第6話 6

「――それよりホレ、ミィナに手伝って欲しい事ってなんだよ?」


 ハヤセさんの言葉に、ケイは両手を打ち合わせて、わたしに顔を向けた。


『そうだった! ちょっと待って。今、喚ぶから……』


 ケイがそう言った直後、グラウンドの地面に虹色の魔芒陣が描き出され、光の柱が立ち昇る。


「――転送陣?」


 姫様の部屋で見た事がある陣だ。


 でもアレは指定された二ヶ所を結ぶだけのもので、喚起するのに大粒の銀晶が必要だから非常時の逃亡用として設置されていたもので、こんな風に自由に出せるものじゃなかったはず……


 改めてトヨア皇国の――魔属の魔道技術の高さに驚かされる。


『そう。モノがモノだからね。直接、ここに喚んだんだ』


 光の柱の中に、大きな影が像を結び、やがて実体となって具現される。


 光が魔芒陣と共に霧散すると――


「……兵騎?」


 その見た目が、わたしの知っているものと違っていて、思わず疑問形で呟いてしまった。


 五メートルほどの寸胴短足SD体型なのは、兵騎と一緒。


 それでも自信が持てなかったのは、その騎体が紫色の引き締まった筋肉の地肌剥き出しだったから。


 装甲らしいものと言えば、緩やかな曲線を描く胸部のものと、顔を覆う黒い仮面だけ。


 その胸の装甲の中央には、蒼い菱形の結晶が輝いていた。


 頭部から腰まで伸びるたてがみは、陽光を浴びて青銀色にきらめいて風に揺れている。


『――その原型たるロジカル・ウェポンさ!』


 ドーン!というオノマトペをホロウィンドウに描き出しながら、ケイは誇らしげに告げる。


「おいおいおい、ケイよぉ。ありゃ誰にも動かせねえって、封印庫入りしてたシロモンだろ?」


『そうだね。この星の再生人類は――いや、過去に出会った異世界人ですら、これまで誰一人として動かせなかったよ』


「でもケイちゃん、ずっと騎体の維持と整備を続けてたんスよね?」


『ついでに改造もね。主の乗騎にと思ってさ、なんとかリンカーコアの要求魔道値を引き下げられないかって研究してたんだ。

 ――そこに、ミィナ。キミがやって来た!』


 ケイが映し出されたホロウィンドウが、ずずいとわたしの顔の前に寄ってくる。


『ボクの予想だと、一度喚起できれば、待機モードを維持させることで他の人でも合一できるようになると思うんだ!』


「いや、ミィナが動かせると限らねえだろ?」


 ケイのホロウィンドウがぐるりと回って、ハヤセさんに詰め寄る。


『だからキミは脳筋だって言うんだ! ミィナは神託オラクルまで受けた異世界人だぞ? しかも彼女の話を聞くに、ハイソーサロイド――それもレア中のレアの戦斗騎マルチロール型だ!

 あのセイヤとかいう男でさえロジカル・ウェポンと合一できてたんだ。ミィナができないワケがないんだよ。ばーかっ!』


 ケイはめっちゃ早口でハヤセさんにまくし立てて、再びわたしに向き直る。


『お願いだよ、ミィナ。アレが動くところを見るのが、ボクの夢なんだ!

