第7話 4

「……我らは衛星――あの忌々しい月を越え、惑星への降下ステーション建設の為に天体平衡点に船団を集結させた」



 妾は扇を持ち上げ、今日も真円を描いて頭上に君臨している月を指して見せた。


「天体平衡点って?」


「簡単に言うと、この惑星と衛星から受ける重力と慣性力が均衡を保つ宙域だな。

 惑星と衛星の周囲には全部で五つ、そういう宙域があるのだが、我々が選んだのは惑星と衛星を結ぶ直線上にある宙域だった」


 そう説明してやったが、ミィナは首をひねった。


 ミィナは異世界で高度な教育を受けていたはずだが、幼くしてこちらに喚ばれた為か、物理と数学が複雑に絡み合ったこの手の知識は修めていないようだな。


「まあ、わかりやすく言うなら、船を動かさなくても勝手に惑星と衛星の間の位置を保持し続ける宙域と思うが良い」


「あ、そっか。月って惑星の周りを回ってるから、普通なら時間経過で位置が変わっちゃうのか。でもその宙域にいる間は、その位置を維持できる」


 思いの外、ミィナの理解力が高い。


「うむ。

 その宙域に、月から資源を採掘して天体平衡点にステーションを建造し、そこを基点にこの星を開拓しようというのが、当初の計画だった」


 長い長い航海の間、幾度となく繰り返されてきた作業工程だ。


「ステーションは手持ちの資材で基礎構造体が組み上げられ、世界基準時ワールドクロックで半年後には、資源採掘団が衛星に派遣され……今にして思えば、それが引き金となったのだろうな……」


 妾は盃を煽って、熱い息を吐き出す。


「結論から言うと、月はこの惑星を守る異星起源種文明の防衛機構だった」


「異星……宇宙人って事ですか?」


「そんな古い言葉、よく知っとるの?

 ホーム時代でさえ廃れていた死語だぞ」


 母星以外の惑星も開拓されて、人類居住圏は星系内のほとんどの惑星に広がっておったからな。一時は差別用語に指定され、そうするうちに廃れて使われなくなった言葉だ。


「まあ、認識としては大差ない。

 人類以外の知的文明を指して、我らは異星起源種文明と呼んでおった。

 まあ、すでに滅んでいるのか、この広い世界でまだ出会えてないだけなのか……我らはその痕跡――遺跡しか発見できておらんかったのだがな……」


「あの月もそういう遺跡のひとつだったという事ですか?」


 ミィナの問いかけに妾は首を振り、苦笑を浮かべた。


「月だけではない、この惑星もまた、異星起源種文明の遺跡――いや、実験場だったのよ……」


「――は?」


 ミィナの目が見開かれる。


「人類が発見した遺跡は、それこそ数え切れないほどあるし、異星起源種文明も――少なくとも五つはあると推察されておった。そのどれもが人類を遥かに超える高度な知恵と技術を持つものばかりでな……」


 一息に説明し、妾は自嘲気味に肩を竦める。


「そもそも人類が魔道科学を手に入れたのも、ホームに飛来した異星起源種文明の遺跡を解析したからと伝えられておる。

 妾が生み出される前の話で、しかも当時の記録や資料はホームと共に失われとるから、真偽は定かではないが、な。

 ――話しが逸れたな……」


 妾は再び月を見上げる。


「後に調べた限り、この星に異星起源種はおらんかった。滅んだのか去ったのかは定かではないがな。

 わかったのは、この地がなんらかの――空間操作系の技術研究をしておった実験場らしいという事だけだ。

 だが、奴らが遺した遺跡は今もまだ生きておって、その役目を全うしておる。

 ――だから……妾達は防衛機構たる月に襲われたのよ……」


 ……始まりは真空のはずの宇宙に響いた、笛のような音だった。


 船団のすべての者が耳にしたその音に次いで、月の周囲の空間が水面のように揺らいだ。


「……地獄の始まりだったな。

 あらゆる方向から、戦艦の主砲クラスの重レーザーが降り注いだ。しかもそれは魔法のように追尾までしてきおると来た。

 最初の一分で、三割の船が沈められたよ……」


 戦闘艦、非戦闘艦の別なく。


 とにかくこの惑星宙域に近づいた異分子を排除する為に、月は容赦なく妾達を攻め立てた。


「船団首脳陣が対応協議する余裕すら与えられず、故に首脳陣は各艦隊独自判断で攻撃範囲外への離脱を指示した。

 妾は月からの攻撃を避ける為、率いとった艦隊と共に惑星のを盾にするように移動したのだが……」


 それが決定的な判断ミスだった。


 そもそも月は砲門ではなく、のを考慮しとらんかったのだ。


「この星の重力圏を利用して、惑星の影から一気に離脱する目論見だったのだが、月にとってそれは無意味な行動だったようだ。

 惑星の陰に入っても、重レーザーは変わらず妾達を襲い続け……なまじ惑星に近づきすぎていた為に、撃墜された僚艦は次々と重力に引かれて墜ちて行った。

 そして気づけば、生き延びておるのは妾だけとなっておった」


 攻撃が始まってから五分も経っていなかったと思う。


「ここに来て、妾はこの宙域からの離脱を断念し、生存を優先する事にした。

 撃墜を装って、惑星に降りる事にしたのよ」


 攻撃が惑星上にまでは及ばないのではないかという、ケイの推測を元に、ダメージが最小限になるようにレーザーに被弾した。


「――自由落下では狙い撃ちにされるから、最大戦速にまで加速しつつ、なんとかこの地に不時着して……

 ……その衝撃に耐えきれず、搭乗員は皆、即死しとった事に気づいて絶望した」


 レーザーをかわし続ける為に、亜光速にまで加速しとったからな。


 天間山脈は、あの時の衝撃で隆起した土地だ。


 それほどの衝撃に、搭乗員が耐えきれぬ事など普段ならすぐに思い至っただろうに、あの時は彼らを気遣う余裕がなかったのだ。


 ……判断ミスに重なる判断ミス。


 人類最古級の自己進化型生体戦艦などと驕っていた心は、完膚なきまでに叩き折られたよ。


 勢いに任せて甲板に飛び出し、泣き喚きながら見上げた空は、鮮やかな朱と紫のグラデーションに染まっていて。


「……ひどく美しい朝焼けだったよ。

 まだ暗い空を撃墜された僚艦が、炎の尾を引きながら――流れ星のようにいくつもいくつも流れ落ちて行ってな……

 ああ、今でも鮮明に思い出せる、本当に美しい空だった……」


 絶望のどん底にあったというのに……いや、あの光景があったからこそ、妾はそこから動き出せたとも言えるだろうな。


「……ヒノエ様……」


 ……ほんっとに、こやつは。


 涙を浮かべて妾の名を呼ぶミィナに、思わず笑みがこぼれる。


「おまえにそんな顔をさせる為に語っておるのではない。

 遥か昔の話と言っただろう?

 とうに吹っ切れておるよ……」


 鼻で笑いながら、妾は手を伸ばしてミィナの濡れた目元を拭ってやる。


「まあ、こうして妾とケイは、この星で唯一の人類となったわけだ」


 そして、妾達の長い長い妾の戦いが――人類再生と惑星脱出の為の戦いが始まった。

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