第7話 3

 ホームの崩壊それそのものについて、詳しく語る気はない。


 母星に飛来した異星起源種の遺跡が原因という話もあれば、魔道科学の実験が失敗したのだという説もあった。


 妾にとってもわからない事が多すぎるし、核心に至る情報は、もはやなにも遺ってはいないのだ。


「……まあ、母星を含む星系そのものを失くした妾達は、新たな安住の地を求めて星の海に船出したのよ」


「星系を失くす?」


 妾の言葉に、ミィナは首を傾げる。


 そういえばミィナの世界――異世界では、ようやく宇宙に進出し始めたばかりで、母星のほんの上空に短期間滞在できる程度なのだったか。


 言葉や概念は理解できても、イメージしにくいのだろうな。


「当時、すでに人類はその版図を星系全域に広げておったのだがな?」


 妾が生み出される前の事で、資料も失われておるからはっきりとは断言はできんが、どうも異星起源種遺跡の飛来を境に、人類の魔道科学は飛躍的に発展を遂げたようだ。


「それ故に、崩壊もまた星系全域に及んだとも言える。

 星系すべてが空想伝達物質――イマジニウムに変換されてな……」


 あの光景は、今でも忘れられん。


 ――漆黒の宇宙に膨れ上がっていく、万色にきらめく球状空間……


 そこにあるすべてを――それこそ空間ごとだ――呑み込み、粒子に変換していく様に、妾は戦慄を感じつつも……美しいと思ってしまったのを覚えておる……


「――イマジニウム?」


「ああ、これよ」


 再び首を傾げるミィナに、妾はうなずきながら魔道器官を意識して、指を弾いて見せた。


 あえて意味を付与しなかった魔道の波動に反応して、立てた人差し指の周囲に燐光が瞬く。


「……精霊光? つまり精霊がイマジニウム?」


「うむ。<大崩壊>直後の混乱期までは、イマジニウムの呼び名は残っておったのだがな。

 誰しもが規定事象改変――魔法を行使できるようになった、<大航海>時代の頃から――その振る舞いから精霊と呼ばれるようになったのよ」


 人の意思――魔道器官ソーサル・リアクターに内包されたローカル・スフィアに反応し、世界の有り様を書き換えるという振る舞いをする、空想伝達物質イマジニウムの呼び名を覚えておるのは、もはや妾とケイくらいのものだ。


「話が逸れたな。

 ともかく、妾を含む人類は移民船団を結成し、新天地を求めて船出したのよ。

 妾が生み出されて四年目の事だったな……」


「生み出された?」


「おお、そうだな。肝心な事が抜けとった。

 妾はな、妖属バイオロイドという生体兵器として生み出された人造種属なのよ。

 トヨア型生体武装戦艦フソウの艦長コア・ユニット――そういう役目を与えられて造られた魔道科学の申し子だな」


 妾の言葉に、ミィナはなんとも言えない複雑な表情を浮かべる。


 過去に出会った者もそうだったが、異世界人というのはやたら人権や人格に重きを置くきらいがあるのよな。


 高度な教育を受けとった証なのだろうが、その高すぎるモラルは、妾の目にはいささか過剰なようにも思える。


 ミィナや……以前出会ったあやつもそうだったが、人の痛みや哀しみに敏感で――そんな者らにとって、この世界は生き辛いだろうにのう……


 妾は苦笑して、安心させるようにミィナの方を叩いた。


「人造種属と言っても、<大崩壊>後には人類の一角と認定されておる」


 自己進化する妖属バイオロイド艦は、膨れ上がった移民船団――人類連合の主戦力だったからな。


 多くの妹達が生み出されては、星の海に船出して行ったものよ。


 故に増えまくった我らもまた、人類を構成する一員であると認められたのだ。


 盃の中身を舐めて、妾は唇を湿らす。


「船団は幾度も居住可能惑星を発見し、その度に残る者と旅を続ける者に別れた」


 長く航海を続けていた人類の数は膨れ上がり、もはやひとつの星系では養いきれないほどになっておったからな。


「後に開拓を終えた惑星から、新たに船団が合流する事もあってな。そうして人類は集合離散を繰り返しながら、星の海にその版図を広げて行った」


 <大航海>時代と呼ばれる時代だ。


「およそ三千年に渡る航海の間、妾は戦艦故に幾度となく自己進化と近代化改修を繰り返し、常に前線におってな」


「――さんっぜんっ!?」


 絶句するミィナ。


「なにを驚く? 妾、こう見えて世界基準時ワールド・クロックで一万年以上生きておるのだぞ?」


 六千を越えた辺りで数えるのが面倒になったから正確な歳は覚えておらんが、ケイが前に一万数百歳と言っとったから、一万を越えとるのは間違いないだろう。


 自己進化や近代化改修で数十年ほど――いや、竜因子を取り込んだ時は数百年だったか――休眠したこともあったが、それは誤差の範疇だろう。


「……妖属バイオロイドって長生きなんですねぇ……」


 目を丸くして呟くミィナに、妾は苦笑。


「実質、寿命がないと言われとるな。

 とはいえ、当時は人属ソーサロイド獣属ビーストロイドも、魔道科学医療で数百年は生きとったのだぞ?

 ほれ、おまえが死んだ時に使われとった再生器――聖櫃とか呼ばれとる、ああいう機器がそこらにあったからな」


「ああ、そういえばアリアさんやハヤセさんが、見た目通りの年齢じゃないって聞きましたね」


「……四公には、妾に付き合わせて、申し訳ない事をしたと思っとるよ……」


 ポツリと呟けば、ミィナが不思議そうな表情を浮かべるが、妾は応えずに盃を煽った。


 今は関係のない話だ。


 勢いよく煽ったから、口元から酒がこぼれ落ち、妾は袖口で拭いながら深い吐息をひとつ。


「まあ、そんなこんなで航海を続けていたある日、妾が所属しておった船団はこの星系に差し掛かり、望遠解析でこの星が人類居住可能惑星だと知って、上陸を試みたのよ」


 ……それが致命的な間違いだと気づかないまま。


 船団は数百年振りの新天地の発見に、お祭り騒ぎになっとったな……

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