に絵心はなかったみたいでな、三十年ほど練習してみたが一向にうまくならんから諦めた。
ゲームもケイのが面白いのを作りよるから、妾はもっぱらプレイする側だったな……
――唯一、ケイが絶賛してくれて、長続きしたのが文章でな?」
「え、えと……はい」
「当然、書いたら読んでもらいたくなるだろ?
だが、この星には妾とケイしか人がおらん。
そこで思ったのよ。人を再生しちゃおう、とな!」
扇を広げつつ、妾は胸を張って見せた。
当初は月に打ち勝ち、この星を脱出してから再生させようという計画だったんだがな。
進化に進化を重ねた妾にとって、搭乗員はもはや枷にしかならないからの。
この星に不時着した時のような絶望を再び味わいたくなくて、後回しにしとったのよ。
それをひるがえしてまで人類を再生させたのは――ケイもまたそれに反対しなかったのは……恐らく、妾達も精神的に限界だったのだろうな。
――寂しさ故に、合理的な判断ができなかったのだ。
「再生って……ああ、そっか。聖櫃ですね?」
「それよりもっと専門的なモノだな」
聖櫃は妾の予想だと、登録者のローカル・スフィアが死を認識した瞬間、その内部に転移させ、肉体を再生させる機器のはずだ。
一方、妾達が当時造ったのは、データから肉体そのものを生み出すという代物。
戦艦であるフソウには、病院船のように肉体的な死から再生させる機器は搭載されとらんかったから、すべてイチから組み上げる事になった。
幸いフソウの記録ライブラリに流用できそうな機器の図面が残っておったから、それほど時間はかからなかったな。
「搭乗員の生体構成データも残っとったから、五十年後には搭乗員全員を再生させる事ができた。
――ハヤセもその世代だな」
搭乗員二百六十九名は、死ぬ直前までの記憶を持たせて再生させた。
「ケイが状況を説明すると、連中はかつての妾のように、この星からの脱出を目指して活動を始めたよ」
生活基盤を整える事に専念する者。
技術発展を目指して、各地の異星起源遺跡を探索する者もいたな。
ハヤセ達、強襲揚陸部隊員達は僚艦の残骸を巡って、まだ使えそうな機材を集めとったな。
……妾が書いた物語は、あまり読んでもらえなかったから黙っとく。
「搭乗員同士で結ばれて、子を成し、さらに増えていく。
三十年ほどで人口は千を越えた」
フソウの居住区画だけでは収まりきらなくなって、外殻に都市を築いたのもこの頃だったな。
「そうして子ができるとな、搭乗員達の中から『もう良いのではないか』という声が上がり始めたのよ。
絶望的とも思える月の防衛機構を無理に突破せずとも、この地に根ざして生きていくべきではないか、とな……」
搭乗員――親となった、第一世代達がそう言い出す理由もあった。
「生まれた子らがな……親達に比べて、身体性能が貧弱でかつ寿命も短かったのよ」
「……え?」
「搭乗員達は長く過酷な航海に耐えられるよう、受精卵の段階で様々な調整を受けていたが、子らにはそういった処置ができなかった。
あるいは再生器の不具合も考えられる。
所詮は素人が造ったモンだ。当人達はともかく、子までは親が持っておった因子が受け継がれなかったのだろう」
こればっかりは妾もケイも、本当にやらかしたと思ったわ。
とにかく搭乗員を再生させる事ばかり頭にあって、子や子孫にまで考えが及んでおらんかった。
処置用の機器を製造する事も考えたが、妾のデータベースにはその図面はなく、それまでに発見できた僚艦からも、それに関係する機器や図面データは見つかっていなかった。
「自分より先に老い始めた子らを見て、多くの搭乗員が絶望し、脱出を諦めるのも仕方ないというもの……」
ミィナには聞かせんが、自ら命を断つ者が続出したほどだ。
「そんなわけでな。穏やかにこの地で暮らして行きたいという連中の願いを、妾は無碍にできんかったよ。
そうして妾は――妾達は、この星で生きていく事を決めたわけだ」
搭乗員達は法を整え、周囲を開拓し、いつか来るやもしれぬ妾無しの生活できるよう、農耕や狩猟の真似事も始めて。
妾は連中が自立できるよう、あえて手を出さずに――暇を持て余して、創作活動の糧にしようと、以前にようにこの星のあちこち周っとったな。
「そうしてさらに千年が穏やかに過ぎた……」
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