 ――チョットダケっ! サキッチョダケデイイカライレテミテヨっ!』


 呼吸なんてしてないはずなのに、ハァハァと荒い息でわたしに詰め寄ってくるケイ。


 可愛らしい見た目のはずなのに、目が血走っててちょっと怖い。


「え、ええと……」


 あまりの必死さに、わたしは顔が引きつるのを感じながらも。


「う、動かなくても怒らないでね?」


 そう応えると、ケイは銀色の瞳をまん丸に見開いて、バンザイして見せた。


『やたっ! やったぁ~! じゃあじゃあ、早速!』


 ホロウィンドウの中でスキップを踏みながら、ケイは兵騎の方へと進み始める。


「ふむ。となると、もし動くようなら訓練は兵騎想定で行う事になるな……」


 ハヤセさんがアゴに手を当てて呟き。


「おい、ヒコマ。ダリオ達に兵装追加指示しといてくれ。

 トロールと兵騎の混成編成で用意しろってな」


 指示を受けた小麦色の髪をしたおじさんが、そばに居た兵士さんを伝令に走らせた。


『――ミィナ、なにしてるのっ!? 早くはやくっ!』


 騎体の前でケイがウィンドウごと跳ねながら、わたしを呼ぶ。


「あ、うん! いま行くよ!」


 そう応えて、わたしは駆け出す。


 久しぶりの兵騎。


 それもケイの言う通りなら、セイヤくんが合一してたような特別騎らしい。


 思ってもみなかった展開だけど、わたしはちょっとワクワクし始めていた。


『ここに喚んじゃったから、駐騎台がなくてゴメンね。

 構わないから、飛び乗っちゃって』


 ケイにそう言われて、わたしは騎体の胸へと跳び上がると、胸部装甲に手をかけた。


 普通の兵騎同様に、魔道器に魔道を通す感覚で胸部装甲に触れると、すごく滑らかに装甲が迫り上がって内部があらわになる。


 馬の鞍に似たシートに、四肢を押さえる固定器。


 特別騎と言ってたけど、内部――鞍房は普通の兵騎と一緒みたい。


 わたしは狭い鞍房に身体を滑り込ませて、鞍に腰を乗せる。


『――さあ、それじゃ一発、ヤってみよう!』


 ケイのホロウィンドウが滑り込んで来ると同時に、胸部装甲が閉じられて、内壁に騎体周囲の景色が映し出された。


「うん、それじゃあやってみるね」


 まずは両脚を固定器に挿し込み、それから鞍の上部に付いた円筒固定器に両腕を突っ込む。


「あれ? そういえば同調器は?」


 アーガス王国で使ってた兵騎は、騎体と合一する為の仮面があったんだけど……


『ああ、量産型のユニバーサル・アームはそうだよね。

 大丈夫。そのままソーサル・リアクター――ええと、魔道器官を高稼働させてみて』


「う、うん」


 言われるがままに胸の奥の魔道器官を強く意識しながら、全身に魔道を巡らせて行くと。


「――わぁっ!?」


 虹色に光る粒子が顔のすぐ前で瞬いたかと思うと、それは仮面となってわたしの顔を覆った。


 一瞬の暗転。


 けれど、仮面の内側にすぐに周囲が映し出されて、横書きのプラゥス文字が次々と表示されては流れて行く。


『良いぞ良いぞ~! ローカル・スフィア認証がパスできた! あとはソーサル・リアクターの定格出力を叩き出せるかだ!

 ミィナ、もっと魔道を! 騎体すべてに流し込む感じで!

 この騎体がキミの身体だと、強く意識するんだ!』


 そのアドバイスに、わたしは思わず噴き出してしまう。


「ふふ。姫様がわたしに兵騎の合一を教えてくれた時も、同じ事言ってた」


 懐かしいなぁ。


 初めて兵騎を動かせた時、姫様は自分のことのように喜んでくれたっけ。


 ケイも喜んでくれるかな?


 夢だって言ってたもんね。


 叶えてあげたいなぁ。


 強く、そう思う。


 わたしなんかでも、誰かを喜ばせる事ができるなら……


 胸の奥の魔道器官をより強く意識して、流れる魔道を固定器を通して騎体に伝えていく。


 やがて、仮面に流れていた文字がピタリと止まり。


 ――目覚めてもたらせ。


 魔法喚起の前置詞が、表示された。


「ねえ、ケイ」


『なんだい?』


「この子の銘は?」


 わたしの問いに、ケイは両目を見開いてわたしを見つめた。


『――行けるのかいっ!?』


 期待に満ちた、震えた声。


「うん!」


 そう応えれば、ケイはお腹の前で両手を握り締めて。


『――ロジカル・ウェポン・タイプブレイド!

 <舞刃闘騎アーク・ブレイド>さ!』


 その銘を心の中で囁やけば、魔道器官から唄うべき詞が湧き上がってくる。


 深く息を吸い込み、わたしは声に魔道を乗せて喚起詞を唄う。


「――目覚めてもたらせ! <徨渇神器クレイヴィング・レガリア>!」


 騎体の漆黒の仮面に真紅の文様が走り、隈取くまどりのようなかおを描き出して行く。


 対してわたしの顔を覆っていた仮面の内側が闇に染まった。


 だから……


 ――わたしはゆっくりと目を開いた。

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